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(本)市川寛「検事失格」

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Kindle版が安かったので買ってみた一冊。非常に面白かったです。こういう現実があるんですね…。



検察庁のリアル

・刑事裁判では、どういったわけか無罪判決を書く機会がまったくなく、有り体に言うと「証拠が完全でなくても、めげることなく果敢に有罪を認定する力」を養うのがこの科目の目的に感じられた。修習生が無罪判決を書いてもいいが、それは「正解」ではなかった。

・この講義で、講師の副検事が「被疑者を取り調べるときは、被疑者が有罪だと確信して取り調べるように」と断言したので、僕は頭を殴られたくらいに驚いた。「取り調べる前からどうして有罪だと確信できるんだ?それに、そもそも被疑者はあくまで無罪だと推定されるはずじゃないか。何を言ってるんだ、この人は」

・指導担当検事は「被疑者を自白させることがものすごく大切なんだ」とことあるごとに熱っぽく語る人だった。指導担当検事はあるとき「僕は検事になってから被疑者は全員自白させてきた。自白させることから被疑者の更生が始まるんだ」と言った。

・指導担当検事からは、このほかにもそれまでのほろ酔い気分が一気に消し飛ぶ話を聞くことがあった。「やくざと外国人に人権はない。僕は、外国人の被疑者を取り調べたとき、相手はどうせ日本語なんかわかりゃしないから、千枚通しを目の前に突きつけて、日本語で徹底的に罵倒してやった。そうやって自白させるんだ。」

・部長は険しい顔で「なんだあの被疑者は。ああいう姿勢はすぐにやめさせないとだめだ。検事がなめられていることになるんだよ」と言った。「市川君ね、僕が特捜部にいたころなんかはね、生意気な被疑者がいると、机のしたからこうやって被疑者の向こうずねを蹴るんだよ。特別公務員暴行凌虐罪をやるんだよ」。部長は自ら机のしたの隙間から足を突き出しながらこういった。転化の特捜部で、なんと被疑者に暴行を加えていたとは。僕は戦慄した。

・刑事部長からは、酒盛りの場でこんな話を聞いたこともあった。「昔の東京地検の特捜部がある階に行くとね、もう、そこら中の部屋から「ひいーっ」「人殺しーっ」「殺されるーっ」って悲鳴が聞こえてきたんだよ」。要するに、特捜部では被疑者や参考人をそこまで追いつめるほどの厳しい取り調べをやっていたという武勇伝のつもりだったのだろう。

・実際に、僕は後に述べる大阪地検にいたときに、十年を超える長い公判が続いていた大事件について「起訴した検事が検察庁の幹部になっているから絶対に無罪にはできない」と聞いたことがある。なんのことはない、事件が客観的にどうかということなど眼中になく、大物検事のメンツを守ろうとしていただだけだ。しかもその検事から頼まれたわけでもないのに。

・次席は僕に秘策を授けてくれた。「いいか。こうやってとるんだ。被疑者が座るなり、お前は「聞いてろ」とだけ言って、すぐに○○の点を認める内容を立ち会い事務官に口授して調書をとらせる。被疑者に言わせる必要なんかない。事務官が調書を取り終わったら、被疑者に見せて「署名しろ」と言うんだ」。なんのことはない、被疑者がひとことも話していないのに、検事が文字通りの問答無用で「自白」を独り語りして供述調書を作成してしまい、あとは被疑者に署名だけさせれば一丁上がりというわけだ。これこそ正真正銘の作文調書だ。

・上司や先輩の中には、「公判検事は、何も用がなくても毎日の法廷が終わったら必ず裁判官室に行ってあいさつをするように」と指示し、これを「法廷外活動」と平気で呼んでいた人がいた。これははっきり言えば裁判官のご機嫌うかがいだ。

・この副部長は、自分が特捜部にいたときのことについて恐ろしい自慢話をしたころがある。「俺が初日に被疑者を取り調べると、被疑者は必ず口から泡を吹いて倒れた。最初にそこまで「かまし」を入れておくと割れる(自白する)んだ」。被疑者が口から泡を吹いて倒れる取り調べとはなんだったのだろうか。怒鳴りつけたくらいでそんなことになるはずがない。

・「とりあえず目の前の苦痛から逃げられれば事件や被疑者がどうなろうとかまわない」。僕は公判部での控訴審議で感じたのと同じような後ろ向きの腐った根性を持つ検事に成り下がっていった。

・大阪地検刑事部時代では、不起訴にすると警察の担当者が僕の執務室に文字通り怒鳴り込んできて「検事さん!今日は勉強させてもらいにきました。どういうわけであの事件を不起訴にしたんですか!」とやくざ顔負けの野太い声ですごまれたこともあった。

・特捜部が動くとマスコミが大騒ぎするが、小規模地検が独自捜査に動けば少なくとも地元マスコミが大騒ぎする。マスコミが大々的に報道した事件を不起訴にすると、「なぜ不起訴になる事件の捜査をしたのか」と叩かれる。

・横浜地検刑事部時代、刑事部長から過去に手がけた事件の話を聞いたときから思っていたが、どうも特捜畑の人は「バッジ」つまり国会議員を摘発し上がる。それがなぜかを突き詰めて考えると、よくわからない。

・次席が関係者の一網打尽の逮捕を唱えたのは、すでに二月が目の前だったからだ。僕は間でもこう確信している。早く逮捕しないと、次席が転勤するまでに起訴できないのだ。だが、それはあくまで次席が勝手に決めたタイムリミットだった。しかもその根拠は自分が転勤するからというのだから笑止千万だ。

・次席は「否認している奴を不起訴にするわけにはいかない」と言った。面白い意見だ。次席の意見は、いわば検察庁の本音のようなものだ。応援検事の奮闘のおかげで、支部長さんの自白調書はできあがっていた。それなのに次席は支部長さんが「否認している」と断定した。つまり、実際は否認しているのに「自白調書」をでっちあげたことを次席は十分に認識していたことになる。検察庁なんてこんなものだ。

・もう佐賀地検には一分一秒たりともいたくなかった。「このままだと俺はこの官舎で首をつって死んでしまう」と恐ろしくなった。とっさに自殺の衝動に駆られてしまったのだ。(中略)佐賀市農協背任事件から逃げるには死ぬしかないと思い込み始めていたのだ。

・僕がいつの間にか「無罪はダメ」と思い込んだように、後輩たちもまたいつの間にか「法廷で取り調べの真実を証言したらダメ」だと頭に叩き込まれていたのだ。

・近時、大いに議論されている取り調べの全面可視化は、被疑者・参考人が「拷問」に遭わないようにするためにもあるが、取り調べた側の検事が「ひょっとしたら、俺が覚えていないだけじゃないのか?」と悩んだり後悔しないためにも、必要なのではないだろうか。

・僕は前田検事の逮捕の報道を知ったとき「なんてことをしてくれたんだ」と愕然とした。僕が愕然としたのは二つの意味があった。ひとつは「とうとう特捜部までもがこんな悪事を働いたのか」という義憤だった。佐賀市農協背任事件の操作はしょせんは僕という未熟な検事が主任となっての「特捜部ごっこ」にしかすぎなかったが、天下の特捜部が証拠をでっちあげたと知って「いい加減にしろ」と思ったのだ。

・検察庁は「犯罪者製造機」ではない。まして「冤罪製造機」であってはならない。(中略)みじめな無罪判決を見ると、決まって無理な自白、無罪に傾く証拠の無視または見落としといった、同じミスばかりが原因だ。そして、そのたびに誰かが責任を問われて処分されたり、あるいは僕のように検察庁から追放され、そもそもいなかったことにされる。

ちょうど小沢さんの事件でも検察のでたらめな捜査が問題となっている最中ですね。この本を読むと、ああいう事件が起きてしまうのもむべなるかな、と納得してしまいます。


小沢事件を暴いているこちらもセットでぜひ。kindle版が安いです。


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