為末さんがこんなツイートをしていました。これ、激しく賛同します。





プロとアマの境は曖昧になりつづけている



もはや、プロ/アマの違いって、「それだけで生計を立てられるかどうか」だけだとぼくは考えています。





「プロ」という言葉は、元来「特権」と紐づいている言葉と考えられます。プロと呼ばれる人たちは、その他大勢のアマチュアとは違う場で、違うやり方で活躍する。彼らの場にたどり着くには、ある種の「登竜門」を登らないといけない。

たとえば今から50年前、「世に文章を発信する」というのは、まさに特権的な仕事だったはず。この権利を勝ち得るためには、文学賞を取る、文豪に弟子入りして修行するなど、人々から認められる必要がありました。その試練を乗り越えた人が、「プロ」として「世に文章を発信する」ことができる。

しかし、今となっては「世に文章を発信する」のは誰でもできます。これをお読みのみなさんはもちろん、それこそ5歳の子どもだって、ツイートのひとつは投稿できてしまいます。




プロをプロ足らしめていた「特権」が希薄になるということが、プロとアマの境が曖昧になるということです。

①何十冊も本を出している作家
②個人ブロガー
③ツイートを行う5歳児

は、一体何をもって「プロ/アマ」という区分けをなされるのでしょう。みな、「世に文章を発信している」という意味では同じことを行っています。

さて、みなさんもぜひ考えてみてください。




…ぼくは色々考えた結果、結局言えることは「それで生計を立てているか否か」だという答えにたどり着きました。

5歳児も、そのツイートでメシを食っていたら、プロなのです。何十冊も本を書いていたとしても、「今」執筆活動で食べていけないのなら、もはや彼はプロとは呼べません。どれだけ文学賞を取っていたとしても。

ぼくは今はブログだけで食える水準にまで達しているので「プロブロガー」を名乗っています。もし年間の売上が200万を切ったら、プロの名前は返上するつもりです。プロ/アマなんてものは一時的な呼称にすぎないのです。




読者の声



ここからは趣向を変えて読者の声を。




稼げないラーメン屋はプロじゃない、とぼくは考えますね。「儲かっていてもそうでなくてもラーメン屋はラーメン屋」というのは正しいと思います。儲かってない人は「アマチュアラーメン屋」と名乗ればいいかと。







なんか突然絡まれましたが、この人はその後色々とツイートをしています。




一発どーんと当たって、しばらく食べていけるのなら、プロですね。食べていけなくなったら、アマ。




言わんとすることはわかりますが、メシを食っていないなら、やっぱりプロと呼ぶのは違和感ありますね。稼いでないけど一つの道を究めようと努力を続ける人は、「職人」と呼べばいいんじゃないでしょうか。ネットにも色々職人いますし、そんな感じ。

もっといえば、@makoyan011さんが考える「基準」を提示していただきたいですね。この方の意見ですと、「何をもってプロ/アマを区分けするのか」がまだわかりません。




あと、わかりやすい批判としては「プロなんだから矜持を持てよ!」というものも、しばしばいただきます。ぼくはそういう意見もピンと来ません。

「矜持を持っている」と宣言すれば、誰でもプロになれるんですかね。そんな検証もできない要素を、基準に持ち込むのは無理があると思います。ぼくが「プロとしての矜持があります」と発言したら、その時点でプロなのでしょうか。




プロ・アマ論というのは、なぜだか興味をそそるテーマです。再三申し上げておりますが、ぼくは『「プロ」と「アマ」の違いは「生計を立てられるかどうか」だけ』と考えています。ぜひみなさんの意見をお聞かせください。