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(本)園子温「非道に生きる」—アーティストの「非道な」生き様を知る一冊

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これはすごい本ですね…!めっちゃ痺れました。創作活動に取り組んでいる方には広くおすすめできる一冊です。読書メモをご共有。


映画監督・園子温の非道な生き様

・もしも映画に文法があるのなら、そんなものぶっ壊してしまえ。もしもまだわずかに「映画的」なるものが自分に潜んでいるとすれば、それもぶっ壊してしまえ。映画がバレエや歌舞伎や能や日本画や、そんな伝統芸能に成り下がったのなら、とっとと捨ててやる。そんな気持ちで映画を撮ってきた。

・「映画の外道、映画の非道を生き抜きたい」という僕の気持ちは、つまるところ自分の人生そのものだ。思えば生まれたときから僕はへそ曲がりであまのじゃくで常に世間にそっぽを向いて歩いてきたし、世間も僕にそっぽを向いてきた。これからもそうだろうし、むしろどんどん嫌われて、「こんなの映画じゃない」と言われる映画を撮り続けたい。

・自分で言うのも変ですが、「俺は園子温だ!!」は画期的な映画です。22歳の僕が力のかぎり叫んでいるだけの30分。ふつうはカメラを持った自分の向こう側、つまり自己の「外」を撮るのが映画ですが、あるときふと、自分自身を撮ることが一番面白いことに気が付いた。

・誰しもメジャーになるまではインディーズなりの闘い方というものがあります。自主映画を作っていた頃の僕にとっては、作品の内容や価値よりも「いかに自分の名前を売り込むか」ということのほうが大切だった。というのも、どれだけすごい映画を撮っても、試写にも来ない、観客は来ない、誰にも知られない、では作っても無駄だからです。だから「こいつは一体何者なんだ?」と思わせる仕掛けをいかに作るかということばかり考えていました。

・映画に関わる人は目に映るものすべてをライバルだと思わないと成長しないように思います。テレビドラマでもAVでもアートでも、今窓の外に見える風景でも、すべて映画と同じレベルに存在している。「映画は映画だ」と、何か独立したものと捉えているようではダメじゃないでしょうか。

・ピカソだって、「絵画的」と言われるのが嫌で、むしろそう言う人からあざ笑われるために次々と絵画を「破壊」してきたんじゃないか、というのが僕の解釈です。だから「これは映画的だ」と褒められるより、「これは映画ではない」と非難され、その「ではない」部分を極北まで突き詰めるのが僕にとっては面白いのです。

・僕が映画を作るとき、「当事者になりきる」ことを大切にしています。例えば「女性目線で映画を撮る」のではなく「女性そのものになりきって作る」こと。そのためには、たくさんの取材を重ねます。本を読んでも実際の経験にはなりえませんから、どしどし取材します。

・映画が独自に持っている機能、もしくは映画に期待されてきた役割はふたつあると思います。ひとつは政治や社会、人生に対する欲求不満を解消すること。(中略)もうひとつは、それとは全く逆に、見たくない暗部を見せることで、人を怒らせ苛立たせたり、感情を逆撫でして緊張感を生み出す、「覚醒させる映画」です。

・繰り返しですが、僕は観客をそれほど意識していないし、むしろ裏切りたいという願望のほうが強い。「園子温ってエログロでしょ?」と言われると嫌になって違う映画を撮りたくなる。でもそういう態度のほうが逆に観客を深いところで裏切らないと思うのです。

・作家が自分の価値観を守り抜くために必要なのは、冗談に聞こえるかもしれませんが、貧乏に負けないことです。自分の身の回りを思い起こしてみても、僕の好きな作家の幾人かは貧乏に耐えきれず、ある種のステータスを求めてどんどん他の業界へ去っていきました。

などなど…気鋭の映画監督の、刺激的な創作哲学に触れることができる一冊です。あいまあいまで挟まる過去のエピソードはリアルに吹き出してしまうほど面白いので、そちらもこの本の楽しい部分です。凄まじいです…。


僕自身も文筆活動をしているので、自分をアーティストだと思っています。僕は常識に縛られて生きてきたので、うまく自分を「解錠」しながら「非道な生き方」をしていきたいと思います。もっともっと嫌われないとだめですね。


アイデアインクから出ている「芸術実行犯」も名著です。この新書シリーズは素晴らしいですね(ブックレビュー)。


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