賛否両論?イケダハヤトが物申す

「分人主義」について考えてみた

平野啓一郎さんとお話させていただくということで、改めて「分人主義」という考え方について思考を巡らせてみました。

分人主義とは?

人間には、いくつもの顔がある。—私たちは、このことをまず肯定しよう。相手次第で、自然とさまざまな自分になる。それは少しも後ろめたいことではない。どこに行ってもオレはオレでは、面倒くさがられるだけで、コミュニケーションは成立しない。だからこそ、人間は決して唯一無二の「(分割不可能な)個人 individual」ではない。複数の「(分割可能な)dividual」である。

たとえば、「クライアントとの打ち合わせをしているイケダハヤト」と「娘と遊んでいるイケダハヤト」では、表面的に見るとまったくキャラが違うわけです。

前者では「うーん、そうですね。○○だから、やっぱり○○だと思いますよ。どうですか?」とか言ってる一方、後者では「あぶあぶあぶー!おとうちゃんやどー!」とあぶあぶやっています。

全然違う人格なわけですが、これは両方嘘偽りのない「自分」であることは間違いありません。「キャラを使い分ける」というより、自然にスイッチが切り替わるという感じです。

人間は誰しもこうした「自然と切り替わる様々な自分」を持っているものです。分人主義とは、ひとりの人間のなかに詳細な「分人」が存在する、と捉える新しい世界観といえるでしょう。

「個人主義」の害悪

「首尾一貫した人間が存在する」という「個人主義(と、ここでは呼びましょう)」は何より、社会の安定化をもたらします。

社会としては、できるだけ不確定要素を取り除きたい。個人が首尾一貫していなければ、社会の基本となる構成要素が不安定になり、方々で機能障害が起きてしまう。 例えば、家を買うためのローンを組んで、銀行から借金をする。こうした契約を結ぶ前提になっているのは、ウソ偽りのない、個人の同一性である。

ここからはぼくの考えですが、社会を安定化させる一方、「個人主義」はあまりにも世界をシンプルにしすぎる、という弊害も指摘することができます。

「個人」は、本当は複雑であるはずのひとりの人間を捨象して作られる概念です。 たとえば選挙。ぼくらは「一人一票」を持っており、選挙になれば特定の政党や個人にそれを投じるわけですが、人間と言うものは、必ずしも「一票」で割り切れるものではありません。

たとえば、ぼくは思想的には民主党にもっとも近いようですが、同時に維新の会やみんなの党の思想にも近似しているようです。選挙ではひとり一票なので、これらの党には票を投じることはないでしょう。

日本の選挙制度においては、複雑なぼくは切り出され、民主党に投票した結果、「民主党支持者」としての「個人」を表出することになります。


また、「一人の人間は一つの会社に就職し、働くものだ」という固定観念も、ある種の「個人主義」といえるでしょう。複数の会社と雇用契約を結び、兼業勤務するというのは、日本においてはまだまだ一般的ではない働き方です。

まさにご自身でそうしたワークスタイルに挑戦している、法務マンサバイバルの橋詰さんは、以下のような問題点を指摘しています。

1)労働時間の通算
2)社会保険
3)住民税

黙ってバレないように兼業(副業)しようとしても2)のa)および3)によりほぼ不可能ですし、もし会社に兼業(副業)を認める気概があっても、時間管理や社会保険実務に相当の負担が掛かるという現状。

政治的大英断で上記ポイントをシンプルな法制度にリフォームするでもない限り、今のままでは、兼業(副業)がメジャーになる日は来ないでしょうね。うーん、どうにかならないものでしょうか・・・。  

企業法務マンサバイバル : 兼業(副業)を実際にするとなるとこれだけ面倒なことになる・・・会社が認めてくれたとしてもだ

要するに社会保険や会社という仕組みが、そもそも「矛盾のない個人」を前提としているわけですね。「一人の人間は一つの会社に勤める」のが前提で、そうありたくない複雑な人にとっては、とても生きにくい社会になっているわけです。

こうした「個人主義」は、システム上の問題に限らず、その上で生きるぼくら個人の価値観まで汚染しています。

ブログを書いていると、「イケダは矛盾している」という非難をよくいただきます。まさに今朝もこんなメンションが来ました。

が、ぼくは何ら矛盾していません。というのも、ブログのマネタイズに力を入れているのは、アシスタントを雇えるようになりたいからです。毎月余剰利益がコンスタントに出るようなら、月10万円ぐらい払って、ライター・編集者志望の学生を、彼・彼女の修行がてら雇いたいと考えているのです。こうしたぼくの意図は、本のなかで主張していることとは、1mmも矛盾するものではありません(読んでいただければわかるかと)。

思うに、複雑な人間をシンプルに捉えようとする「個人主義」は、相手のなかにある複雑な意図や想いを読みとる力を、後退させてしまうのではないでしょうか。

たとえば「民主党支持者なのに自民党の政策を支持するのか!矛盾している!」みたいなことって、往々にしてありますよね。本人のなかでは何ら矛盾ではないのに、システムに載ると矛盾に見えてしまう、というケース。矛盾をことさら悪とする「個人主義」は、人々の攻撃性を高めてしまいます(ちょうど上で引用したツイートの発言者のように)。

「分人主義」においては、ひとりの個人が矛盾して見えることがあるのは「前提」になります。「民主党支持者」が自民党の政策を支持していようが、なんら不思議なことではないのです。

分人主義は、脊髄反射で割り切ろうとして他者を糾弾するのではなく、複雑なものを複雑なまま捉え、対象を理解する洞察力を身に付けることができる思想といえるでしょう。

さらにいえば、分人主義は「自分」の見方を変え、救ってくれることもあります。「空白を満たしなさい」のなかでは、まさに自殺問題の対策として、分人の思想が処方箋として提供されています。

「人間は、生きていくためには、どうしても自分を肯定しなければならない。自分を愛せなくなれば、生きていくのが辛くなってしまう。 しかしですよ、自分を全面的に肯定する、まるごと愛するというのは、なかなかできないことです。よほどのナルシストじゃない限り、色々嫌なところが目についてしまう。 しかし、誰かといる時の自分は好きだ、と言うことは、そんなに難しくない。その人の前での自分は、自然と快活になれる。明るくなれる。生きてて心地が良い。全部じゃなくても、少なくとも、その自分は愛せる。 だとしたら、その分人を足場に生きていけばいい。もしそういう相手が、ニ、三人いるなら、足場はふたつになり、三つになる。だからこそ、分人化という発想が重要なんです」

「個人主義」の毒素は、自己観察眼をも浸食しています。本当は複雑であるはずの自分を、たとえば「仕事ができない」というたった一つの要素をもって、「俺はダメな人間なんだ」と「全人格的に」否定してしまいます。自分のなかに「自分が愛することができる分人」がいるのにも関わらず。

「愛することができる分人」を持つ人は強いです。ぼくも仕事で凹むことは多いですが、愛する家族といる自分はどこまで行っても好きなので、なんなく耐えることができます。もともと自己愛性は強いほうですが、自分を嫌いになることはないですね。

これからの未来

分人主義の思想も垣間みることができる「なめらかな社会とその敵」のなかでは、実に刺激的な論考が展開されています。

認知コストや対策コストの問題から、私たちは複雑な世界を複雑なまま観ることができず、国境や責任や自由意志を生み出してしまう。逆にいえば、認知能力や対策能力が脳や技術の進化によって上がるにしたがって、単純化の必要性は薄れ、少しずつ世界を複雑なまま扱うことができるようになってくる。人類の文明の歴史とは、いわばそうした複雑化の歴史である。

「なめらかな社会とその敵」の著者の鈴木氏は、「個人民主主義から分人民主主義へ」のシフトを提唱しています。詳しくは書籍を読んでいただきたいところですが、ざっくりいえば、一人が持っている票を分割できる仕組みです。

このシステム(「伝搬委任投票システム」)では、自分の持つ1票を好きなように分割して投票できるようにする。もちろん矛盾した意見に0.6票と0.4票と分けて投票してもかまわない。悩んだら悩んだ度合いで投票すればいい。そのテーマに詳しい人は直接政策に投票すればいいし、そうでない人は詳しそうな人に委任すればいい。人に委任する気楽さが投票率をあげる要因になる。

「人類の文明の歴史とは、いわばそうした複雑化の歴史である」ということばのように、これからの未来は「複雑なものをシンプルに捨象する」のではなく、「複雑なものを複雑なまま捉える」という方向で進んでいくのでしょう。

一人の人間が自他を観察する際だけでなく、たとえば投票のように、システムとしても分人的な発想は取り入れられていくのでしょう。

分人主義的な発想からいえば、フェイスブックもまた興味深いサービスです。すべての人格を「友だち」というざっくりした集団にさらけ出すという点では、個人主義的でもありますし、「人間が複雑であること」を自覚させるシステムとしては、分人主義的だとも思います。

将来的にはフェイスブックは「投稿タイプ」をより詳細に、かつ自動的に切り分け、たとえば「大学時代の友だちに向けて投稿したもの」と思われるポストについては、大学時代の友だちにしか表示しない、「友だち全体に向けて投稿したもの」と思われるポストについては、無差別的に表示する、といった機能強化が図られていくことでしょう(リストでいいじゃん、という意見もありそうですが、リストって面倒じゃないですか。「自動的」というのがポイントだと思います)。

本記事で紹介した3冊は、これからの時代を考える上で必読といえる本たちです。是非ご一読の上、一緒に思想を深めましょう。

 

「分人主義」という救い

・「死は傲慢に、人生を染めます。私たちは、自分の人生を彩るための様々なインク壷を持っています。丹念にいろんな色を重ねていきます。たまたま、最後に倒してしまったインク壷の色が、全部を一色に染めてしまう。そんなことは、間違ってます。」

・「どんな人生でも、死に方さえ立派であれば、立派な人生だ。—それは、人を破滅させるしそうです。戦争になると、政治家はこの考え方を徹底させます。たとえこれまでの人生が不遇であっても、最後に国家のために戦って死ねば、国家は立派な人間として、あなたの人生を全面的に肯定する、と。恐ろしい、卑怯な嗾しです。」

・「自分を隅々まで掌握して、或る人格を拵えたりするなんてことは、土台無理なんです。相手と繰り返し接しているうちに、お互いに喋り方や話題、距離感なんかがつかめてくる。感情の動き方も定まってくる。」

・「人間は、生きていくためには、どうしても自分を肯定しなければならない。自分を愛せなくなれば、生きていくのが辛くなってしまう。しかしですよ、自分を全面的に肯定する、まるごと愛するというのは、なかなかできないことです。よほどのナルシストじゃない限り、色々嫌なところが目についてしまう。しかし、誰かといる時の自分は好きだ、と言うことは、そんなに難しくない。その人の前での自分は、自然と快活になれる。明るくなれる。生きてて心地が良い。全部じゃなくても、少なくとも、その自分は愛せる。だとしたら、その分人を足場に生きていけばいい。もしそういう相手が、ニ、三人いるなら、足場はふたつになり、三つになる。だからこそ、分人化という発想が重要なんです」

・「人間は、分人ごとに疲れる。でも、体はもちろん一つしかない。疲労が注がれるコップは一個なんです。会社で、これくらいなら耐えられると思っていても、実はコップには、家での疲労が、まだ半分くらい残っているかもしれない。そうすると、溢れてしまいます。」

・「故人の思い出に浸るっていうのは、だから、その人との分人の名残を、せめて生きようとすることなんだと思うんです。」

・「じゃあ、見る人ごとに記録を編集して、分人をカスタマイズできるようにしたほうがいいですね。例えば、ボクが死んで、土屋さんがボクのページにアクセスするじゃないですか?でも、ボクが両親と一緒にいるところの写真なんか見てもしょうがないから、復生者の会の総会での写真とか、土屋さんに関係あるボクの写真だけ編集できるようにしておけば、それはもう、ボクの土屋さんに対する分人ですよ。—でしょう?」

 

圧倒的な力で読者を惹き込ませる、魅力的な小説です。単にエンターテイメントとしてすぐれているだけではなく、ここで紹介されている「分人」という思想は、多くの人を救う可能性があると考えます。「自分を愛せない時は、自分が一緒にいて楽しい人を見つけ、その分人を愛する」というのは、目から鱗です。

 

本記事はあくまでメモということで、分人についてはこちらの記事で詳しくまとめております。

「分人主義」について考えてみた – ihayato.書店 | ihayato.書店

 

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