これはすごい本ですね。著者の木谷氏が「餓死」に挑戦した、リアルな体験記。衝撃的で、死について考えさせられます。




餓死への挑戦の記録



・(断食5日目)断食をはじめて、まる4日しか経っていないのに、体力の衰えが想像した異常に激しい。こんなに早く、体力が衰えるとは…。


・(断食15日目)胃の疼痛が激しい。朝から医者へ行くか行かないか、迷っている。

・(断食23日目)薬を飲むと胃が痛い。医師に相談することもできない。といって、このままほうっておくわけにもいかない。意を決して、かかりつけの医院へ行く。医師は「本気でやってたのですか」と、血相を変えた。


・(断食24日目)昨日、医師から聞かされたケアハウスは、気持ちがおおきく動いた。いや、90%ぐらい、そうしようという気持ちになっていた。ぼくのことを気遣って、3とあけずに電話をくれる友人が2人いる。その2人に電話で、「断食」をギブアップした。ケアハウスへはいる気持ちになったことを告げた。

断食安楽死を決意してからというもの、周囲の人に迷惑をかけっぱなしであった。死んでいくぼく自身はいいが、それを知っていて警察に通報しなかった人は「保護責任者遺棄致死」の罪に問われる。

・(82歳2ヶ月のとき)生身の女性と肌を寄り添わせているのに、勃起しなくなった。生まれてはじめての出来事であった。いつかくると予期していたことだからショックはなかったが、ぼくの人生は終わったという寂しさをもった。

・(再度の挑戦にあたって)ぼくは自宅で断食安楽死をすることができなくなった。(中略)見に来た途端に、保護責任者になってしまう。119番通報しなければ遺棄致死に問われるし、されると、ぼくは断食半ばで挫折。ぼくはお手伝いさんたちに"行く先は秘密"で、引っ越しをせざるを得なくなった。つまり、ぼくの身辺のひとたちに、どこへ引っ越したのかわからないようにことを運ばないと、迷惑をかけることが明らかになったのだ。

・ぼくには孤独死した友人が4人いる。ひとりはぼくより年上の吉村平吉さん。浅草通の酔狂なひとで、亡くなったとき84歳であった。もともと、平さんは"酔生夢死"をモットーにしていたし、年齢に不足もない。だが、あとの3人は全員30代であった。孤独死は年寄りの専売特許ではない。

・「昔はこわいオジサンがいて、子どもたちが間違ったことをしていると、自分の子どもでなくても注意したものだ」と、よくいうが、ぼくの記憶では正反対に思える。ぼくが子どものころ、仲間とよくケンカをしたが、そんなとき、親が口をだすと、いままでケンカをしていた子どもたちが一緒になって「子どものケンカに親がでる!」と一斉に囃し立てたものだ。子どものトラブルは子どもでで解決する。それがルールになっていた。


・(三度目の断食、9日目)危惧していたことだが、胃潰瘍と断食は料率しないのだ。牛乳とパン半切れで痛みはおさまったが、これで断食は"失敗"に終わった。午後6時、レトルトのおかゆ、梅干しを食べる。悔しさがこみ上げてくる。1回目はおこなわずして挫折、2回目は38日、断食しながら、あと一歩のところで挫折。3回目は9回目で挫折。


・去年の10月末からずーっと、胃潰瘍の薬を飲んでいたのだ。ところが、断食をはじめると3日目から胃痛がはじまった。あの胃の痛さはなんだったのか?ぼくは無意識のうちに、伊賀痛むことを望んでいたのではないか。自分で"逃げ道"をつくっていたのではないか。だとしたら、心不全で人事不省に陥ったのは、病気のためではなく、こちらも無意識でぼくが招いた"逃げ道"だったのではないか。


・出羽三山の修行僧ではないが、「断食行」にはいるのには、悟りが必要らしい。悟り抜きで「業」にはいると、今度はどんな「逃げ道」をつくりだすか。



死に向かう人の手記だというのに、異様なエネルギーを感じさせるのがまた不思議。詳しく語るのも無粋ですので、ぜひぜひ手に取ってご覧下さい。これはすさまじい本です。

なお、木谷氏は昨年に85歳で亡くなられています。この本を出版したほぼ1年後ですね。wikipediaによれば、死因は心不全とのこと。木谷さんが残した小説作品にも触れてみたいと思います。