賛否両論?イケダハヤトが物申す

イケダハヤトが嫌う「サラリーマン的」なるもの

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徳力さんが長い記事を書いてくれています。

[徳力]結局、徳力は、やまもといちろうさんとイケダハヤトさんのどっちの味方だったんだという質問への回答。


「サラリーマン的」なるもの

イケダハヤトさんをあそこまで頑なに決断させるきっかけが何だったのか、イケダハヤトさんがサラリーマン的なものをあそこまで全力で否定させるほどにしてしまったのが前職での経験なのか独立してからの経験なのか、とか、様々な疑問は尽きませんし。

ぼくはサラリーマン(会社員)という労働スタイルを否定しているわけではありません。日本の労働者の大半は会社員ですし。

が、たしかに「サラリーマン的」なるものは、かなり否定的です。何がサラリーマン的であるかについては、ここまでいまいち明文化してこなかったので、改めて書いてみます。


自分の人生を生きない態度

まず、「サラリーマン的」という要素のひとつとして挙げられるのが「自分の人生を生きない態度」でしょう。

毎日電車に乗って通勤し、淡々と仕事をこなしていれば、それなりの月給が入ってくる。ボーナスに一喜一憂し、ローンの返済に費やす。熱い情熱なんてとうの昔に失っており、今からリスクを取ることなんてできない。「社畜」ということばを、卑屈な笑みをもって肯定してしまう。

無論、全てのサラリーマンがそうであるというわけではないですが、やはり「毎日会社に行けば仕事が与えられ、それをこなせば給料が支払われる」というライフスタイルは、「自分の人生」に向き合う機会を失わせます。月給は安心をもたらしますが、副作用があるのです。


たとえばこんなデータ。育休を取得したいと考える男性は3割を超えているのに、なんと取得率は2%台です。しかも取得期間も悲惨で、平静22年度のデータでは男性の育休取得者の8割が「1ヶ月未満」です。

ささいな話ですが、「育休を取得したい」というのは、自分の人生を生きたい、という欲求です。しかし、現にこうして多くのサラリーマンが人生の選択を、我慢して、諦めてしまっています。

ぼくは育休を十分に取りたいので、会社を辞めてフリーランスになりました。それは、自分の人生だからです。月給は失いましたが、自分の希望は叶えられました。


マッチョな価値観ですが、「サラリーマン的」な人を見ていると、もっと自分の人生を生きればいいのに、と思ってしまいます。我慢しつづけるのは体に良くないですし、そういう我慢は、ネチネチとした攻撃性(居酒屋の愚痴とか)につながるものです。

もちろん、自分の人生を生きたい、と考えた結果として会社員を選択するのは、すばらしいことだと思います。ぼくの友人にも、そんな人たちがたくさんいます。


問題意識の欠如

もう一点、「サラリーマン的」な人は、問題意識が欠如しています。

世の中に対する「これはおかしい!」という強烈な義憤、自分の行動をかき立てるような想いを、サラリーマン的なる人たちは失ってしまっています。


わかりやすいところでいえば、日本の一部の家電製品などは、まさに問題意識の欠如の集大成といえるでしょう。スペックを向上させること、機能を増やすことが目的になってしまい、根本的に重要なはずの「世の中のどんな問題を解決するのか」が見失われている状態です。


仕事というものは、大なり小なり、「これはおかしい!」という義憤から発生するものです。そういう怒りが根底にあればあるほど、リーダーシップも強烈になり、仕事の質は高くなっていきます。

「サラリーマン的」な人々には、この怒りがありません。これでは生き生きと働くことはむずかしいでしょう。


お金に縛られている

最後に、サラリーマン的なる人々は、お金に縛られています。お金がないと生きていけないと思っており、得てしてローンという名の借金も抱えています。

お金に縛られているという事実は、彼らが自分の人生を生きないための理由に使われます。

いわく、「家のローンがあるから…」「子どもの教育費が…」。ぼくはこういう態度に辟易します。お金は大切ですが、自分の人生を生きない理由にはなりませんし、社会的にも、そうなってはいけないとも思います。


というわけで、ぼくが嫌うサラリーマン的なる人は、次のような属性を抱えている人です。

・自分の人生を諦めてしまっている人
・問題意識が欠如している人
・お金に縛られている人

裏を返せば、会社員であっても、

・自分の人生を本気で生きようと考え、選択の結果、会社員を続けている人
・問題意識があり、問題を解決するために会社員を続けている人
・お金に縛られすぎていない人(お金の問題が行動をためらう理由になっていない人)

なんて方々は、嫌うどころか崇拝したくなります。


イケダハヤトさんをあそこまで頑なに決断させるきっかけが何だったのか、イケダハヤトさんがサラリーマン的なものをあそこまで全力で否定させるほどにしてしまったのが前職での経験なのか独立してからの経験なのか、とか、様々な疑問は尽きませんし。

最後に、「前職での経験なのか独立してからの経験なのか」というあたりは、小さな経験の積み重ねで今に至っているので、特段の事件があったわけではありません。影響度が大きかったのは、やはり大企業時代ではありますが…。



★この記事を読んだ人にはこの本がおすすめ。

サラリーマン的な価値観に染まった人は、こういう本を読むといいと思います。人生を盗まれない働き方。


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