賛否両論?イケダハヤトが物申す

嫌われれば嫌われるほど、一流の人たちに囲まれるようになる

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昨日は佐賀県に赴き、生涯学習プログラムの講義を担当してきました。シシリアンライスうまかったです。

講義の前、佐賀で頑張る同世代の方と「嫌われるのが怖い」というテーマで対話をしました。そのとき話したことを含め書いてみます。

 

「嫌われることを恐れる」という愚考

SNSで自分のブログの更新情報を流すのが怖い。ウザいと思われるのが怖い。

だけど、書ける。それは、「自分を素直に表現すれば、必ず共感してくれる人がいる」ことを、信じているから。その共感を得られる嬉しさが、誰か知っている人間の気持ちを損ねることにより味わう悲しみよりも、大きいからだ。

人はどうやっても嫌われる

まず大前提として、「嫌われたくない」というのが幻想であることを知るべきです。価値観を揺さぶる名著「ひとを”嫌う”ということ」より。

ここに「自分に落ち度がなければ嫌われるはずはない」という単純な論理を求めますと、相当おかしくなっていく。あなたが嫌われるのは、自分に落ち度が無い場合がほとんどだからです。

そうです。「嫌われるのが怖い」という意識のもと、空気を読んで自分を押さえつけたとしても、あなたは嫌われるのです。

あなたの経歴、立ち振る舞い、言葉遣い、容姿、人間関係などなどの要素をもって、あなたは誰かから嫌われます。「オレが嫌いなあいつと仲良しだから、おまえが嫌いだ」なんてことも往々にしてあります。何度か書いてますが、ぼくは「嫌われたくないから空気を読んで生きてます」という人が嫌いです。

何をやっても嫌われるのなら、思い切って嫌われてしまいましょう。自分を偽る部分を減らせば、それだけ生きやすくなりますので。

 

「万人受け」はあり得ない

「嫌われることを恐れる」のは愚かな考えです。人間どうあっても嫌われます。

僕の文章をお読み頂ければお察し頂けると思いますが、僕は嫌われることを、もはや恐れていません。匿名で叩かれるのは常時のことですし、ツイッターやフェイスブックで友人だと思っていた方が、僕の陰口を書いているのを見かけることもままあります。新刊は早速Amazonレビューで叩かれているようです

しかしながら、自分の素を出している以上、嫌われることは当然です。万人に好かれる人間は存在しません。僕がどれだけ品行方正でも、それこそ容姿だけで僕のことを嫌う人すらいるでしょう。あとは話し方とか雰囲気とか。

人は「あいつはみんなから好かれているから」という理由で人を嫌うことすらあります。一切世の中の人と接触を取らないという生き方ですら、「そういう孤独な人間が社会を貧しくしている」と、誰かの嫌悪の対象になるでしょう。「嫌われたくない」というのは、実現不可能な理想なのです。僕は「嫌われたくない」と思っている人を嫌っています笑

「私は人から嫌われないようにしているし、嫌われていないと思う」なんて人は、ほとんどの場合、単に嫌われていることに気が付いていないだけでしょう。そのまま勘違いしつづけられれば幸せですが、いずれ気付いてしまうとも思います。

 

何かを変えようとした時、批判は「必ず」発生します。

万人受けを望む限り、世の中を変えるような、新しい観点や思想、製品や作品を生み出すことはできないでしょう。誰の目にも心地よいものを作るのは簡単ですが、それは多くの場合、熱を持つこと、人の心を掴むことに失敗し、市場からスルーされてしまいます。

僕のブログも、多くの人に読まれた記事は、必ず批判的な意見も寄せられます(感覚的には1〜2%くらい)。一方で、そうした批判も呼ぶような記事が、このブログに色を与えていることも間違いありません。僕がもし「万人受け」を望んでいたら、このブログはもっとつまらない、色のないブログになっているはずです(こんな記事も書いてません)。

 

嫌われることなんて当たり前ですからねぇ、ほんと。

ネットでも、学校でも、会社でも、田舎の集落でも、どこでだって「新しいことする」と嫌われます。これが世の中の真理。

さらにいえば、「嫌われれば嫌われるほど、注目が集まり、お金が稼ぎやすくなる」というのも資本主義の真理ですね。ぼくはこの「嫌われ力」をベースに収益を稼いでおります。

 

一流の人たちはみんな嫌われ者

ここからが本題。ぼくが観察するかぎりにおいては、人から嫌われるような存在であればあるほど、一流の人たちとの距離が近くなっていきます。

一流と呼ばれるような人たちは、ほとんど必ず、誰かから嫌われた過去を持っています。人によっては今現在も嫌われ者だったりします。文筆業の世界でいえば、一流の作家には必ずアンチがいます。アンチがいない作家は、キャズムを超えられていないという意味で、二流の作家です。

自身も嫌われた経験がある一流の人たちは、誰かが何か新しいチャレンジをして、その結果嫌われたときに、彼らチャレンジャーの中に過去の自分の姿を見いだします。「わたしも昔、叩かれたなぁ。こいつは面白いヤツなのかもしれない」と。「出る杭」は「出ようとする杭」に注目してしまうわけですね。

 

ぼくの短い職業人生においても、自分の意見を発して、その結果炎上すると、やっぱり面白い人たちからお声が掛かります。

気をつけたいのは、ここで歓迎すべき「嫌われる」というのは、「新しいことに挑戦した結果として嫌われる」ことを指すことです。「あいつはダメだ」「オレはダメだ」などなど、「他罰的、自罰的な態度を取った結果嫌われる」ことは、無論望ましくありません。

こういう嫌われ方をされる人、要するに「出る杭を打とうとする人」「出る杭になれない自分を卑下する人」は、どこまでいっても二流でしょう。

 

自分なりの表現、チャレンジを行い、その結果として誰かから強烈に嫌われるということは、一流になるための通過儀礼です。同調圧力の高い日本においては、この儀礼は苛烈さを極めることもあるでしょう。

が、圧力に屈せず自分を貫き通すその姿勢に、美徳を見いだす人たちも存在します。ソーシャルメディアを使えば、ほとんど必ず共感してくれる人が現れるでしょう。何もチャレンジしなければ、そうした新しいつながりは生まれません。

短い人生なのですから、自分を表現し、「出る杭」の仲間入りをしてはいかがでしょうか。

 

「世に出す」際に付きまとう、恐れからの脱却

何かを「世に出す」際には必ず、恐れが付きまといます。ブログを書くこと一つとっても「こんなこと書いて炎上しないかな…」とか思っちゃうわけです。

嫌われることを前提として受け入れられれば、そうした恐れは払拭することができます。僕の場合は、確実に「公開」ボタンを押すためらいは無くなりつつあります。

僕は自分のメディアにおいては、空気を読みたくありません。流石に他媒体で書くときは真人間らしく振る舞いますが。ここは僕の素を出せる数少ない場所であり、癒しの場所です。

「自分らしくありたい病」と人は僕を揶揄するかもしれません。でも、別に法律を違反しているわけでもなし、誰に直接的な迷惑を掛けているわけでもなし。逆になぜ僕が、この自分の空間で、自分らしくしていてはいけないのでしょう。ブログなんて嫌なら見なきゃいいのですし。

僕にかぎらず、この手の「恐れ」は蔓延り過ぎているように感じています。実にマッチョな話ですが、もっともっと多くの人が恐れを克服し、チャレンジングな取組みを行うようになれば、日本はもっと良くなると思います。(「恐れ」についてはまた別の記事で書いていきたいと思います。)

 

世の中をより良くする、新たな価値観への挑戦

世の中を変える新しい価値観(例えば「シェア」「ノマド」など)を提示する場合は、ほぼ確実に、そうした価値観を何らかの理由で受け入れたくない人からの批判が寄せられます。

嫌われることを受け入れ、恐れを払拭すれば、新しい価値観を提示することも難なく行えるようになります。

ブラックフライデー(米国最大の書き入れ時)に「アンチ消費」とも取れるメッセージを発信したパタゴニアは、良い例と言えるかも知れません。彼らのスタンスは批判を呼びかねないものですが、世の中をより良くしてくれるであろう、新しい価値観も提示してくれています。そしてそこには、人を惹きつけるリーダーシップが生まれます。

 

人と人を繋げる

賛否を呼ぶような作品は、時に人と人を繋げる力を持ちます。「マーラー好き」は「マーラー嫌い」と喧々諤々語り合うものです。

自分の想いを形にして伝えることで、自分と誰か、誰かと誰かが繋がりを持つ可能性があることは、素晴らしいことです。それは生きる意味ですらあるかも知れません。

例えば、僕たちは250年前に生きたバッハについて未だに熱く語り合い、バッハを愛する世界中の人たちと繋がることができるわけです。バッハが世の中に残した価値は計り知れないでしょう。

批判されること、嫌われることを恐れ、誰かと繋がりを持つ/誰かと誰かを繋げるチャンスを失うことは、自分にとっても、社会全体にとって、大変もったいないことだと僕は考えます。

 

理解してくれる人もいる

自分の作品が世の中にどう受け入れられようと、自分のことを深く理解してくれる人も一方で存在するものです。僕はそんなに強くないので、奥さん、友人によく頼ります。


そもそも、僕たちが普通に経験する「嫌われる」なんて程度が知れているものです。
僕ですら、ツイッターで粘着アンチが数人湧くくらいです(身の危険を感じるようになったら流石に話は別ですが)。

この程度、親しい友人に相談したら「そんなの気にすんなよ!」と一笑に付されるレベルでしょう。些細なことは気にせず、ガンガン創りつづけるべきです。

 

というわけで、今年はよりアクティブに価値観を提示し、アクションしていきたいと思います。アクションのハードルがいちいち低い人は、やっぱり強いように思うのです。

 

嫌われることを「つながりの最適化」と捉える

僕はツイッターのフォロワーが減っても悪い気はしません。ブロックされてもまぁ仕方ないな、と思います。

また、何らかのアクションを取り、友人が離れて行ってしまっても、悪い気はしません。

 

それは僕が一歩足を進めることで、自分を取り巻く「つながり」が最適化されていることの証だと思うからです。

 

旅に出るためには何らかのものを失う必要があります。住み慣れた街、培ってきた関係性など。

こういう記事を書くことも、大げさですが、僕にとっては未知の場所へと一歩足を進める「旅」のように思えています。

 

アンチが何人増えようが、身に危険が及ばない限りは関係がありません。

先に進めば新しい世界を体感できますし、それは自分にとって価値ある経験となります。

足を進めた結果として誰に嫌われようが、それは「最適化」の範囲です。そういう風に僕は捉えています。

 

全員に嫌われるのは難しいんです

ラジおこし」より、武田双雲さんのトークが相変わらずすばらしかったのでピックアップします。

【第4回】世界の革命は、「口角を上げること」から:武田双雲『ポジティブの教科書』 | ラジおこし

武田:だから、この前ある取材に来たライターさんから、「嫌われるのが怖くてしょうがないんです。だから何もできないんです」って言われたから、「じゃあ、逆でいってみましょう!」って。

これから一週間、「どれだけ嫌われるかゲーム」をやってみましょうって(笑)

蒲田:あはは(笑)

武田:意外に嫌われないですよね、人って。全員を嫌いにさせるって。

意外に人って良く捉えてくれるって人もいるっていうか。「おもしれぇ!」って言ってくれる人もいるし、十人中十人に嫌われるってすげぇ難しいと思うんです。

蒲田:なるほど、なるほど。

武田:どんな悪い態度でも、それ良く取る人いますからね。

蒲田:(笑)そうですね。

武田:逆に嫌われるのは難しいと思えばそんなに怖くなくなるっていう。

「下手字大会」と一緒で、「みんな字が上手くならない」っていうから「じゃあ、下手字対決で1番取ったらどうですか」って言ったら、それはそれで難しい。

蒲田:そうですよね、どんだけ下手に書けるかって難しいですよね。

武田:とれないと思います、1位はなかなか。

蒲田:1番下手に書くって相当ポイントついてないと。

武田:すっごい難しいと思うんですよ。

味になっていたら、ダメですからね。人をムカつかせなきゃいけないんですからね。人をガッカリさせるような字を書くってすごく難しくないですか。

蒲田:はあ、はあ、はあ。そうですよね。

武田:やり過ぎると斬新とか言われるんですよね。

蒲田:そんなの求めてなかったんだみたいな(笑)

武田:変に崩すと味があるって言われるから。意外に下手って思わせるのは難しい。そういう意味で、「ネガも全然いいよ」っていう。ネガの達人って、もうポジティブですもんね。

ホントに!「炎上系ブロガー」と呼ばれるぼくが言いますが、読者をムカつかせるのって本当に難しいんです。本当は作品なんて、人の心を荒立ててなんぼなんですが、つい丸いこと書いて癒してしまったり。もっとイライラさせるぐらいに尖ってないと、面白くないんですよね、本当は。

「誰かに嫌われる」というのは本当はすごいことなんです。少なくとも、創作の世界では非常に難しいことです。トークで指摘されているように、なかなか簡単に嫌われるものではありません。

嘘だと思うのなら、ぜひブログを作って、「誰からも嫌われるブログ」を書いてみてください。無理ですよ、きっと。「なぜか好かれてしまう」「そもそも誰も見てくれない」のどちらかに落ち着くはずです。

 

少し創作方面に話が逸れましたが、「嫌われたくない」という願望を持つ人は、根本的に考え方を改めるべきだと思います。人はどうやっても誰かから嫌われますが、その一方で、どうやっても「全員に嫌われること」はありません。それって、けっこう安心する事実じゃないでしょうか。

どうやってもあなたのことを嫌いになる人はいるんだから、いいじゃないですか。でも、全員に嫌われることもないんですから、自分を出していきましょうよ。

 

一番よくないのは、嫌われることを恐れて自分を押し殺すことです。ぼくはそういう人が嫌いです。ぼくは、嫌われることを恐れる人を、嫌いなわけです。ほら、どうやっても人って嫌われますよね(笑)

そんなわけで、どうやっても他人からは嫌われる以上、そして全員からは嫌われない以上、自分を発露した方が結果オーライなのですよ。どん詰まりから抜け出しましょう。

 

全四回の書き起こし、どれもすばらしいのでじっくりお読みください。久々に感銘を受けました。

【第4回】世界の革命は、「口角を上げること」から:武田双雲『ポジティブの教科書』 | ラジおこし

 

「嫌われるのが怖い」と感じる人は、大なり小なり、空気を読みつづける人生を送る羽目になるでしょう。

空気を読む生き方がかっこいい、空気を読むのがクールだと思うのなら、僕はそういう生き方を否定するつもりはありません。それは好みの問題です。

でも、「空気を読む生き方」に何がしかの気持ち悪さやダサさを感じるのなら、やっぱり本音は違うのではないでしょうか。「空気を読まない人生」に、僕は間違いなく憧れを抱いています。空気を読んでしまうことは、僕にとって克服すべき強烈なコンプレックスなのです。

 

自分らしさを感じる生き方というのは、とても気持ちいいものです。みなさんがよほど特殊でないかぎり、共感してくれる人も現れるはずです。「嫌われてもいい」と思えてはじめて、自分の人生は動き出すのではないでしょうか。ぜひ、恐れず一歩を踏み出してみてください。

 

なんでそんなに強いんですか?という質問については、まさにこちらのツイートの通り。

自分のことを愛してくれる人がいて、自分が愛する人がいれば、それで十分なのですよ。

 

関連本。出る杭といえば岡本太郎。勇気をもらえること間違いなしです。

僕はこの本を読んで、人に嫌われるのは当たり前のことだと自覚することができました。

 

Twitterを寛容な世界への練習の場にしませんか。

著者の梶谷さんは全く別の機会にたまたまお会いしたことがあるのですが、こういう意見を書く方だとは思っていませんでした。

もしかしたら梶谷さんはこの一歩を進めることで、一部の人に嫌われてしまったかも知れませんが(実際批判的な意見も多いようです)、僕はポジティブな刺激を頂くことができ、感謝しています。

何かを変えようとした時、必ずアンチが生まれます。「Twitterを寛容な世界への練習の場にしませんか」と問いかけた梶谷さんの一歩は実に象徴的です。

批判をどう捉えるかは人それぞれですが(僕は基本スルーです)、ぜひポジティブマインドを保ちながら、色々な人と繋がり、時には離れ、前に進んでいくのが良いのじゃないかと思います。

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