賛否両論?イケダハヤトが物申す

個人メディアは「独断と偏見」が面白い—「中立性」なんてウンコ召し上がれ

スポンサーリンク

The Startupのumekiさんが刺激的な記事をアップしています。Umeki Salonでもこの話題が盛り上がっており、某有名編集者、投資家、経営者も巻き込んだ有益な議論となっています。月1,000円で参加できるのでぜひ。

The Startup著者:Yuhei Umekiの有料オンラインサロン「Umeki Salon」 – Synapse(シナプス)


個人メディアに中立性を求めるという愚考

ニッチメディアとして高い影響力を誇る「The Startup」。読者から「あのサービスをひいきしている」というネガコメが届くとか。

ところが最近「あのサービスをひいきしている」とかそういう声がチラホラ聞こえてくる。市場がThe Startupに中立性を求め出したということは、それ相応の影響力があると思われ始めた。とポジティブに捉えることもできる。どこかのサービスがポジティブに書かれることで被害者意識を持つ人がいるし、ネガティブに書かれればもちろんダイレクトに被害者意識を持つ人もいる。

市場が個人メディアに中立性を求めてくる。

これは面白い論点だと思いました。

私からすれば、とんだお笑い草です。

メディアの中立性という幻想、そして独立性 | The Startup

論考はこの先も展開されているのですが、とりあえず全面的に同感です。個人メディアに中立性を求める、そんな人はウンコ召し上がってください、という感じです。


「個人の意見」という「逃げ」

個人メディアの可能性は、大手メディアには書けない「これは個人の意見です」という極北に挑戦できる点にあります。

たとえばぼくは、領土問題に全く関心が持てません。こんな反社会的な発言は、大手メディアでは許容されないでしょう。朝日新聞の主筆がこんなこと書いたら、即刻廃刊かもしれません。でも、ぼくらは「個人の意見」なので、無責任にもこんな発言をすることができてしまいます。

これは見ての通り、「逃げ」です。

善悪はともあれ、事実として、ぼくら個人メディア運営者には逃げ道が用意されています。「個人として」情報発信をするぼくらには、構造的に、非常口(「個人の意見です」)が用意されているんです。


その非常口の存在は、ライターに勇気を与えます。これを「狡い」と断罪する人もいるでしょう。が、非常口があるからこそできる表現というのもあるのです。

情報を正しく伝える。それは他の誰かに任せておけばいい。

その人にしか切り取れない角度、その人にしか出せない音で、紡げばいい。

それが編集権の独立というものではないか。

そして、そういう表現にこそ、「個人」ならではのオリジナルな面白さを刻み込むことができるのです。個人の意見が乗らないなら、自分が書く必要はありませんから。


ぼくがブログを書くことは「罪」だと言っているのは、こうした「逃げ」を構造的に用意してしまう狡さにもあります。

が、これはもう「原罪」ですので、できることはその罪を自覚して、いかに振る舞うかを考えつづけることくらいです。

関連記事:イケダハヤトが考える「プロブロガー」の定義とは


ともあれ、個人メディアの面白さは、「独断と偏見」にあります。みなさんが個人のメディアに中立性を求めているとしたら、それは大いなる勘違いです。

ぼくのブログは中立ではないですし、独断と偏見バリバリです。賢明な読者はみなさんわかっていると思いますが、一応、その点は勘違いしないでいただきたいです。ぼくは当面、「個人の意見」という極北を詰めます。ここはまだ、ぼくの目からすると獣道すらできていない状態ですから。


そもそも中立なメディアなど存在しません。それでも中立性という幻想に頼りたい方は、まだ中立性をそれなりに意識しているであろう、NHKや大手新聞でもチェックしていてください。ぼくら個人の書き手にそれを求めるのは、お門違いですし、何より危険です。ぼくらは神様じゃなくて、個人ですから。


また、みなさんが個人としてブログを書いていて、中立性を大切にしたいと考えているとしたら、それは相当難しい道です。中立性はそもそも幻想ですし、何より中立を意識した情報は「つまらない」のです。ただ、挑戦する価値はあるので、ぜひ本気でやりたい方は試してみてください。


元記事は色々な示唆を与えてくれます。個人メディアの道徳、責任、自由、市場からの評価などについて考える材料としてぜひ。

メディアの中立性という幻想、そして独立性 | The Startup


スポンサーリンク