賛否両論?イケダハヤトが物申す

「下から目線」を持とう

ツイッターをやっているとですね、なんか色んなおっさんからアドバイスを貰うんです。

何様ですか

たとえばこの方。電通のえらい人です。ソーシャルメディアウィークというイベントでチラッとすれ違ったことはあるのですが、別段、深い関係性があるわけでもありません。

これまでにも何度かうんざりさせられていたので、申し訳ございませんが、この方はサクッとブロックしていました。が、エゴサーチをしていて、不幸にもたまたま彼のツイートを発見してしまったのです。

「その設計図をはやくだそうや」というのはなんともすごい言葉だなぁ、と思ったので「毎度ながら何様ですかホントにw」と返しておきました。翌日、彼はこんなツイートをしていました。これもエゴサーチで発見。

不思議な発言です。これでは、彼はぼくが見ていないことを前提で、ぼくに対するアドバイスを、彼の周囲の人々に語っていたことになります。ぼくがそこにいないのに、ぼくに対するアドバイスを、ぼくではない自分のフォロワーたちに語る。なんとも倒錯したコミュニケーションのあり方に思えます。難しいな、ネットは。

で、この長澤さんはまだマシで、酷い人になると面識もないのに「説教してやる」といきり立つ人もいます。あとは「対談しようじゃないか」とかも。いや、ホントに、あんたたち誰ですか…。

この点について、徳丸さんから納得の指摘をいただきました。有名税というやつですか。面倒ですね。

求められてもいないのにアドバイスをする人々

そもそも、アドバイスは求められた場合に提供するものです。見知らぬ人からいきなり「アドバイス」されても、普通、聞く耳持てませんよね。ぼくは長澤さんに限らず、日々頼んでもないのにおっさんたちから「アドバイス」されます。いや、あんた誰だよ…という気分に駆られたことは数知れず。

 

もう少し深堀すると、アドバイスというものはある種の「師弟関係」が成り立っているときに、有効に機能します。アドバイスの受け手が、アドバイスの出し手を信頼・評価しているときにこそ、アドバイスはアドバイスとして機能するわけです。

その意味で、特段の尊敬もしていない人から「アドバイス」を貰ったとしても、その言葉は、内容がどれだけよくても、まともに聞き入れられることはないでしょう。

さて、「内容がよくても、関係性が悪ければ聞き入れない」という態度を「それは甘えだ!内容こそすべてだ!」と非難する年長者は多いと思います。が、それは逆ですよ。関係性がない状態でアドバイスを提供して、それが受け入れられると考える方が、甘えなんです。安全地帯に留まり、楽をしているのは、自分であることに気づきましょう。

アドバイスなんてものは、実に傲慢なプレゼントなのですから、まずは相手の尊敬・信頼を勝ち取ってから、丁寧に手渡すべきです。いきなり投げつけるようなものではありません。

 

年を取ると傲慢になる?

少なくともぼくは、いきなり他人にアドバイスを与えようとするほど、傲慢ではありません。「アドバイスください」と言われたときですら「あくまでこれは一個人の意見なので、誰が正しいとか間違っているとか、そういうわけじゃないよ。その上で、ぼくは〜〜と思うけど、本当に、それはぼくの体験に根ざした個人的に意見だからね…・」などと、長々と前置きを絡めて進言します。

こういうブログを書き綴っている人間が言うのも今更ナンセンスですが、アドバイスって、本当に傲慢な行為だと思うのです。多くの場合、「相手は未熟で間違っており、自分は成熟しており正しい」という前提で、アドバイスなるものは発射されますから

でも、年を取るとそうなっていくのかなぁ、とも思います。特に成功を収めた人であればあるほど、自分の選択の正しさを確信しがちですから。ぼくはどれだけ成功しようが、年を取ろうが、求められてもいないのにアドバイスを提供するような人間にはなりたくないなぁ、と戦々恐々としております。年寄る波は恐ろしい。

 

みなさんは「アドバイス」をするときに、傲慢さを感じますか?アドバイスを提供する際に、どのようなことを心がけていますか?ぜひコメント欄やツイッターで教えてください。

 

内容の正しさよりも、まずは関係性

アドバイスの内容が正しければ、それがその受け手に理解してもらえる、だなんてのは立場に甘えた傲慢な態度です。

たとえば、まるで尊敬もしていない上司が、内容的には正しいアドバイスを、部下であるあなたに提供したとします。あなたはそういうアドバイスを素直に聞き入れることは難しく、場合によっては「あいつの言ってることだから、何か裏がある」と邪推し、「間違ったアドバイス」としてそれを受け入れる可能性もあります。

正しいアドバイスが、正しいアドバイスとして届くためには、事前の関係構築が重要になります。この場合、上司が尊敬に値する人間であれば、そのアドバイスは有効に機能するわけです。

自分の立場に甘んじる人、相手のことを考えない人は、この簡単なメカニズムを無視します。もしもアドバイスが聞き入れられないと、「オレの言うことを無視するなんて、どういうつもりだ!」と憤慨します。聞いてほしかったら、尊敬と評価を勝ち取ってから出直してください、というのが本当のところなんですけどねぇ。

 

アドバイスの内容は間違っていてもいい

ここら辺は内田樹先生がたびたび著書で書いていることですが、指導者のアドバイスが、必ずしも正しいものである必要はありません。

ぼくは高校時代、それなりに強い吹奏楽部に所属していたのですが、先生がかなり厳しい方だったんです。あえて厳しい表現を使えば、恐怖政治めいていました笑

振り返ってみると、先生が教えてくれることって、必ずしも正しいわけではなかったんでうしょね。でも、ぼくは当時、こわーい先生の言うことを信じて、ひたすらトレーニングを続けました。

すると、あら不思議、ぼくはその努力の過程で、自ら楽器について学び、考え、いつの間にか楽器が上達していました。アドバイスの「内容」は見当違いだったとしても、「上達」という果実は確かに勝ち取ることができていたのです。さすが千田先生!

 

この場合においては、先生とぼくの間に、一定の関係性が構築されていたから、上達という結果がもたらされたと考えられます。ぼくが先生を微塵も尊敬しておらず、言うことなんて聞いてやるか!と思っていたら、やっぱり部活なんてやめていたのでしょう。

 

というわけで、意外なことに、アドバイスというものはその内容の正しさよりも、相手に「この人の言うことだから、やってみよう」と思わせる、関係性のあり方こそ重要なのです。

繰り返しですが、「内容が正しければ、それが正しいまま伝わる」と考えるのは、指導者の傲慢です。関係性の構築の努力こそ、まず行う必要があります。

 

ついでにメカAGさんへレス

メカAGさんがもはや恒例の曲解をしてくださっておりますね。

ようするに、赤信号を渡ろとしている人間を見ても、本人がアドバイスを求めていないから、無視しろということらしい。

イケダハヤトの赤信号問題 : メカAG

違う違う。アドバイスの受け手に対して「無視しろ」と言っているのではなく、「アドバイスの提供側に対して「関係性について配慮せよ」と言っているのですよ。受け手ではなく、出し手の問題であると。

アドバイスを提供するという行為は本質的に傲慢であるがゆえ、それの提供者は人格者を目指す必要があります。出し手が人格錬磨の努力をせずに、受け手の怠慢を「不快な思いに耐えられないからアドバイスを無視するなんて未熟だ!」批判するのは、順序が「逆」なんです。この場合において、先行して未熟なのは、アドバイスの出し手です。

 

ついでに。

イケダハヤトの論法ってのはいつもこんな感じなんだよね。

  ・赤信号を渡ろうとするイケダハヤト。
  ・「おい、赤信号だから渡っちゃダメだ」と誰かが声をかける。
  ・僕はあなたにアドバイスなんて求めていません。
  ・いきなり信頼関係もない人からのアドバイスなんて受け入れられるはずないですよ。
  ・そもそも強盗に追われていて命の危険があるときなどは、赤信号を無視せざるを得ないこともあるでしょう。
  ・どんな場合でも赤信号を無視しちゃいけないというあなたの考えは傲慢です。

こんな感じ(笑)。やっぱ論法が中学生レベルだと思うけどね。仮に赤信号を無視する正当性を主張するにしても、もう少し工夫しないと。

この種の印象批判については、コメントするのもうんざりしますね。「こんな感じ(笑)」じゃないですよ。

 

まず第一に、何をもって「赤信号か」をどのように判断しているのか。ぼくは自分の渡っている道は、青信号だと「思っている」。あなたは赤信号だと「思っている」。さて、どちらが「正しい」のでしょう。何をもって「危険性」は判断されうるのでしょう。

…そんなものは、主観同士の不毛な戦いに終わります。強いていえば、倫理的に正しい方はどちらか(「悪くない方/善い方はどちらか」)、という基準が有効だとぼくは考えていますけどね。ただし、それすらもすり合わせは困難でしょう。

 

第二に「僕はあなたにアドバイスなんて求めていません」ではなく、「あなたのやり方では、せっかくのアドバイスが受け入れられませんよ(ぼくは寛容なので、一応聞くだけ聞きますが)」ですかね。ぼく個人の「好み」の話ではなく、「アドバイスはいかなるときに有効に機能するか(アドバイスをする人には、どのような態度が求められるか)」という「作法」の話です。

 

 

追記。

ツイッターで上から目線のおっさんに絡まれつづけること、はや3年。僕は「下から目線」の重要性を彼らから学び取りました。

 

人間に対する畏怖を持つ

上から目線の人たちって、要するに自分の方が確実に相手より優れていると信じ込んでいるわけです。相手を未熟だと、劣っている存在だと思っているから、「一言言ってやりたい」だけなのに、さも偉そうに「善意のアドバイス」という立て付けでお説教を垂れるわけです。

 

しかしながら、ある人間が誰かに対して絶対的に優れているということはありえません。例えば外資系金融に勤めるグローバルエリートであっても、マックでバイトをしている高校生に劣る部分が確実にあるはずです。

また、自分よりも若い人たちというのは、若いというだけで「将来的に自分を抜き去る可能性」を必ず秘めています。僕の周りには超優秀な20歳が数名いるんですが、彼らが僕の今の僕の年齢(26歳)になる頃には、今の僕よりもずっと優れた(時代にあった)スキル、人間性、人脈を持った人物になっていることでしょう。

 

「絶対的に優れた人間などいない」「若者は将来、今の自分を容易に超える」というシンプルな事実を理解していれば、上から目線に立つことは自然となくなります。

変な話かもしれませんが、僕は自分より若い人と話していると、彼らがただ若いというそれだけの理由で、畏怖の念を抱きます。未完成であることに羨ましさすら覚えます。何に化けるかわからない、不定形の高エネルギー体のようなイメージです。そんな彼らに対して、バカだとかアホだとか未熟だとか、そういう目線からコミュニケーションを取る気に到底なれません。

 

「上から目線」は複数のコミュニティに所属する社会に耐えられない

少し違う切り口なんですが、関連して面白い話があります。

 

あるNPO団体の活動のなかで、大企業の管理職の方が、高校生たちの前で授業をする機会があったそうです。その方は有名企業の偉い人で、一般的には名刺だけで尊敬されるような立場の人です。

しかし、高校生たちは教室に訪れたそんな偉い人を見て、「誰だこのおっさん?何か偉そうだぞ、うぜー」という態度を瞬時に形成したそうです。どれだけ偉かろうと、彼らにとっては自分の父親や、街行くサラリーマンと対して変わらない存在なんですね。頼んでもないのになんだこのオヤジは、と。

その管理職の方は、そういう高校生を前にし、案の定固まってしまったそうです。会社とは明らかに違う社会に直面し、狼狽してしまったのでしょうね。

 

「上から目線」が機能する空間はとても限定的です。高校生と管理職の事例が教えてくれるように、文脈が少し違うだけで、一気にコミュニケーションのあり方は変わります。

僕はこの話を聞いて、ツイッターで延々と絡んでくる上から目線のおっさんたちのことを思い浮かべました。アカウントのプロフィールを見ると、企業経営者とかに多いんですよね。

彼らは(おそらく)社内と同じ態度をツイッター上でに発揮しているわけですが、僕からしたら「誰だこのおっさん」という感じなわけです。で、僕が彼らを無視したりブロックすると「なんて無礼なんだ!」と怒るわけです。ネタじゃなくてマジでいるんですよ、こういう人たち…どっちが無礼なのやら。

 

上から目線のおっさんたちが匿名アカウントに身を隠すのは、そういう関係性の変化に耐えられないからなのかもしれませんね。会社では黙って言うことを聞いてくれるのに、ツイッターでは「下の奴ら」に無視されるしブロックされる。これが耐えられないから、匿名の仮面をかぶり、これは本当の自分ではないから、と自分に言い訳を与える。自分のかっこ悪さはうっすら自覚しているけれど、楽しいからやめられない。他にやりたいこともない。

どうでしょうか、意外と当たってませんか?>匿名粘着のみなさん

 

複数コミュニティに所属する時代だからこその「下から目線」

おっと、つい毒に逸れてしまいました。

これからの社会は、「家庭」「職場」というコミュニティに自分を集中させるのではなく「家庭」「職場」「趣味のサークル」「NPO」「地域のコミュニティ」などなど、自分を複数のコミュニティに所属させる時代になっていくと思います。mixiのコミュニティに入るような感覚で、人はコミュニティに所属し、気軽に離れていくでしょう。

こういう時代、「上から目線」は残念ながら機能しません。人を見下すのに慣れた人が、ひとたび違うコミュニティに足を踏み入れれば、単なる「偉そうなうざい人」としか見られるのがオチでしょう。そうして彼らはいっそう世の中を見下すことになるのです。上に上に舞い上がり、次第に当事者意識ゼロの「神から目線」を習得するのでしょう。

 

本来、人間は誰しも優れた部分を持っており、それを見いだせるか否かは、コミュニケーションを行う当人の問題です。相手を無条件で劣ったものと見なす「上から目線」ではなく、人間に対して常に畏怖を持つ「下から目線」を持ちつづけたいものです。

 

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