賛否両論?イケダハヤトが物申す

マイノリティであればあるほど、表現者としては魅力的になる

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OB訪問として、ライター志望の若者と話をする機会に恵まれています。


マイノリティと表現

これは完全にぼくの持論ですが、表現者として生きるのなら、反社会的な存在であるべきです。その方が、創作物は魅力的になります。

反社会的な存在というのは、何も犯罪者であるべきだ、という話ではありません。ぼくらはみんな、生きているだけで反社会性をもっているものです。たとえば「ひきこもって暮らしたい」「満員電車が嫌い」「上司の説教が意味不明で嫌だ」「仲間となれ合うのがめんどくさい」「全体的にダルい」なんて心境は、まさに「反社会的」なものといえます。ざっくりいえば「マイノリティ」ということです。


社会性が豊かな人は、そうした「反社会的な心」を抑え込むことに成功し、「我慢」せずに、「マジョリティ」として社会生活を歩むことができます。これは平和で、たいへん幸せな生き方です。


しかし、世の中には「我慢しないと社会に適応できない人たち」も山のようにおります。ぼくもその一人です。

我慢している以上、やっぱりどこかで限界が来たりします。そうして耐えられなくなったとき、ドロップアウトしていくわけです。「みんなは普通にできているけど、あれは自分には向いていない、自分はああいう風には生きられない」。そうして「マイノリティ」になっていく。


さて、一度社会からドロップアウトしてしまうと、かなり厳しい道が待っています。「自分にはこの道しかない、こういう風にしか生きられない」と割り切ったとしても、それでまともに飯が食えるとは限りません。逸脱したものとして、社会からは強いバッシングも受けるでしょう。この日本社会は、マイノリティにはとかく厳しい空間なのです。


「ゲイで女装癖があってしかもデブ」という、ある意味マイノリティの極地ともいえるマツコ・デラックスさんの言葉は、人を震えさせる力をもっています。

逃げるように帰った実家から母親に追い出され、ボロアパート暮らしのくせして、借金してまで女装している頃よ。上の階から女の喘ぎ声が聞こえてきた時、心の叫びというかなんと言うか、無意識の内、口に出してこう叫んでいたわ。「チンポもいらない、ゲイとしての幸せなんていらないから、だから神様、アタシにたらふくメシを喰わせて、日の目を見させて!」

マツコ・デラックスがすさまじい。反省として名言をまとめました。


「アタシにたらふくメシを喰わせて、日の目を見させて!」という叫びが象徴するように、「我慢」できず社会を逸脱した人は、強烈な「表現欲求」に駆られます。

それは端的にいえば、「他人に認めてもらいたい」という欲求であり、もっと進むと「表現を通してしか生きていくことができない」という境地です。マツコさんなんかは、まさに「表現するしか生きていく道がない」と達観していらっしゃいますね。

そう、アタシはよく判らない規格外の人だ。けれども、紛れもないゲイの女装癖だ。笑われてなんぼなことも、治外法権であることもよく解っている。それを最大限利用し糧を得るしか生きる道はないことも。

マツコ・デラックスがすさまじい。反省として名言をまとめました。


反社会的な存在、つまりマイノリティとして生きていく人の表現の根底には、「わたしはこういう風にしか生きられない」という強烈な覚悟があります。その覚悟は創作物の質を高めます。また、マイノリティとして迫害にあった経験も、創作においては役立つことも多いです。

表現の世界においては、マイノリティであることそれ自体が、コンテンツとして価値を持ちうる、ということです。だって、みんな(=社会)と同じことを表現する人の言葉なんて、あえて聞く必要ないじゃないですか。表現というのは「違う立場の意見」だから面白いのです。ここに来て「生きにくい」ということが、そのまま価値になります。


生きにくさを感じている人にとっては、表現というのは救いになりえます

無論、社会からさらなる攻撃を受けることは必至なので、痛みに耐えられないようなら、表現なんてものには手を出すべきではありません。

しかし、社会から攻撃を受ける覚悟があり、「自分はそのようにしか生きられない」という諦観を抱いているのなら、表現者という道を模索する価値はあります。


この道は無理ゲーですから、失敗に終わることも考えられます。成功する確率は数%、いや、成功なんてものはないのかもしれません。どこまでいっても、満足することは決してない生き方。「表現地獄」と名付けたいですね。

結局はさ、あんな刹那的なことを言いながらも、きっと、ちゃんとした人間に見られたいとか、社会と順応して生きていたいとか、もっと言ってしまえば、報われたいみたいな所懐があったんだと思うのよ。好き勝手やってるくせに、ホント高慢ちきな輩だよ。

マツコ・デラックスがすさまじい。反省として名言をまとめました。


まとめましょう。

・反社会的な存在、つまりマイノリティに属する人には、表現は救いになりうる
・表現の世界では、「生きにくい」ことがコンテンツとしての価値になる
・ただし、社会からのバッシングを受けることは必至。耐えられなければ手は出してはいけない。
・成功するとも限らない。むしろ、終わらない地獄なのかもしれない。


決して万人に勧められる道ではありませんが、表現というのはひとつの可能性として魅力的なものです。生きにくさを感じている方は、まずはペンネームを使ったブログで想いを綴ってみてはいかがでしょうか。


何度も引用してしまいましたが、マジで痺れるので一読をおすすめします。マツコ・デラックスさんの言葉がすごいです。


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