賛否両論?イケダハヤトが物申す

「ぶっ飛んだ人材」の2つのタイプ

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園子温さんの書籍が久々のヒットでした。人材について考えるきっかけとなったので、ご共有です。



タイプ1. 子どもの時から常識はずれ

ぶっ飛んだ人材って、まず「幼少期から常識はずれ」な人がいますよね。園子温さんはまさにこのタイプ。書籍の中で大変笑ったのは、フルチンで学校に行ったというエピソード。

ある日「なんで服を着て学校に行かなきゃいけないんだろう」と思って「実験だ!」とフルチンになって教室に入っていったことがあります。さすがに家から裸だとバレるので、玄関を出たあと途中で脱いで学校に入る。もちろん、ものすごく怒られましたが、「じゃあチンチンだけ出して入ったらどうなるんだろう」と考えて再チャレンジする。そのうち先生といたちごっこになって、最後には「全部隠してこい」と言われるわけだけど、こっちも意地になって授業中だけでも出しておこうとする。

その他「小学校の校内新聞でポルノ小説を連載する」「SEXという単語をクラス中に広める」「校内放送で校長先生の股間を撮り続けた」などなど、ぶっ飛びすぎたエピソードが多数収録されています。

そんなわけで、「ぶっ飛んでいる人材」のひとつ目のタイプは「幼少期からぶっ飛んでいる」というシンプルな話です。こういう人、多分みなさんの周りにもいますよね。生まれもったパーソナリティだと思いますので、いくら羨んでも凡人には真似できないものだと思います。


タイプ2. 「常識の鎖」をひとつひとつ解錠していった

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photo credit: Darwin Bell via photopin cc


もう一つのタイプは、ごく普通の生活環境で育てられ、レールに載った人生を歩んでいたけれど、何かのきっかけで人生を考え直し、ひとつひとつ「常識」を壊していったようなタイプ。

僕はどちらかというとこのタイプで、社会人になるまでは「無難な」人生がいいと思っていましたし、人の心をざわつかせるようなことは、極力避けてきたような人間でした。

が、同世代の起業家の話を聞いたり、様々な本を読む中で、「なんて自分は小さいんだろう!」と日々驚かされ、徐々に行動のハードルが下がっていきました。がんじがらめに「常識」で縛られた自分を、ひとつひとつ解錠していくようなイメージです。

今では、炎上しようがアンチのおっさんに叩かれようが、「かかってこい」という感じです。昔の自分では考えられません。


僕が知る「ぶっ飛んだ人材」は、この2タイプに分かれます。割合はちょうど半々ぐらい。

個人的に共感するのは、自分に近しいタイプ2の方々です。彼らは過去の自分を否定し、脱皮を続けているような人たちなので、話を伺うと苦悩がのぞいて面白いのです。


余談ですが、タイプ2の人が「変わる」きっかけになるのは、ほとんどの場合「環境」や「付き合う仲間」だとも思います。タイプ2の人は得てして周りに合わせるのがうまいので、常識はずれな環境にも、徐々に自分を馴染ませていくことができるでしょう。

僕自身はつい安穏としてしまうので、あえて「常識破りにならざるを得ない環境」に自分を放り込んでいます。「プロブロガー」と自称しているのも、そんな意味合いがあったりします。自分をタグ付けして、行動を規定していくのが、タイプ2の人材の「ぶっ飛び方」になるのでしょう。


常識を捨てて、「非道に生きる」ようになりたいものです。アーティストの生き様からは、多くのことが学べるとも思います。


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