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貧困状態になると、「交際費」が削られ、社会から疎外される

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貧困問題に取り組む湯浅誠さんの著書を拝読。とてもわかりやすく、それでいて充実した良著でした。よりみちパン!セの編集センス、好きだなぁ。

 

交際費が削られ、社会から疎外される

貧困の現場を見てきた湯浅さんの指摘の中で、特に興味深かったのが「交際費」を削ることの悪影響について。

年間の所得が238万円以下というのは、かなり苦しい。どう苦しいのか。一番大きな影響が出るのは、交際費だと言われている。

交際費とは、いろんな人たちとの「お付き合い」のお金だ。そんなお付き合いなんてしなくなって、食べることさえできれば生きていけるだろう、と思うだろうか。それはそうだ。お付き合いしなくても、死にはしない。でも死ななければいいのか、という問題がある。私たちは、たんに死なないことだけを目的に生きているわけじゃないからだ。

たとえば、親戚やご近所の人に不幸があったのに、香典を包むお金がないとなれば、やはりお通夜や葬儀に出席しづらい。出席しなければ「あの人、亡くなった人からあんなにお世話になっていたのに、恩知らずな人だ」と陰口を叩かれるかもしれない。

出席しても、香典に包むお金があまりに少ないと、それはそれで「こんな金額で葬式に出てくるなんて、世間知らずだ」と言われたり「あの人、だいぶ生活に余裕がないみたいだよ」と噂が立って変に同情されたりして、それはそれで居心地が悪い。

そうして、居心地が悪くなれば、当然そういった場からも足が遠のくようになります。親戚付き合い、近所付き合いをしなくなり、孤立していく、というわけです。

子どもがいる場合は、そちらにも悪影響が及びます。子どもの頃、お金がなくて修学旅行や合宿に行けない子って、ひとりふたりいましたよね。交際費が削られることで、共通の話題が失われ、それによって子どもたちは孤独になっていきます。

高校時代、今振り返ると生活保護世帯で育っていたであろう同級生がいるのですが、やっぱり彼はお金が掛かる遊びはできず、部活の練習が終わって仲間とファミレスに行く際など、金欠を理由にそそくさと帰っていた記憶があります。うーん、悪いことをした…。

 

実際、生活保護世帯では交際費を支出することが困難である、という報告もあります。保護費の引き下げも始まっており、一方で消費税増税+物価上昇が行われようとしているので、保護世帯の生活はさらに切り詰めたものになることが懸念されます。

京都市の生活保護ケースワーカーのうち19世帯が最低生活費で1ヶ月間、実際に生活してみたという報告にこの点を尋ねてみよう。19世帯のうち、8世帯は赤字となり、11世帯は基準額以下の生活ができたとのことである。

「まとめ」として、「最低生活水準では、食べることはできても、教育費、交際費などの支出が困難であ」り、「長期にわたる生活は困難である」と報告されており、前にふれた岩永の研究を裏づける実態であるといえよう。

生活保護問題対策全国会議 -「消費者物価指数と生活保護基準/デフレを理由に生活保護基準を引き下げてよいのか」(賃金と社会保障1573号収録)を掲載しました。 ※転載承諾あり

民医連の調査でも、受給者の7割が冠婚葬祭に出席していない、という結果が出ていますね。

 調査は2〜3月、岩手、秋田、栃木をのぞく44都道府県の医療・介護施設利用者で生活保護を受ける1482人から聞き取った。地域行事の参加状況は「全く参加しない」「あまり参加しない」の合計が82.5%。冠婚葬祭でも同様に69.5%に達した。交際費については「なし」と「月額1000円以下」の合計で50.4%だった。

生活保護受給者:「冠婚葬祭出ず」7割…民医連調査: ささやかな思考の足跡

 

生活保護に関して「交際費なんて贅沢だ」という論調も見受けられますが、交際費が捻出できないことで、受給者は社会から疎外され、そのことによる悪影響が発生することにも注目すべきです。場合によっては、かえって自立が阻まれることもあるでしょうし(ここら辺、参考になる研究とかないのだろうか…調べたけどいまいち見つからず)。

 

これは素敵:重松清さんが語る「物語の力」

湯浅誠さんが執筆された貧困問題の入門書に、重松清さんとの対談が収録されていました。大変素敵な発言だったので、メモとしてご共有。

 

「物語の力」

しばしば「芸術はなんのために存在するのか」といった問いが投げかけられます。その答えは本当に多様ですが、重松清さんがお話していることは、この問いに対する答えのひとつになりそうです。

小説でも映画でも、「物語」というのは、極端なところへ一足飛びに飛んでいかないための「グラデーション」を豊富にすることが役割だと思うんです。

事実だけで言ったら、会社をクビになりました、もうおしまいです、となりがちです。そして最後には自殺で亡くなってしまった。でも、そんな不幸で極端な結末にみずから直結していくまでのあいだで、もし、いろいろな物語に触れることさえできたら、「これは自分と同じだな」という気持ちをもつことさえできたら、どこかで自死を食い止められたかも知れない。

物語にはそういう力があると、ぼくは心から信じています。(中略)絶望があっても、そこから再生する過程を描きたいと思います。なにより、絶望に一足飛びに至らないための過程を描きたいと願っています。

重松さんは中学生くらいの頃に「疾走」を読んだのですが、確かに、この作品によって自分をうまく相対化することができた憶えがあります。過酷な人生を歩む主人公を見て、自分の立ち位置を認識できる、という作用です。

 

こちらも素敵な考え方です。

ぼくは真剣にこう考えています。ここに厳しい現実に直面している子どもがいたとして、俺の小説で、とりあえず今夜一晩はこの子をひっぱる、と。少しでもこの子の不安を忘れさせて、明日をちゃんと迎えられるように、夜、この子にぐっすり眠ってもらう。

そして朝になったら、この子が自分の居場所だと思えるところへ行く。その居場所は湯浅さんたち、頼むよ、と。こうやって大人が「できること」「やれること」をしっかりとバトンタッチしあい、そのなかで、この子は生き延びていく。

小説家ができることは限られている。けれども、他の大人たちと連帯すれば、苦しんでいる人たちを助けることができる。個々人の「できること」がパズルのように組み合わさり、社会のほころびがもう一度紡がれていく。共感できる世界観です。

重松さんの作品はあまり読んでこなかったのですが、これを機に色々読んでみようと思います。芸術がもたらす、もっとも根源的な効用を実感することができそうです。

 

というわけで、「自己責任論」をキーワードに、貧困問題について語った良質な入門書です。本全体の編集も優れておりますので、編集者の方は一度手に取ってみるといいかも。

 

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