おすすめ本・セール情報

日本の大学生が勉強しないのは企業人の責任

スポンサーリンク

グローバルレベルの教育について解説した田村耕太郎さんの新刊「君に、世界との戦い方を教えよう」に、すばらしい指摘があったのでメモ。

 

グローバルレベルの教育とは

・2013年、ハーバード大学への入学願書は、世界中から3万5000通以上が集まったという。これは、過去最高だった前年の3万0489通を約15%も上回るもので、もちろん史上最高だ。(中略)こういった名門校の願書は、アメリカ国内の受験生から送られる分も増えているが、それより増加率が高いのは、海外から来る分だ。

・成績が悪ければ良い職に就けない。成績が良ければ希望の就職ができ、さらに将来のチャンスが広がる。だからアメリカの学生は、強い動機を持って猛烈に勉強するのだ。日本の学生が勉強しないのは、学生本人や教員だけでなく、暗黙のうちに「学生時代は勉強しなくてもよい」としてきた企業の姿勢にも大きな責任があると思う。

・「日本人は皆、きわめて優秀であり、問題も答えもわかっているはずだ。しかし、実行する人がいない(リー・クアンユー)」

・エールやハーバードといったアメリカの名門大学は、具体的には以下のような環境を作り、教育を行っている。
・多様な才能の持ち主とすぐれた”地頭”を持った人材を選抜している。
・彼らに寮生活をさせている。
・世界中のさまざまな国から人材を集めている。
・ファンドレイジングに慣れている人材が多い。
・就活がない。
・リベラルアーツ教育を施し、さらに理科系と文科系を融合させた教育を行っている。

・アメリカの一流大学が日本のそれより優れている最大の点は、「リベラルアーツ教育」があることだと思う。理科系や文科系の区別なく、化学から哲学まで幅広く徹底的に基礎を学び、複数の科目を専攻できる。

・ハーバードやエールといったアメリカの名門校は、優秀な学生を確保するために、それこそ地球の果てまで探しに行くくらいの勢いで、世界中でスカウト活動をしている。ところが東大や京大は、いまだに「試験に受かれば入れてやる」という”上から目線”の態度を取っている。時代錯誤的な、「お山の大将」のようなスタンスである。

・「日本には、リーダーシップがどこにもないからだよ。どこにも問題の当事者がいない。すべてが他人事なんだ。(カシーク・ラマーナ享受)」

・「日本の子どもが今、一番乗り越えなければならない課題は、英語でもコンピュータでもなく、「声を出すこと」だと思っているんです(5歳の子どもを留学させた夫妻)」

・(英語で)大事なのは、「一気に通じさせること」だ。インド訛りでもフランス訛りでも日本人のアクセントでもいい。言いたいことを言い切る能力があればいいのだ。

・今や、日本人の勤勉性や均質性で追っていける程度の課題は、進化したテクノロジーや、新興国の人材によって、先に解決されてしまう。これからは、自分で自分の行き先を決め、それを自分しかできない独自の手法で追い求めていく優れたイノベーションとリーダーシップが、どの国にも組織にも求められる。

本書では他にも、ベンチャーキャピタリスとの古賀洋吉さん、16歳で高校中退しコロンビア大学に入学した寺田悠馬さん、インドのデリー大学に通っている竹内智広さんなどなど、世界で活躍する日本人たちと田村さんの対談も集録されています。これ若いうちに読んでおくと刺激たっぷり受けるでしょうねぇ。

わが家には5ヶ月の子どもがいるので、教育については自分ごととして色々と考えています。やっぱりグローバルな環境には触れる機会を与えたいですね。幼稚園で留学は流石に真似しようと思いませんが…。

 

日本の大学生が勉強しないのは企業人の責任

成績が悪ければ良い職に就けない。成績が良ければ希望の就職ができ、さらに将来のチャンスが広がる。だからアメリカの学生は、強い動機を持って猛烈に勉強するのだ。

日本の学生が勉強しないのは、学生本人や教員だけでなく、暗黙のうちに「学生時代は勉強しなくてもよい」としてきた企業の姿勢にも大きな責任があると思う。

本書によれば、アメリカのトップクラスの学生たちは三時間睡眠で勉学に打ち込んでいるとか。一方、日本の大学生は小学生より勉強しないそうで。ぼく自身の学生生活を振り返っても、まぁほとんど勉強してませんでしたね…。

Img 57b4c52e926df7ba837df77323c2d5a4172035
小学生より勉強しない日本の大学生

 

田村耕太郎さんの主張を少し言い換えると、「大学生が勉強しないで済んでいたのは、企業がそういう人材を求めてこなかったから」と言えます。ある意味、「ぬるかった」わけですね。

しかしながら、グローバリゼーションが進行するこれからの時代は、どう考えてもそんな甘くありません。こちらは東洋経済の記事より。

日本人同士だけで競争していた時代は、全員が大学時代に勉強していなかったのですから、「大学生は勉強なんかしなくてもいい」と言えたのです。競争条件が一緒だったからです。

でも、4年間みっちりと知的能力を育成されている海外の大学生とも競争しなければならなくなった今は、状況が違います。

小学生より勉強しない日本の大学生

以前、韓国の大学生とお話したことがあるのですが、なんと日・英・韓の三ヶ国語を操る、圧倒的な人材でした。企業でのインターンシップ経験も豊富。いわく、そんな人は大して珍しくないとか。

そんな世界の学生と、遊んできただけの日本人学生では、どう考えても前者の方が採用されやすいでしょう。言うまでもないことです。

 

大人たちがメンターになるべきだ

冒頭に戻ると、日本企業は怠惰な学生を生み出す一因になっています。にもかかわらず、その責任を取らず、何の罪悪感もなく「ちゃんと勉強してきた」優秀な学生を採用する方向に流れていきます。

残されるのは「大学時代は遊んでればいい」と思い込み、4年間を遊びほうけた人材たちです。勉強するか否かは自己責任とはいえ、何だか救われなさを感じます。この問題について、ぼくたち大人は何かコミットできないものでしょうか。

 

この点については、「企業が大学生向けにキャリア教育を行う」というのは、ひとつの責任の取り方となると考えます。

「これからの社会は厳しい。遊び呆けていた学生は、うちは採れないだろう。遊んでいる余裕があるぐらいなら、ビジネスを体験しなさい。その機会はうちが用意するから」という態度です。

 

企業に限らず、個人においてもこれは重要です。一人ひとりの大人たちが、学生のメンターとなり、職業体験の機会を提供すれば、幾分は問題解決に近づくはずです(もちろん、この場合の「職業体験」は、マニュアルに沿った単純労働(いわゆるマックジョブ)というより、脳みそをフルで使うクリエイティブな体験であるべきです)。

 

ぼくは微力ながら、編集者・ライター志望の学生に実践的なスキルを学ぶ機会を提供しています。今はジャーナリスト志望の学生を、アシスタントとして雇っています(学びの機会をうまく提供できていませんが…)。もうちょっとビジネス規模が大きくなれば複数名を採用できるので、引きつづき頑張ります。

 

というわけで、日本の教育、これからの社会のあり方を考えるためのすばらしい材料になります。おすすめの新刊です。

 

スポンサーリンク