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「日雇い労働の街」から「高齢者福祉の街」へ:東京「山谷」地域で見た、日本社会の未来

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こちらはビッグイシュー・オンラインにも転載した内容なのですが、ぜひとも多くの方に読んでもらいたいので転載します。

先日、「山友会」の油井和徳さんにご案内いただき、山谷地域をご案内いただきました。

山谷(さんや)とは?

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「山谷」。耳慣れない地域名だと思います。現在は台東区に位置する、戦後、日雇い労働をする人々が全国から集まって暮らしていたエリアです。非常に安価に宿泊できる「ドヤ」と呼ばれる宿泊施設が点在するため、「ドヤ街」と呼ばれることもあります。

戦前より既に多くの貧困層や労働者が居住していたが戦後になると東京都によって被災者のための仮の宿泊施設(テント村)が用意され、これらが本建築の簡易宿泊施設へと変わっていった。まもなく高度経済成長期が到来すると労働需要の高まりに対応し、日本有数の寄せ場として発展した。1961年には簡易旅館約300軒が建ち並び、労働者約2万人が集まる居住地となった。

山谷 (東京都) – Wikipedia

後述するように、現在は日雇い労働で生計を立てている人は少なくなり、困難を抱えた高齢者の方々が目立つ地域となっています。ここからは写真付きで、街の雰囲気をごらんください。

山谷を練り歩く

最寄り駅は南千住。山谷と呼ばれるエリアは、ここから徒歩で10分ほどの位置にあります。

まず目に入ってくるのは、巨大なお地蔵様。「首切り地蔵」というおどろおどろしい名前が付いています。かつてこの地域に、処刑場があったことに由来しています。

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橋本左内、吉田松陰といった幕末に活躍した人物も、この地域に眠っています。

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もともとこの地域は、日光街道から江戸に入るための最初の宿場でした。数多くの出会いと別れを感じさせる「泪橋(なみだばし)」という地名も残っています。

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泪橋から少し歩くと、格安の宿泊施設が目に入るようになります。

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現在の相場は2,000円前後といったところのようです。

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客層は少しずつ変化しており、海外のバックパッカーや、地方から上京した就活生、出張中のビジネスパーソンの利用も増えているそうです。こちらは比較的新しい格安宿泊施設です。

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「山谷」については物騒なイメージが紐付いているかもしれませんが、街の雰囲気は穏やか。下町・台東区らしい古い家は多いものの、高級そうな一戸建てやマンション・アパートも数多く見受けられます。

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そんななかで「山谷らしさ」を感じさせるのが、こちらの建物。労働運動系の団体のビルで、衣類分配や炊き出しなどの案内が掲載されています。

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平日の昼間に訪れた街の商店街は、いわゆる「シャッター街」の雰囲気が色濃かったです。

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そんななかでも、昔から営業している店舗の一部は営業を続けていらっしゃいます。レトロな雰囲気が魅力的ですね。

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油井さんに連れられ散策を続けていると、街中に突然ベンチが現れました。

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そう、ここが油井さんが働く「山友会」の事務所です。前のベンチはコミュニティスペースとなっており、昼間になるとたくさんの人が集まってきます。

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診察費無料の診療所

事務所のなかに入って驚いたのは、なんと「無料の診療所」があるんです。山谷に暮らしている方、山谷にたどり着いた方は、なんらかの病を抱えていることもあります。そういった方々のために、志のある医療従事者の方々が無償で医療を提供しています。

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もちろん、診療所としての公的な許可も得ています。

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機材の寄付も集まっており、たとえばこちらのAEDも寄付でいただいたものだそうです。こんな空間が都内にあるんですねぇ…。

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コミュニティスペース、食堂も

こちらは最近新設したという屋内のコミュニティスペース。山友会のサポートを受けている方々もスペース運営に関わっており、コミュニティにおける「役割づくり」にも寄与しています。

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こちらは食堂。多くのボランティアスタッフが関わっていらっしゃいます。

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山友会の活動について伺った

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事務所のスペースにて、本日街をご案内してくださった油井さんから、山友会の活動について伺いました。

山友会は1984年に、無料診療所の運営をメインに活動をスタートしていた歴史ある団体です。代表はカナダ人のルボ・ジャンさん。もともとはカトリックの宣教師として来日したという背景があります。朝日新聞にも記事があるので、よろしければこちらも合わせてぜひ。

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現在の活動は「無料診療事業」「生活相談事業(医療、福祉、年金、債務など、生活困窮状態にある人の相談に乗る)」「配食事業(いわゆる炊き出し)」「宿泊支援事業(緊急一時宿泊、ケア付き宿泊施設の運営)」の4つ。

事業に関する資料をいただいたので転載させていただきます。精神科から内科、皮膚科、鍼灸など幅広い診察が実施されているのが印象的です。

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ともすると「甘やかしだ」という無理解な批判を受けがちな「炊き出し」。多くのホームレス支援団体と同様に、山友会は路上生活を送る人々との接点、信頼関係を得るために炊き出しを行っています。年間実施回数は約90回、総配食数24,000以上とのことです。

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彼らは地域生活が困難な高齢の単身男性を対象に、ケア付き住宅施設「山友荘」も提供しています。利用料は月に139,000円。これは生活保護費から支払う流れとなっています。食事付き・全室個室はもちろんのこと、24時間の見守り、生活サポートなども提供されています。

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「山友荘」は、周辺地域にある医療機関や介護事業所と連携しながら運営されています。2008年には「『山谷』地域ケア連携をすすめる会」が立ち上がり、全国的にもいち早く「地域ケア連携」がスタートしています。

「命を守る」から「居場所・生きがいを作る」へ

油井さんの話のなかで印象的だったのは、山谷支援のあり方のフェーズが変わっている、というお話。

彼らが支援を始めた30年前を振り返ると、かつては暴動が起きること、凍死者が出ることもありました。困窮している方々を支援する上では、何よりもまず「命を守る」という使命が最優先でした。

それから長い時間が流れ、今では地域の人々や社会保障制度の助けによって「命はなんとか守られる」というフェーズにまでは進むことができました。

しかし、人間というのは、命があれば十分であるわけではありません。油井さんは、あのマザー・テレサが山谷地域を訪れたときに残した言葉を紹介してくださいました。

この世で最も貧しいことは、飢えて食べられないことではなく、社会から捨てられ、自分なんてこの世に生まれてくる必要がない人間であると思うことです。

その孤独感こそが、最大の貧困なのです。

日本にもたくさんの貧しい人たちがいます。

それは、自分なんて必要とされていないと思っている人たちのことです。

「命」が守られることは最低限。本当の意味で貧困から脱出するためには、「居場所・いきがい」も必要だということです。

山友会も、サポートのあり方を一歩前に進める数々の取り組みを行っています。そのひとつが、2015年1月現在、クラウドファンディングで資金を集めている「ホームレスの人を対象にしたお墓」をつくる取り組み

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事務所には、かつて山友会のコミュニティとつながりがあった方々の遺影が数多く飾られていました。亡くなったあとも、こうして居場所を用意しているわけです。

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しかしながら、ここで亡くなった方の多くは「無縁仏」として合祀されてしまっている現状があります。そこで山友会は、生前親しかった仲間とのつながりを感じていられるう、“山友会”というコミュニティによって維持されるというタイプのお墓を作ることを始めました。

この取り組みによって、家族との縁が途絶え、無縁仏となってしまうホームレスの方々が、無縁仏とならずにすみ、お亡くなりになった後も生前親しかった仲間とのつながりを感じていられることができると思います。

そして、何より無縁状態にあるホームレスの人々にも、人としての尊厳を保ちながら旅立つことができるという希望を届けたいと思っています。

無縁仏となってしまうホームレスの人々が入れるお墓を建てたい!(油井 和徳(NPO山友会)) – READYFOR?

居場所を作るという意味において、「お墓」というのは究極的なものです。「自分が生きている間はもちろん、死んだあとにも居場所があるんだ」という認識は、その人が今を人間らしく生きる上で重要な礎になると言えるでしょう。

「日雇い労働の街」から「高齢者福祉の街」へ

油井さんは「ホームレス支援はある意味『究極の課題』です。最も社会やコミュニティから排除されてしまっている…とも言えるホームレスの方々を包摂できる社会というのは、ホームレスに限らず、困難を抱えた多くの人を支えることができると考えています」とも語っていました。

民間で無料の診療所を作るところから始まり、炊き出しを通して困窮者とつながり、彼らを福祉につなぎ、安心して住める場所と、コミュニティと役割を与える。30年という時間をかけて、「山友会」はここまで進んできています。彼らが身をもって証明しているとおり、社会から孤立し、困窮した人を救うことは十分に可能なのです。

社会保障費が膨れ上がるなかで、これから日本は、困窮した高齢者を支えることがますます困難になっていくでしょう。山谷で行われている困窮者支援・高齢者福祉のあり方は、日本社会が歩むべき道を提示してくれているように感じます。

[ビッグイシュー・オンラインより]

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