近しい人に不幸があり、死について考えています。





ネットワークは相続できるか



自分の死について考えたとき、実際的に考えてしまうのは「遺産」の話。もしも、今日ぼくが事故か病気で死んだら、妻と子どものために、何を残すことができるのでしょうか。

金銭的な資産というのはわかりやすいです。一応、ライフネット生命に入っているので、子どもの教育費はとりあえずなんとかなりそう。

さらに踏み込んで、金銭だけでなく、ぼくが獲得してきたネットワークは遺産として残すことはできないものでしょうか。

思考実験的にいえば、ぼくのツイッターアカウントを、ぼくの娘が引き継ぐとどうなるのか。ぼくのブログの管理・更新権限を、妻が引き継いだらどうなるのか。妻や子どもではなく、編集者が引き継いだらどうなのか。

金銭ほどわかりやすくはないですが、フォロワーなりブログ読者、名前が持つ影響度という資産は、自分以外の人物に引き継いでもらえるようにも思えます。ぼくのアカウントを娘が引き継いで、そのまま情報発信を続けたとしても、案外読者は離れないんじゃないだろうか。もちろん発信する内容にもよりますが。




これからの時代は、個人が「上場」し、株式市場のように、評価されていきます。

グーグルが被リンクという形でページの重要性を評価したように、個人の信用を評価するアルゴリズムやプレーヤーが現れ、僕たちの「レジュメ」がウェブ上に保管される。

(中略)個人の信用が可視化され、お金に換えることが可能な社会では、僕たちはみな「上場」しており、「株価」がついているということに気付かなければならない。







個人が上場し、スコア化されていくとしたら、その「遺産」としての価値についても、何らかの整備が進んでいくでしょう。50年後には、ツイッターのフォロワーにような資産も相続することができ、何らかの課税が行われるようになっていても、そんなに不思議ではないとか考えています。