賛否両論?イケダハヤトが物申す

「つまらない」ものから逃げ出そう

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「裁判ウォッチャー」の阿曽山大噴火さんのツイートが話題になっています。


どうやっても「つまらない」ものもある

阿曽山さんのツイートには基本的に同意するのですが、僕は「どう頑張っても、つまらないものはある」というのも、また一つの真実だと思います。

これは僕はナーバスになりすぎているのですが、阿曽山さんの言葉からは、「新人はつまらない雑用でも楽しんでこなさなくてはだめだ!」式の無駄なマッチョイズムを感じてしまうんですよね。書類整理とか社内便送ったりとか、どう頑張っても「つまらない」でしょう。

映画にしろ、テレビにしろ、ゲームにしろ、森羅万象すべてを楽しめる感性の持ち主は、僕は存在しないと思います。もちろん捉え方次第では、それらは十分に楽しいことになることも知っています。


「つまらない」ものからさっさと逃げる

僕の価値観と経験では、つまらないと感じたものを無理に楽しむよりは、さっさと見切りを付けて次の選択肢を探す方が有益です。

ゲームひとつとっても、つまらないゲームを無理して突き詰めるよりは、「これは自分に合わなかった」と諦めてもっと楽しめるものを探した方が、人生は豊かになるでしょう。これはゲームに限らず、仕事、映画、音楽、なんでも言えると思います。


経験を積めば、面白い事は増えていく

「面白い事に気付けない」という言葉がありますが、つまらないと感じてしまうのは、得てして自分の経験が浅いからです。言い換えれば、経験を積めばつまらないものも面白くなっていくものです。

世の中には「クソゲーマニア」という人種がいますが、彼らは「面白い」ゲームにある意味で飽きを感じて、「クソゲー」というつまらないものに、面白さを見いだそうとしているのでしょう。

僕は映画をかなり鑑賞する方ですが、例えばハリウッド映画のような「面白い」ものを一通り見ると、最初はつまらなかった、芸術性の強いマイナー映画なんかが面白く感じるようになるんですよね。

クラシック音楽も同じで、最初はチャイコフスキーや「展覧会の絵」のような分かりやすい作品にハマるんですが、そのうち室内楽とかオペラとかを聴くようになるものです。


というわけで、僕は「つまらない」ものに出会った時は、明らかに「どう頑張ってもこれはつまらない」と感じるものを除き、基本的に自分の未熟さを嘆くことにしています。

その上で、「まだこいつとは出会うのが早かったかな」と諦め、別の選択肢を模索しはじめます。さっさと見切りを付けていくわけです。楽な方を取っている感じがしますが、結局この方が効率的だと思います。


みなさんは「つまらない」仕事、音楽、ゲーム、テレビ……などなどに対してどのように接していますか?ぜひ皆さんのスタンスを教えてください。


関連本。8月に出た小山薫堂さんの著書。「つまらない」「面白い」を考えるヒントがありそう。


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