賛否両論?イケダハヤトが物申す

「自戒を込めて」という卑怯な自己保身

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ぼくは「自戒を込めて」という表現が嫌いです。

 

他人を攻撃するための言い訳

多くの場合、自戒を込めてということばは他者攻撃とセットになっています。

たとえば、職場の新人が遅刻をして迷惑を掛けた。その姿を見て、「職場で新入社員が遅刻して、チームの作業がてんやわんやだった。社会人たるもの、チームの流れを乱すのはダメですよね。自戒を込めて」とつぶやく。

これはいかにも卑怯な「自戒」の込め方です。「自分も完璧ではないだけどね」という予防線を張って、自分に対してやってくるかもしれない攻撃を防いでいるわけです。自戒を込めることで、「おまえの振る舞いもチームワークを乱しているぞ!」という非難を和らげることができるのです。

こういう人は自分を戒めているわけでもなんでもなく、他人を攻撃したい気持ちでいっぱいになっているだけです。それこそ、その攻撃性を戒めてほしいものです。

 

と、断罪しつつ、実はこの表現、ぼくも昔はよく使っていたんですよね。いやはや、お恥ずかしい…まぁ、日々成長しているということで。

自分の体験を振り返ってみても、結局「自戒を込めて」なんてことばは、攻撃されるのを恐れている臆病者が発信することばです。十分に強ければ、そんな予防線は不要ですから。

もちろん自分を戒めるのは大切ですが、そんなことは表立って言うものでもありません。ぜひ「自戒を込めて」ということばを発しそうになったら、自分を守ろうとしていないか、自己点検してみてください。

 

下記の記事などはその一例です。

独立直後の自分へ3つの自戒の言葉 | ソーシャル活動日記 @ShuheiBoy

「恥ずかしながらご紹介しました」と本文末尾にもある通り、本来「自戒を込めて」語る言葉には、恥の感情が伴うものだと思います。

 

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