賛否両論?イケダハヤトが物申す

幼稚園・保育園に入園しないという選択。それでも、こどもは社会性を身につけますよ。

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ツイッターにて興味深い質問をいただきました。

 

保育園に入れない、という選択。

というわけで、ぼくの考えを書いてみます。

まず前提として、うちは既存の保育園には……おそらく子どもを入れないと思います。というのも、ぼくらが住んでいる地域の保育園は、ごく普通の保育園なんですよ。田舎町に住んでおりますが、保育園事態は、都会とそう変わらない感じです。

ちょっとつらいのが、子どもを保育園に入れると、基本的に毎日登園させないといけないんですよね。親のエゴですが、嫌じゃないですか、サラリーマンみたいで。

田舎に移住したぼくらは、「家族みんなで働く」ということを模索しています。なので、「親と子どもが別々で暮らし、働く」というのは、なるべくやりたくないんですよねぇ。「駄菓子屋を経営して、その店先で自分の子どもが遊んでいる」みたいなのが理想です。

ここら辺の価値観については、本にも書いてますのでぜひ。

 

とはいえ保育園的なものを全否定しているわけでもないので、いっそ自分たちで保育園を作ってしまう、というのも選択肢として考えています。いわゆる自主保育になるんでしょうかね?

「森のようちえん」「サドベリースクール」とか素敵なので、嶺北地域でもできたらいいなぁ、と個人的に思っております。ないものねだりをしてもしょうがない、欲しいものは自分で作ってしまえばいいのです。

 

社会性もコミュニケーション能力も身につく。

前置きが長くなりましたが、ご質問にある「小学校の集団生活に苦労するのでは」という話ですが、ぼくはまったくその種の懸念を抱いていません。

より正確にいえば、別に苦労してもいいとも思います。ぼくも集団生活いまだに苦手ですからね!いろいろな生き方ができる時代ですから、集団生活が向いていないと思うのなら、自分で自分の道を切り拓けばいいだけです。

 

そもそも学校に通わせる意味もよくわからないですよね。通いたければ通えばいいし、嫌なら適当に楽しく家で遊んでいればいいでしょう。

こういう風に考えることができるのは、割りとぼくらがオープンに過ごしているからだとも思います。

うちにはいろいろな大人、こどもが遊びに来ます。奇跡的なことに、限界集落にもかかわらず近所に小さな子どももいます。

実際、保育園に通っていないうちの娘ですが、友だちはたくさんいるんですよ。ぼくより多いですよ、マジで。すげぇ。

 

「コミュニケーション能力を磨く」というだけなら、集団生活をさせる必要なんてないんです。

あえて穿った言い方をすれば、下手に集団生活をさせると、むしろコミュニケーション能力は落ちます

「時間通りに生きるようになってほしい」「嫌なことを我慢して続けられるようになってほしい」「空気を読めるようになってほしい」……というわけじゃないですからねぇ。

 

うちの娘はそろそろ4歳ですが、ぼくもびっくりするくらいに賢く育っています。

保育園に入れたいなら入れればいいし、入れる必要がないなら入れなければいい。その上の小中高も同じですね。教育の選択肢は無限に広がっているので、自分にあったスタイルを淡々と選択し続けていけばいいと思っている派です。

 

ただまぁ、都会では現実問題、なかなか難しいと思います。ぼくらは田舎で家族経営しているので、こういう余裕があるのでしょう。というわけで、田舎に移住しましょうw

関連記事:「地方移住」して丸2年。メリットとデメリットを語ろう。 : まだ東京で消耗してるの?

 

大切なことなのに、意外と知らない「幼児教育」の多様な選択肢

みなさん、「シュタイナー教育」「サドベリー教育」「モンテッソーリ教育」「自主保育」といった言葉、知っていますか?

あまり語られることがないテーマですが、これらはいわゆる「幼児教育」の選択肢です。特に小さなお子さんがいる方は、その内容、存在を知っておいて損はないキーワードです。

…といいつつ、ぼくもなかなか、これらの幼児教育の世界に触れる機会はありませんでした。そんな折、NPO団体「オトナノセナカ」が「素敵な幼児共育コレクション」を開催していたので参加してきました。当日紹介されていた「幼児教育」の選択肢について、その内容を簡単にですがご共有いたします。

 

サドベリー教育

最初に紹介するのは「サドベリー教育」。東京サドベリースクールの加藤さんが登壇し、お話しくださいました。

サドベリー教育はボストンで始まり、すでに45年の歴史を持つ教育法。日本には8校のサドベリースクールがあるそうです。東京サドベリースクールの教育方法はなんとも特徴的で、

1. カリキュラムやテストがない(!)
2. 子どもは自分が好きなことを学ぶ
3. 大人と同様の対等な一票の権利を持っている。学校運営は子どもたちと一緒に行う
4. 話し合いで決める
5. 異年齢とともにすごす

とのこと。なんといっても驚くのは、カリキュラム、テストがないというあたりですね。日本の一般的教育とはかけ離れたやり方、と言っても過言ではないでしょう。

生徒たちのエピソードをいくつか共有していただきましたが、自分で脚本・撮影を行い、初めて触る動画編集ソフトで映画をつくった小学生の男の子、料理が大好きで学校内でお弁当の販売やレストランを開設した高校生の女の子など、「好奇心の向くまま、自然に学んでいくこと」の力を感じさせました。確かに、本来学びというのはそういうものですし、この記事を読んでいるみなさまも、好奇心の向くまま、誰から言われるまでもなく学んでいるといえるでしょう。

「子どもは自分が好きなことを学ぶ」とありますが、ゲームが好きな子はゲームをやっていてもいい、というから、これも常識に反していて驚きます。以下、東京サドベリースクールのQ&Aコーナーより。

Q.子どもがゲームばっかりやっているのでしたら、その間スタッフは何をしているのですか?

A.スタッフからゲームに対して「止めなさい」と注意を促したり、「他の活動もしてみたら?」と誘導することは行いません。ゲームばかりを毎日やっていると聞くと、親としては「そんなことをさせるために学校に通わせているのではないし、学費を払っているのではない」という気持ちになるかもしれません。しかし、全ての活動は永遠に続くことはありません。飽きるまで行えば生徒は満足して次の活動へ興味が移っていきます。逆に取り上げてしまうと、ゲームに対しての執着が生まれ、隠れてでもやろうとします。
(中略)全ての活動は等しく同じ価値があるというのが、サドベリースクールの考え方です。

よくあるご質問 | 一般財団法人 東京サドベリースクール

サドベリースクールでは「お互いが違う存在であること」を当たり前だと考え、その「私は人と違うこと」を、「安心」のよりどころのひとつにしている、という話も大変印象的でした。普通に日本社会を生きていると「私は人と違う」という状況は、ストレスフルで、「問題」とすら捉えられがちです。

かくいうぼくも、性格的に変物であるため、学生生活、会社員生活では苦痛を感じました。なんでみんな、文句も言わず、毎日満員電車に乗れるんだ?と疑問に思い、みんなと同じようにできない自分を「未熟」「おかしい」だと考えていました。

お話を聞くかぎり、サドベリー教育においては、ぼくのような変物も「あぁ、自分は他人と違って『当たり前』なんだ」という当たり前の納得感を、子どもたちが得られるよう工夫しているようでした。日本的な公教育に絶望感を抱いている人は、ぜひ選択肢のひとつに入れてみるとよいでしょう。

 

シュタイナー教育

続いて紹介するのは、シュタイナー教育。ヴァルドルフの森キンダーガルテンなのはな園の松浦さんがお話くださいました。「シュタイナー教育は」、20世紀の初頭に活躍した思想家のルドルフ・シュタイナーの思想を取り入れた教育方法を指します。

特徴と考え方をAllAboutの解説より引用します。

●子どもは周囲の大人を模倣して育つ

幼児期の子どもは、目の前で起こっていることをすべて受け入れ、模倣し、吸収していく。大人は、常に子どもに見られているという意識を持って、生活しなければならない。

●静かで安心できる環境が子どもの心を育てる

・大きな音を立てたり、大声で叫んだりすると、子どもは興奮し、心が安らがない。子どもが安心できるよう、静かな環境を作る。

・シュタイナーの園では、子どもが安心する淡いピンク色のカーテンなど、ピンクを基調とし、先生も、ピンク色のエプロンやスカートを身につけているところが多い。

・木製の積み木やシルク、綿などで作られたお人形など、自然素材のおもちゃを与える。

●規則正しい生活のリズム

1年、1ヶ月、1週間、1日の生活のリズムが子どもの成長に大きく影響する。毎日の生活のリズムを繰り返す中で、子どもの心は安定し、集中力が高まり、落ち着いて集団行動ができるようになる。

シュタイナーの具体的教育法 [早期教育・幼児教育] All About

教育の中身としては、特に芸術的な活動に多くの時間が注がれ、フォルメンという図形描写、美しいにじみを用いた水彩画、オイリュトミーという身体表現などが、一般的に実践されています。

小学校以降に関しては、「国語を4週間やっている間は、算数は全くやらず、国語のエポックが終わったら、次は算数を4週間やり、その間国語はやらない」という「エポック授業」というスタイルが取られます。

 

10分程度と短い説明だったのですが、そのなかで特に印象的だったのは次の言葉。

私たちの園では『呼吸』を大切にしている。大きく吐いて、内側に吸い込む。これは生活の基本です。子どもたちは家や園の外に出て、思いっきり遊ぶ。そして、おもちゃを元の位置に戻し、安心できる場所に帰っていきます。

そして、内側に戻るためには『静けさ』が必要です。この静けさは「静かにしなさい!」と言って得られるものではありません。教師が、親が、場をつくってあげることが大切です。

人間の身体性や時間感覚に着目した、ある意味で東洋的な教育方法であることを感じさせます。「なのはな園」では、繊細な羊毛を使って手仕事をする時間を設けるなど、人間の創造性を刺激することにも力を入れているとのことです。

かくいうぼくもシュタイナー教育には関心があり、日本で唯一、小学校から高校までシュタイナー教育を受けつづけることができる、藤野のシュタイナー学園を一度見学に行く予定です。

 

自主保育

最後に紹介するのは「自主保育」。特定の保育園や幼稚園に通わせるのではなく、地域コミュニティの人々が集まり、自主的に保育を行うというアプローチです。

お話をいただいたのは「原宿 おひさまの会」のお母さん。「母親と子どもの密室育児」に問題意識をもった住民が40年前に始めた、歴史ある活動です。

自主保育は特定の決まったスタイルがあるわけではないですが、おひさまの会は「都内の大きな自然公園に集合し、みんなで自然の中で遊ぶ」というやり方で運営しています。資格をもった先生が常駐しているわけでもないので、保育担当は親が持ち回りで行っています。

保育の内容なども親たちが話し合って、自主的に決めています。そうなると、自然と他の家庭との結びつきも強くなるので、おひさまの会では「子ども同士がケンカをしていても、親同士が信頼関係にあるので、落ち着いて子どものケンカを見ていられる」そうです。これは一般的な保育園・幼稚園では考えられないことでしょうね。

 

まだまだある、教育の選択肢

その他にも「モンテッソーリ教育」、「東京コミュニティスクール」のような全日制の無認可校、学校に通学しない「ホームスクーリング」などが、教育の選択肢として用意されています。最近だと、あえて中華学校に子どもを入れる親も増えているとか。

こうしたオルタナティブな教育方法は魅力的である一方、実践している組織はまだ少なく、地理的な制約がどうしても発生してしまいます。人によっては、子どもにこれらの教育を受けさせたいがたまに引っ越した、という方もいるそうです。

また、一概には言えないのですが、公立の保育園・幼稚園・学校に比べると授業料が高くなる傾向もあります。子どもが2人、3人になってくると、教育コストの負担が大きくなりそうです。

 

数十年単位で比較すると、教育の選択肢は確実に多様化しています。いま、お子さんがいる方は「公立にするか、私立にするか…」という観点だけではなく、ここで紹介したような教育法に関しても、ぜひチェックしてみてください。

NPO団体「オトナノセナカ」は、こういった子どもの教育について扱ったイベント、ワークショップを定期的に開催しています。子どもの教育に関心がある方は、こちらもあわせてぜひ。

 

このテーマに関しては、以下の書籍も参考になるはずです。

ご案内。

イケダハヤトって誰?

30歳になってわかったこと

月額4,980円のメディア研究所

2,980円の「ブログ運営の教科書」

 

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今日も元気にツイート中。


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