「ソーシャル陰口」はやめてください」という記事がよく読まれています。





批判的意見は拾われる覚悟で発言せよ



この記事に対しては、エゴサーチをしてまで悪口を探すことに違和感を感じている人から、いくつかメッセージをいただきました。







ちょっと語弊がありましたね。ぼくは「批判的な意見」を発言するな、と言っているわけではありません。

その意見を本人に読まれ、場合によっては真意を追究される覚悟があるのなら、エアリプライでイケダハヤトの批判でも何でもすればいいと考えます。それはあなたの自由です。ガンガンdisってください。

ただ、ぼくに見られたら困るような、またはぼくに真意を追究されたら困るような批判(これが「陰口」ですね)は、少なくともツイッターにはあげるべきではないでしょう。居酒屋とかで愚痴るならまだしも。インターネット空間に情報をアップする以上、誰に目に触れても文句はいえません。




なんというか、これは実に理不尽な結果をもたらすことがあります。

何かというと、たとえば、あなたが「イケダハヤトのブログは意味不明だ、狂ってる」とツイートする。ぼくがエゴサーチでそれを拾って「どこら辺が意味不明ですか?」と質問すると、「イケダハヤトに晒された!アカウント消す!」と逆上されることがあるんです。いやいや、あなた…。




ツイッターやブログで情報発信をする際、特に誰かに対して批判的な意見を語るときは、それが本人に拾われることを「前提」に情報発信すべきです。批判的意見というものは、本来そういうものでしょう。




ただし、端から見ていると、陰口と批判的意見の差は明瞭ではありません。事実、観察者がそれを判断するのは不可能でしょう。

だとしたら、その批判的意見を語る発信者の方が、直接対話を始めるべきです。

たとえば、「イケダハヤトのブログの意味がわからない」とつぶやくのなら、ぼくのIDを入れてmentionにしてください。あなたのmentionをスルーすることも多々ありますが(流石に一日中ツイッターやってるわけにはいかないので)、必要性と時間があれば対話をします。

もっと確実に返事が欲しければ、メールをください。たとえばこの人はそういう作法で、ぼくに批判的意見を送ってくれるようです。メールをお待ちしてます。もちろんぼくにも優先順位があるので、必ずしも返事をするとは限らないのでご了承を。諸連絡含めると、一日20〜30通くらいメールが来てますので…。








「本人に拾われて困るような批判的意見」というのは、「陰口」といえるでしょう。だったら、そんなものは発信すべきではありません。

「陰口」が美しい行いでないことは、自分の頭を使って考えればよくわかるでしょう。それを拾われた時「晒された!」と猛り狂うのは、責任転嫁もいいところです。