おすすめ本・セール情報

江戸時代の日本人は時間にルーズだった、という意外な話

スポンサーリンク

へー、と思ったお話。

 

江戸の人々は時間にルーズだった

先日も紹介した「江戸しぐさの正体」のなかに書いてあったお話。嘘だらけの「江戸しぐさ」、そのなかに「時泥棒」という考え方があるそうです。その名の通り、他人の時間を奪うことを許さない文化で、遅刻すると10両(窃盗した場合、死罪にも値する金額)の罪と言われたそうな…。

昔、江戸では

「時泥棒は10両の罪」といった。

10両は今のお金で100万円ぐらいに当たる。

10両を盗むと死刑になった。

時泥棒はそれほどの重罪と認識されていた。

なぜ、江戸の人は時間を大切にしたか。

日頃、できることから地道に積み上げなければ

相手に迷惑をかけるし、

やがて自分も信用を失うことを実感していた。

定刻より5分前を合言葉にしたい。

江戸しぐさ | 読み物・コラム | 時泥棒

で、これは嘘なんですって。今でこそ時間に正確という評価の高い日本人ですが、江戸時代にはむしろルーズだったそうな。こちらは19世紀日本で操船術を教えたウィレム・カッテンディーケの言葉。

日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ。我々はまた余り日本人の約束に信用が置けないことを教えられた。

或る時、勝麟太郎が、新造カッターを暗礁に乗り上げてしまったので、導線の艫に一大修理を施す必要が起こった。いろいろ苦心の結果、我々はやっと船の修理を行うに適した場所を発見したので、次の満潮時に修理台に引き揚げるつもりで材木を注文し、そうして非常な苦心の後、漸くその船を修理台に引き揚げようとする段になって、材木がまだ届いていないという始末で、また次の満潮時まで待たなければならなかった。万事がすべてこの通りだ。

19世紀でこれなわけですから、江戸時代もやっぱりルーズだと思われます。というかそもそも当時は正確な時計というものが一般に存在しなく、「5分前行動」という概念自体が成り立たなかっただろうと著者は指摘しています。

そもそも、一般の武士や商人は大名時計と同じ精度の時計を持っていないし、大名時計を見ながら仕事をするわけではない。

正確な時計が実用性を持つのは、持ち主だけでなく他の人も同じ時刻制度に従って行動するという前提があればこそである。そして、現実の江戸にはそのようなものはなかった。

また西洋に関しても「労働における時間規律が重視されるようになったのは18世紀以降」とのこと。日本に時間規律が生まれのは、鉄道・工場・学校・軍隊といった西洋から来た仕組みを導入した結果なんだそうです(橋本毅彦・栗山茂久「遅刻の誕生」)。へー。こういう規律意識って、実は非常に新しいものなんですね。

 

高知に来てから時間にルーズになりました

時間感覚って、環境によって明らかに影響を受けるんだなぁ、と移住してから如実に感じています。まだ3ヶ月程度ですが、確実にぼくは、時間にルーズになりました。やったね!

高知の時間ってやっぱりゆっくりで、たとえば会議とかもけっこう長いんですよ。楽しいので割とだらだらと2時間くらい話し合っちゃう感じ。東京だと次の予定が詰まっているのでなかなかそうもいかないんですけど、予定が詰まってないのでおしりがルーズ。

というわけで、こちらに来てから、開始時間は割としっかり守るんですが、おしりの時間がルーズになりました。そのうち、開始時間に対してもルーズになる気がしています。まぁ、それはそれでいいことかなぁ、と。「時泥棒は10両の罪」なんて息苦しすぎますよ。1時間くらい遅れてもいいんじゃないかな。

 

これから求められるのは、いかにして時間感覚をルーズにしていくか、だと思っています。理想的には、ぼくは時計を一切排除して生活したいと考えています。パソコンとかスマホ触ると時計が見えちゃうので、なんとかしてこれを非表示にできないか、一時期本気で考えていました。

お腹がすいたらごはんを食べて、眠くなったら寝て、話足りなければ飽きるまで話して、曜日も時間も忘れて自然に暮らすというのは、本当に豊かなことだと思うんです。高知に来てだいぶルーズになれたのは収穫だなぁ、とひとり喜びをかみしめています。まぁ、それでもまだまだカツカツして生きてるんですけどね。

 

「今が辛い」人は、時間感覚を引き延ばそう

書籍「はじめたばかりの浄土真宗」にいい指摘があったのでご共有。このシリーズ、名著です。Kindleでも読めるので「いきなりはじめる仏教入門」と合わせてぜひ。

釈:人間は、内蔵されている時間意識が長いと、ちょっとした凸凹があんまり気にならなくなる。逆に、短い人はニキビみたいなものでもイライラして辛抱できない。機嫌よく暮らすためには、内蔵されている時間を伸ばしていかないとだめです。前に内田先生がご指摘なさったように、今の社会は時間意識を短くする装置ばかりがどんどん発達して、長くする文化装置は無くなってきている。

内田:効率ばかりを優先する社会ですからね。効率って、要するに単位時間あたりの仕事量だから、かける時間は短ければ短いほどいい、ということになる。

釈:社会がイライラする原因の一端はここにある気がします。

内田;今後はもう「スピード感」や「まったなし」とかいうような言葉は死語にしない?

この話、ブロガーとしては大変よくわかります。何を隠そう、ぼくはしょっちゅう「ヤバい、最近ヒット記事が出ていない…」という焦りに駆られていたからです。

現に、ここ1ヶ月はいまいちヒット記事に恵まれておらず、PVが停滞しています。あー、ヤバいぞ、一発そろそろホームランを打たないと…。え、炎上マーケティングに手を出すしかないのか…?

スクリーンショット 2013 09 03 17 43 40

…という焦りを人は感じてしまうものですが、では果たして、そういう焦りが自分にとってプラスの影響を与えるかというと、やっぱりそうではないとぼくは感じています。「ヤバい、何かやらなきゃ…」と思い、焦って何か新しいことをやり始めると、経験上、だいたい失敗します。さすがに4年間もやっているので、もういい加減に学びました。

そんなわけで最近は考え方を変えて、「ま、そのうちホームラン記事も出るだろうし、今まで通り淡々とやっていくしかありませんな」と自分に言い聞かせ、納得するようにしています。

実際、ブログのヒットを自分の力でコントロールするのは無理なんです。これはぼくの実力不足も一因ですが、コントロールできない外部要因も、強い影響を与えるのです。平常心を保ちながら運用しつづけていくと、忘れた頃にヒットする、というのがぼくの経験してきたブログ運営の実相です。

時間感覚を長く取るようにしたら、それだけで気が楽になり、変に焦ることはなくなりました。すぐにお金にはならない長期的な活動にもじっくり時間を割けるので、こういう態度のほうが、結局は「効率的」になるのでしょう。

 

時間感覚を伸ばすためには、「自分では何もコントロールできないから、時勢に流されて、できることをやっていくしかない」という健全な諦めを抱くことでしょう。

紹介している本の主旨に沿うのなら、「これまで培ってきたものが一瞬で壊されるのは当然のことだ。諸行無常だ」「感情に支配されるのは愚かなことである」という仏教的な考えを導入することも、助けになると思われます。

釈:仏教って、もともととてもクールな宗教です。ヒューマニズムなんか消し飛んでしまうくらいクール。喜びにも悲しみにも支配されるな、そこにこそ安住がある、と教えるわけですから。植物のように生きろと言っている気がする時があるくらい。かなり非近代自我的。

植物のように生きろ、というのは言いえて妙ですね。ブロガーも、まさに植物に似ていると思います。Googleというお天道様のご機嫌次第では、サイト価値が一瞬に下落するという意味で…。でも、ここでぼくらは頑張りつづけるのです。

 

というわけで、本書は資本主義的な文化のなかで忘れてしまいがちな、宗教性に基づく精神に立ち帰らせてくれる、良質なライフハック本です。…と、ライフハックという言葉で理解しちゃうあたりも、短期的でよくないんでしょうねぇ。まぁ、とにかく良い本です。

話はそれましたが、こちら大変良い本でした。星海社新書攻めますね!エキサイティングな一冊なので本好きの方もそうでない方もぜひ。

お知らせコーナー

新世代努力論」好評発売中!

イケダハヤトってそもそも誰?何者?

2,000DL!「仏教は宗教ではない

祝3刷!「武器としての書く技術

 

東京から高知県に移住したよ!

イケダハヤトは高知県に移住します。

イケダハヤトが高知県に移住した10の理由

「#移住日記」始めました。

質問募集中!メルマガで答えます。

今日も元気にツイート中


 

スポンサーリンク