これ、目を疑ってしまったのですが、虚構新聞ではないようですね…。

岩手県議:小泉氏死亡、自殺か 病院非難でブログ炎上- 毎日jp(毎日新聞)




ネットイナゴの暴力性



詳しい事情は調査中なのでなんとも言えませんが、やはり件の炎上事件との関連性を考えてしまいます。

県警二戸署によると、男性は近くに住む小泉光男・岩手県議(56)で、既に死亡していた。自殺の可能性が高いとみて捜査している。小泉県議は、自身のブログが「炎上」したばかりで、同署が関連を調べている。


関連性はとりあえず置いておくとしても、ネット上ではこの件に関しても、相変わらず信じられない悪意の声が無数に集まっていました。「「死ねばいい」小泉県議の死を願った人々 - Togetter」というまとめを見ると、彼らの安易な悪意に触れることができるでしょう。怖気がします。




きっと昔から、この手の人たちは存在していたのでしょう。で、テレビのワイドショーで見て「は?何この人、死ね」とつぶやいていた。ツイッターを手にした人々は、そのノリでデジタル空間にも呪詛を吐き出しているのです。

その呪詛は虚空に消えることがなく、書き込まれることで、むしろ増幅していきます。「死ね」という書き込みを見た人は、同じように「死ね」とつぶやき、それを見た人がまた「死ね」とつぶやく。みんなが言っているから、自分も言っていいと思った。呪詛はそうして連鎖していき、凶暴性を増していきます。凶暴性と相反するように、呪詛を放つ心理的障壁は、ますます下がっていきます。彼らのように、いとも気軽に「死ね」という言葉を吐けるようになってしまう。




ぼくも頻繁にネットイナゴに襲われているので、この種の暴力の辛さは、身をもって感じています。あなた、これはなかなかダメージ喰らいますよ。とりあえず警察に相談したくなります。ぼくは慣れるまで3年以上掛かりました。

連中には覚悟がないので、いくら「一対一で掛かってこい」と言っても無駄なんですね。あら探しをされつづけている状態になるので、何か少しでも不手際をすれば、全力で食い掛かってくる。消費しきったら、また次の獲物に飛来する。彼らはあまりに動物的なので、自分が誰かを食い荒らしたことすら、忘れていきます。

事実、Togetterで晒されている人たちは、自分が半月前に「死ね」と発言したことを、ほとんど忘れているのではないでしょうか。そして彼らはそのことに気づいたとき、発言をしれっと削除するでしょう。これではいくら真摯に対話をしようとしても、お話になりません。




ぼくは言論統制をするつもりはありません。本気でそう語りたいのなら、「死ね」でも「殺す」でも何でも、語ればいいのです。

自分が罪を犯していることを知った上で、なおそれを選択するのは、あなたの自由です。あとは社会と法律が、あなたの覚悟と行為を判断するのみです。

問題は、自分が犯している罪悪に気づかず、実に動物的な気分で「死ね」だの「消えろ」だのをつぶやく輩です。

今回のように人が実際に死に、もしも遺族が彼らの罪悪を追及しようものなら、彼らは真っ青な顔で「そんなつもりはなかったんです。気軽につぶやいてしまいました。反省しています」と語るのでしょう。彼らには理性が欠けているとしか思えません。




責任を取る覚悟なしに「死ね」と発信してはいけない、なんてものは理性があれば誰でもわかる話です。幼児だってわかります。

人間は進化していく動物です。いい加減に理性を身につけましょう。一刻も早く、この種の動物的な暴力を消していかなければ、犠牲者は増えつづけていきます。

これをお読みのあなたは、自分のことばに責任と覚悟を持ってください。完全に発言の責任を取ることはできませんが、それを取ろうという覚悟くらいは、誰でも持てるはずです。