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森達也「『自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか』と叫ぶ人に訊きたい」

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大変長いタイトルの一冊。ダイヤモンドオンラインに連載していた人気コラムのまとめ・加筆本です。好きで読んでいたコラムなので、こうしてまとめて読めるのは嬉しいですね。読書メモをご共有。



社会を独自の視点で切る

・ネットや週刊誌などでも、死刑反対を訴える弁護士や知識人たちへの反論として、「殺された被害者の人権はどうなるんだ?」は、ほぼ常套句のように使われるフレーズだ。ぼくも何度も言われている。でもこのフレーズの前提には、決定的な錯誤がある。シンポジウムの際に高校生たちは「被害者の人権を軽視しましょう」などとは発言していない。(中略)加害者の人権への配慮は、被害者の人権を損なうことと同義ではない。

・「死刑制度がある理由は被害者遺族のため」と断言する人たちに、僕はこの質問をしてみたい。もしも遺族がまったくいない天涯孤独な人が殺されたとき、その犯人が受ける罰は、軽くなってよいのですか。死刑制度は被害者遺族のためにあるとするならば、そういうことになる。だって重罰を望む遺族がいないのだから。(中略)命の価値が、被害者の立場や環境によって変わる。ならばその瞬間に、近代司法の大原則である罪刑法定主義が崩壊する。

・次に「被害者遺族の身になれw」と書いた人に訊きたい。ならばあなたは本当に被害者遺族の思いを想像できているのかと。自分の愛する人が消えた世界について、たしかに想像はできる。でもその想像が、被害者遺族の今の思いをリアルに再現しているとは僕には思えない。あなたはその思いを、自分は本当に共有していると胸を張れるのだろうか。ならばそれこそ不遜だと思う。

・アメリカの場合は、(絞首刑は)苦痛を与えている可能性があるとの世論が高まり、処刑方法を電気椅子に変えた。ところがその後、電気椅子も苦痛を与えているとの意見が登場し、多くの州が薬物注射に切り替えた。現在は、この薬物注射も苦痛を与えているとの理由で、死刑執行を一時停止している州がある。人道的に殺すというそのレトリック自体が、きわめてパラドクシカルでシニカルすぎるとは思うけれど、デモ少なくともアメリカはもだえている。悩んでいる。直視しようとしている。日本の処刑方法は、明治以降まったく変わっていない。ずっと絞首刑だ。死刑囚たちが感じる苦痛について、悩んだり考えたりする人が、ほとんどいないからだろう。

・らい予防法は、隔離と排除の法令だった。初期の療養所の所長はすべて、警察官上がりの完了が配置された。長島愛生園の初代園長は、各施設内に監房を作り、患者を投獄できるようにした。さらに入所患者の結婚の条件として、男性には断種を、そして女性には中絶や堕児を強要した。

・モザイク加工にさらに拍車がかかったのは1995年。地下鉄サリン事件が起きた3月20日以降、テレビは一年近く、圧倒的な量のオウム関連番組を放送しつづけた。ところが盗み撮りした一般信者たちは、法に触れる行為をしたわけではないのだから顔は晒せない。でもオウムの映像は毎日のように消費される。ならば撮った一般信者たちの顔にモザイク処理を施すしかない。

・「たった一度でいい。世界中の人たちが洗浄を自分の目で見たら、リン火剤で焼かれた子どもの顔、一個の銃弾によってもたらされる声も出ないほどの苦痛、手榴弾の爆風で吹き飛ばされた足。そんな恐怖と不合理と残虐さを、皆が自分の目で見れば、戦争はたった一人の人間にさえ許されない行為を万人にしているのだと、きっとわかるはずだ。でも皆は行けない。だから写真家が戦場に行き、現実を見せ、事実を伝え、蛮行を止めさせるのだ(ジェームズ・ナクトウェイ)」

・免田事件のように死刑が確定しながら再審によって冤罪であることが明らかになった事件は、他にも材田川事件と島田事件、そして松山事件がある。冤罪の疑いが強いのに処刑された事件には、福岡事件の他に飯塚事件や藤本事件がある。また袴田事件や名張毒ぶどう酒事件など、冤罪である可能性がきわめて高いとされながら、現在に至るまで再審が認められない事件も数多い。

・アメリカの陪審員制度では、厳格な守秘義務は陪審員に与えられていない。全米が注目したO.J.シンプソン事件の裁判の際には、陪審員たちは判決前にテレビのインタビューに答えていたし、判決後には二人の陪審員が裁判の裏舞台を執筆してベストセラーになっている。

・この日の夜に会ったノルウエーのMINISTRY OF JUSTICE AND THE POLICE(日本でいえば法務省)の高級官僚であるPEREIGIL SCHWAB(愛称はパイク)は、「なぜノルウエーでは厳罰化が進まないのか」との僕の問いに対して、「犯罪者のほとんどは、貧しい環境や愛情の不足などが原因で犯罪を起こしている。ならば彼らに与えるべきは罰ではない。良好な環境と愛情、そして正しい教育だ」とにこにこと微笑みながら断言した。 「もちろん、少数ではあるが、とても邪悪な魂を持ってしまった犯罪者もいる。でもならば、彼らに罰を与えても意味はない。この場合は治療しなければならない」

分厚い一冊でして、論考は約400ページに及びます。コラムのまとめなので、一本一本は子気味よく読むことができます。特に厳罰化や死刑にまつわる議論は読み応えがあります。大量に本を書かれている方なので、色々と手に取ってみようと思います。面白そうな本がいっぱい…!


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