2012年、最初の記事です。

今年はもっと嫌われても良いかなぁ、と思ってます。




「万人受け」はあり得ない



そもそも「万人受け」という事態があり得ないものです。何かを変えようとした時、批判は「必ず」発生します。

万人受けを望む限り、世の中を変えるような、新しい観点や思想、製品や作品を生み出すことはできないでしょう。誰の目にも心地よいものを作るのは簡単ですが、それは多くの場合、熱を持つこと、人の心を掴むことに失敗し、市場からスルーされてしまいます。

僕のブログも、多くの人に読まれた記事は、必ず批判的な意見も寄せられます(感覚的には1〜2%くらい)。一方で、そうした批判も呼ぶような記事が、このブログに色を与えていることも間違いありません。僕がもし「万人受け」を望んでいたら、このブログはもっとつまらない、色のないブログになっているはずです(こんな記事も書いてません)。




「世に出す」際に付きまとう、恐れからの脱却



何かを「世に出す」際には必ず、恐れが付きまといます。ブログを書くこと一つとっても「こんなこと書いて炎上しないかな…」とか思っちゃうわけです。

嫌われることを前提として受け入れられれば、そうした恐れは払拭することができます。僕の場合は、確実に「公開」ボタンを押すためらいは無くなりつつあります。

僕にかぎらず、この手の「恐れ」は蔓延り過ぎているように感じています。実にマッチョな話ですが、もっともっと多くの人が恐れを克服し、チャレンジングな取組みを行うようになれば、日本はもっと良くなると思います。(「恐れ」についてはまた別の記事で書いていきたいと思います。)




世の中をより良くする、新たな価値観への挑戦



世の中を変える新しい価値観(例えば「シェア」「ノマド」など)を提示する場合は、ほぼ確実に、そうした価値観を何らかの理由で受け入れたくない人からの批判が寄せられます。

嫌われることを受け入れ、恐れを払拭すれば、新しい価値観を提示することも難なく行えるようになります。

ブラックフライデー(米国最大の書き入れ時)に「アンチ消費」とも取れるメッセージを発信したパタゴニアは、良い例と言えるかも知れません。彼らのスタンスは批判を呼びかねないものですが、世の中をより良くしてくれるであろう、新しい価値観も提示してくれています。そしてそこには、人を惹きつけるリーダーシップが生まれます。




人と人を繋げる



賛否を呼ぶような作品は、時に人と人を繋げる力を持ちます。「マーラー好き」は「マーラー嫌い」と喧々諤々語り合うものです。

自分の想いを形にして伝えることで、自分と誰か、誰かと誰かが繋がりを持つ可能性があることは、素晴らしいことです。それは生きる意味ですらあるかも知れません。

例えば、僕たちは250年前に生きたバッハについて未だに熱く語り合い、バッハを愛する世界中の人たちと繋がることができるわけです。バッハが世の中に残した価値は計り知れないでしょう。

批判されること、嫌われることを恐れ、誰かと繋がりを持つ/誰かと誰かを繋げるチャンスを失うことは、自分にとっても、社会全体にとって、大変もったいないことだと僕は考えます。




理解してくれる人もいる



自分の作品が世の中にどう受け入れられようと、自分のことを深く理解してくれる人も一方で存在するものです。僕はそんなに強くないので、奥さん、友人によく頼ります。


そもそも、僕たちが普通に経験する「嫌われる」なんて程度が知れているものです。
僕ですら、ツイッターで粘着アンチが数人湧くくらいです(身の危険を感じるようになったら流石に話は別ですが)。

この程度、親しい友人に相談したら「そんなの気にすんなよ!」と一笑に付されるレベルでしょう。些細なことは気にせず、ガンガン創りつづけるべきです。




というわけで、今年はよりアクティブに価値観を提示し、アクションしていきたいと思います。アクションのハードルがいちいち低い人は、やっぱり強いように思うのです。