賛否両論?イケダハヤトが物申す

シャンプー、リンス、ボディソープ、洗顔料をやめて「石けん」ひとつで洗うことにしました—細分化されたニーズを統合する

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先日からふと思い立ち、石けん一つで体を洗うことにしました。



消費社会の成熟と細分化されたニーズ

消費社会の発達は「ニーズの細分化」ともシンクロしています

店頭に行けば、あり得ない数の商品が並んでいます。家の近くの東急ストアには、チーズだけでも、ありとあらゆるチーズが40種類近く陳列されています。

「今よりも優れた」ものが日々提示され、僕らの財布からお金を奪っていきます。しかし、ニーズの細分化には限界があります。先日記事に書いた「棚が回る冷蔵庫」に呆れる若者という存在は、そうした細分化が限界を迎えている証左といえるでしょう。


One Size Fits All.

自分の生活を立ち返ってみたとき、そんなにたくさんのものはいらないことに気付きます。僕はものを買う時に「これホントに使う?」「代用できるものはないか?」という問いを投げかけ、90%近い確率で買うのをやめます。

ふと思い立って洗顔・シャンプー・リンスという存在を疑ってみました。ググったところ石けん一つで洗っている男性は意外と多いようで、僕もライフスタイルを変えることにしました。

かれこれ2ヶ月ほど石けんだけで過ごしていますが、何の問題もありません。それどころか、石けんカスを流すために頭をちゃんと洗うようになったのか、髪が太くなったと奥さんから言われました。やりましたね。僕はこれからの人生、金輪際シャンプーやリンスは使わないと思います。


石けんに限らず、ライフスタイルを見直す上で「代用できるものはないか?」という問いは効力を発揮するでしょう。ニーズが細分化されていただけで、本来一つのもので十分まかなえるかもしれません。

風呂を掃除するためのカビキラーも要らないことに気付き、こちらも石けんにしました。石けんすごいです。


これからの社会を生き抜く上では、高度経済成長期と同じような生き方は難しくなっていくでしょう。バブリーに毎晩タクシー帰りとかあり得ないわけです。

生産者・消費者としてより賢くなり、「無駄なものを買わず、無駄なものを作らないこと」がこれからは求められると僕は考えます。

体と顔と頭を石けんで洗うようにした、というのは単なる節約術の範囲を超えている、これからの社会を示唆する事例なのかも知れません。なんて高尚なことを石けんで体を洗いながら考えました。


皆さんは細分化されたニーズを統合していますか?どんなものが不要だと考えますか?ぜひコメント欄などでご共有ください。


photo credit: Rob Crusoe via photo pin cc


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