賛否両論?イケダハヤトが物申す

インターネット上の「私的制裁」について

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photo credit: lenz art via photo pin cc

いじめ問題が、(特にインターネット上の)「市民による断罪(私的制裁)」という新しい問題を生み出しているように感じます。悶々と考えていることをまとめてみます。

 

市民は制裁者になるべきか?

いじめの加害者に対する怒りは、誰しもが禁じ得ないとは思います。

しかしながら、「私たち市民」が、加害者を私的に制裁・断罪する(今回なら「加害者の実名や住所を暴く」)ことが許されるかどうかは、別の問題です。

常識的に考えれば、法治国家である日本において「私刑」は許されるものではありません。しかしこうした正論を前にしても、市民による「正義」の執行は止まることはないでしょう。

 

無意識的に「私刑」を行う私たち

また、市民社会に生きる上で「断罪」とは無縁であることはできません。僕を含めて、私たちのほとんどは、ある人が「殺人の前科がある」と聞いただけで、その人と距離を置こうとします。それは刑を終えた人間に対する、ある種の「断罪」ともいえるでしょう。

例えば、「前科者」に対して、私たちは無意識的に「私刑」を行っているのです。法律の話は詳しくないのですが、刑罰というものはそうした「私刑」を考慮して軽重が決められているようにも思います。

法的には罪として見なされないこと、例えばマルチ商法、新興宗教、合法ドラッグ、そうしたことに対しても、私たち市民は無意識的に「私刑」を行っています。それによって、社会の秩序や美徳は保たれている側面もあるでしょう。

 

何のための制裁?

そうした私的な制裁がいったい何のために行われているか、という点を考えることは、議論のきっかけを提供してくれるでしょう(「これからの「正義」の話をしよう」では「目的(テロス)に立ち返れ」と書かれていますね)。

新興宗教、マルチ商法、合法ドラッグに対する私的制裁は「社会の秩序を守るため」かもしれません。

では、いじめ加害者に対する私的制裁は、何のために行われているのでしょうか。言い換えれば、「誰のため」に行われているのでしょうか。

 

その答えは制裁者本人によって変わってくるでしょう。「報われない被害者のため」と答える人もいれば、率直に「自分の行きどころのない怒りを消化するため」と答える人もいるはずです。多くの場合、その両方がブレンドされたものかもしれません。

 

本当に「報われない被害者」のことを思うのなら、違ったアプローチもあり得る、ということも重要です。

例えば残虐な少年犯罪に憤った奥野修司氏は「心にナイフをしのばせて」というルポルタージュで、「少年法の問題点」と「被害者救済の必要性」を社会に訴え、変化を起こしました。

奥野氏は「報われない被害者のことを思って」犯人の実名を暴き、断罪することができたかも知れませんが、それは決して行いませんでした。

本当に変化を望むのなら、短期的な「断罪」は何も変えないどころか、かえって悪影響を与える可能性すらあると思います(いじめ問題でいえば「自殺のインセンティブが増えてしまった」という指摘もなされています)。

 

いじめの問題に限らず、インターネットは私的な制裁で溢れています。

元来匿名性を持っていることに加え、ソーシャルメディアによって人々が繋がることができるようになったため、原始的な制裁が容易になったのでしょう。

私的制裁に価値がある場合もあれば、えん罪など、新しい問題を生み出す恐れもあります。僕も明確な答えは出せていませんが、「私的制裁」というテーマについて、考えるべきタイミングなのではないかと思います。

 

個人の自由と社会的責任のグレーゾーン

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「影響力があるんだから発言に責任を持ってください」 | ihayato.news

photo credit: Steve Caplin via photo pin cc

何度かツイートしましたが「ライターなんだから職業倫理として責任を自覚せよ」みたいな精神論には興味がありません(僕だって人並みの責任感はもって情報発信しています。そうじゃなきゃ講談社での100本以上の連載も、4冊の書籍執筆もできません)。

僕が関心があるのは、そういうレベルの話ではなくて、いかなる場合に、自由なネット上の個人という存在が、責任を「追求」されるのか、という点です。

 

例えば、

・僕の「フリーランス最高!僕は独立してよかったです」というツイートをきっかけに、実際にフリーランスになってみたが、仕事がうまく行かなくなってうつ病になってしまった

という場合。これは僕に責任があるのでしょうか?

僕はそうは思いません。多分みなさんもそう思うでしょう。それはなぜでしょうか?

 

また、例えば

・いじめの加害者と同じクラスで、いじめの被害者と親友である人間が、怒りにまかせてネット上で加害者の実名を公開した場合

は発信者に責任は問われるのでしょうか。プライバシー侵害で民事訴訟になる案件、というメッセージを頂きましたが、訴訟の行く末はどうなるのでしょうか。

また、

・いじめの加害者と同じクラスで、いじめの被害者と親友である人間が、怒りにまかせてネット上で加害者の実名と住所を公開した場合

はどうでしょうか?何か、発信者の責任が求められる感じが強くならないでしょうか。それはなぜでしょうか?

 

いじめ加害者の話はやや複雑で、「私的制裁の是非」というテーマとも繋がってくると思います。僕はここにも強い関心があります(が、論じるだけの力を持っていません…)。

デヴィ夫人が加害者とされる人々の実名を公開した時の反応は、一つの参考になるでしょう(ちなみに、関係のない人の写真を載せたとして訴訟沙汰にもなっています)。

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いじめ加害者実名暴露のデヴィ夫人に、85.2%が「支持する」と回答

 

いかなる場合にネット上の個人が責任を「追求」されるのか、というテーマは考える価値、議論する価値があるように、僕には思えます。僕にはこのテーマを深めるだけの知見がありません。法学、政治哲学あたりの文脈では議論されているのでしょうか…どなたか良い文献などあれば、ぜひ教えてください。

 

というわけで、やや例がよくないのですが、思考実験として、

・いじめの加害者と同じクラスで、いじめの被害者と親友である人間が、怒りにまかせてネット上で加害者の実名を公開した場合

に、発信者に責任は発生するのか、どういった条件で責任が発生するのか、そういった問いに対する答えを言語化してみるのは面白いと思います。

 

単純に思いつくところでは、加害者が「実害」を被った瞬間に、責任が発生するような気がします。でも、その先の問い、

・「実害」が発生しなければ何を言ってもいいのか?
・どの程度が「実害」と呼べるのか?

といった問いには、いまいち明瞭な答えが出せません。そもそも問いが間違っているということでしょうか…。

 

というわけで、皆さんの考えをぜひコメント欄にて書き込んでみてください。

 

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