才能と努力について、考えています。
上位1%までは努力で食い込める
いきなり感覚的な話ですが、上位1%まで食い込むためには、努力だけでなんとかなります。
ひたすら時間を掛けて、試行錯誤をすれば、どんな分野でも、上位1%はいけます。
才能があるかないかは、ほとんど関係ありません。極論、それが向いていなくても、上位1%くらいならなんとでも到達できます。
たとえばブログの世界でも、上位1%に食い込むのは、そう難しくありません。あなたが本気でブログ運営を学び、努力をつづければ、100人に1人の逸材くらいにはなれます。簡単簡単。
サラリーマンとして働く場合、年収でいえば、年収1,000〜1,500万円くらいなら、努力で稼げるんじゃないでしょうかね。その程度の人なら、実際ごろごろいるわけですし。
上位1%以上からは、才能の世界。
が、そこから先、0.1%、0.01%まで食い込もうとしたら、「才能」が関わってきます。
たとえばぼくは、個人ブロガーとしておそらく上位0.01%くらいに食い込んでいる人材です。ブログメディア運営者として比肩するのは、はあちゅう、Umekiさんくらいでしょう。
このレベルにまでなると、「才能」が問題になってきます。あなたがどれだけ努力をしても、ぼくらと同じ高みにまでたどり着けるかはわかりません。
あなたがブロガーとして、サラリーマンとして、0.1%、0.01%になりたいと思ったら、才能に従う必要があるんです。
才能とは何か?
議論が前後しますが、そもそも才能とは何なのでしょうか。
ぼくは「生まれながれにして持っている、身体的、性格的な特質」だと考えています。脳の作りとか、体格とか、内臓の性質とか、そういう自分の努力では関与しようがないレベルの話です。
たとえばぼくの脳みそは、どうやら「聴覚優位」の構造を持って生まれついています。
ルイス・キャロルは聴覚優位だったそうで、聴覚優位の人間は、文章を書く能力を究める傾向があるようです。これは努力で変えられるものというよりは、脳の構造にまつわる生得的な性質だと考えられています。
視覚優位とは反対に、聴覚優位の人は、空間認知が苦手ですが、踏襲性を必要とする学習や語学などは、聴覚からの記憶のよさが手伝いたいへん優れています。
(中略)聴覚優位の人は、聴覚や言語からの情報をもとに、いっぺんにではなく時間を追い、順番に段階を追って理解することが得意で、言語的な手がかりを用います。部分から全体に理解を進める「経時処理」を得意とします。よって、論理的な思考と言えるでしょう。
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ぼくが勝手に編み出した面白い実験があって、「風鈴を思い浮かべてください」と聞いたとき、聴覚優位と視覚優位では、どうも想像されるものが違うようなのです。
関連記事:「才能」とは何なのか。それは「認知特性」です。さぁ、「風鈴」を想像してみてください
みなさんも騙されたと思ってやってみてください。いいですか。はい、風鈴を思い浮かべてください!
ぼくの調べによりますと、聴覚優位が強い人は、この質問に対して「風鈴の音」を思い浮かべます。
ぼくはかなりリアルに「チリーン」という音と、「しーわしーわ」というセミの声が再生されます。
が、風鈴の映像は超適当で、そもそも頑張らないと想像できません。想像できるのが「音だけ」なんです。
で、妻はぼくとは全然違いまして、逆に音は再生されず「風鈴のリアルな映像」が思い浮かぶそうです。
すんごいリアルに、絵はがきのような風景が思う浮かぶとか。風鈴の模様まで見えるというから驚き。ぼくはそもそも画像すら映っていないというのに…。でも、彼女はリアルな音は再生されないそうです。
ほかにも、ぼくは寝るとき、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」を頭のなかで再生することができます。再生には特段の労力が掛かるわけではなく、勝手に流れつづけていきます。ちゃんと和音とか音色も再生されます。で、いつのまにか寝てしまっています。頭のなかにテープレコーダーがある感じ。
うちの妻にその話をしたら、「え!すごい!」と驚かれて、こっちが驚きました。彼女は「頑張らないとメロディが再生されない、楽譜なら思い浮かぶけど」と話していました。頑張れば再生できるけど、ピアノではなく自分の声になってしまうそうで。彼女はずっと音楽をやってきた人間ですから、これは音楽経験によって培われる差異でもないわけですね。
そんな彼女は、寝るときに「明日の朝ごはん」を想像するのが大好きです。ぼくはこれ、すごい頑張らないと想像できないので、大変辛いんですよね。疲れきった頭で朝ごはんを思い描くとか、拷問のようです。
就寝時、「ねー、明日の朝ごはん何にする?」とワクワクした顔で聞かれると「うわー、やめてくれ!もう頭を使いたくない!」と拒絶したくなります。
才能は変えられない。
……というわけで、こういうのが「才能」のレベルの話だと思うんです。もはや生得的な話で、変えようと思っても変えられません。
ぼくが文章を書くのが好きなのは、どうやらこの脳の構造に原因があるわけです。
口述筆記や書き起こしの仕事していると、失礼ながら、ほかの人のレベルの低さに驚くことがあります。ブログを書くのもみなさん遅すぎて驚きます。
「なんでみんなこんな簡単なことができないんだろう?」と。でも、それはぼくの脳みそが特殊なんですね。
もっと身近なところでは「体格」なんてのも「才能」のひとつだと思います。
これもまた、どうしたって変えられないものですよね。
体格と同じように、実は自分の脳みそには、変えられない特性があるのです。
身体の声を聞け。
才能はどうあっても変わらないものです。
だとしたら、持って生まれた才能の声に従って、やるべきことを決めていくことが重要になります。
ぼくの場合は、たまたま脳の構造上、書くことを好きになりやすい人間として生まれたようです。完全に無意識でしたが、ぼくはその声に従うようにして、今の仕事にたどり着いています。直観に従った結果、この仕事に落ち着きました。
ぼくらの身体と脳みそは、自分がどのような存在であるべきかを、すでに知っているということです。
だから、あんまり迷う必要はないんです。自分の身体の声を信じて、気持ちがいいこと、苦労なく成果が出せることに力を注ぎましょう。そのうちに、自然と自分の才能が発揮できる仕事に落ち着きますよ。
逆に、どうしたって困難が伴うようなことについては、あなたの才能が拒否している可能性を疑うべきです。
ぼくの場合は「会社勤め」ですかね……こればっかりは、頑張っても無理です。死んじゃいます。
もちろん頑張ればサラリーマンとして1%には食い込めるとは思いますが、そこで頑張るならほかのことで頑張ります。1%なんて、大したポジションじゃないですからね。
関連本&関連記事。
中盤でも紹介していますが、この本は必読です。才能とは何か、ということについて、貴重な示唆をもらえます。大げさではなく、人生変わる作品ですよ。
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