松井博さんが刺激的なツイートをしています。






なぜ企業が人を育てる必要があるのか?










要するに、「何のスキルもない新卒をじっくり教育する」なんてことは、経営的にみたら合理性が薄れてきている、という指摘だと思います。

この変化は、二つの観点から語れます。




1. 「転職が前提」の若者たち



体感的にもっともインパクトが大きそうなのは、若くて優秀なビジネスパーソンの間では、ひとつの会社に就職する際に「今後、転職・独立することが前提」になりつつあるということ。

先日「ぼく、リクルートに入るんですが、1年で辞める予定です。研修も充実しているし、優秀な人も多いので、そこで勉強してから、ベンチャー企業を立ち上げようと思っています」ということを、真顔で話す学生に出会って驚きました。1年ですよ。そして、こういう人は決して少なくないんです。DeNAとかGREEに行く新卒学生も、この傾向は強い印象があります。

高い採用コストを掛けて、さらに教育までして、1年で辞められたらやっぱり帳尻が合わないでしょう。長い目で見れば、それでも企業側にとってもリターンはあるのかもしれませんが。

こういった流れがさらに顕著になれば、企業は「どうせ教育しても辞められるんだし、教育が不要で、即戦力になってくれる人を採用しよう」と考えるようになっていくでしょう。




2. そもそも経営に余裕がない



もう一点は、競争が激化することで、企業側の余力がなくなっているという背景。

ぼくも一応スモールビジネスの経営者ですが、「私が経営者なら、教育の必要のない中途採用のみ採用します」という姿勢は、100%一致します。理想的には教育をしてあげたいですが、流石にそんな余裕はないのです…。

これからの時代、まったく使えない労働者をイチから育て上げるような方法では、どうしてなかなか、苛烈な競争には付いていけないのではないでしょうか。少なくともウェブメディアの世界ではそうなっています。

となると、企業における教育機能は希薄化していき、「育てる必要のない優秀な人を雇う」か、「育てる必要がない、マニュアル化した作業を行う人を雇う」の二つの道になっていくはずです。

松井さんの仰る通り、(残念ながら)企業は学校ではありません。学校のような非営利的なことは、相当な余力がないとできないのです。




誰が教育を担うのか



競争の激化によって、企業における教育機能は劣化していきます。社員教育なんて「儲からない」ことをやっている会社は、勝ちにくいのです。

となると、いったい未熟な労働者は、どこで教育されるのでしょうか。未熟な労働者は、教育されないまま社会に出て、冷蔵庫に入って炎上して社会から排除される、なんて未来しかありえないのでしょうか。

この問いに対しては、多様な回答がありえます。自助努力で学習する、学校教育が担う、学校以外のコミュニティが担うなどなど。アプローチ自体はシンプルなので、アイデアレベルだとたくさん出そうですね(高校生に音楽ビジネスを体験させる「ブラストビート」なんか良い事例です)。




しかし、どんな取り組みであれ、結局「教育は(すぐに)金にならない」という問題が付きまといます。どうにかして、誰かがコストを負担しなければ、若者が育っていくことはありません。

今の現状は、「教育コストを誰もが拒絶し、とりあえず親と学校に押しつけることに決めている」と形容できると思います。無論、親と学校だけでは無理があるので、冷蔵庫に入る若者がいらっしゃるわけです。




とりあえず、今を生きる学生諸君には、企業はますます即戦力を求めるようになることを、ぜひとも理解しておいてほしいです。

そのためには、なんとかしてスキルを身に付けるしかありません。これは本来大人の責任ですが、申し訳ないことに、学生たちがスキルを身に付けるだけの十分な環境は、いまだこの社会に整っていません。かなりのレベルで自助努力してもらわないといけない、ということです。

「大学生は遊んでいればいい」とか、あれ100%ウソですからね。即戦力になるために、もがいてください。ごめんなさい。多摩市まで来てくれれば、相談にも乗りますので…(nubonba@gmail.com)。