うはー、マツコ・デラックスってこんなに強烈な人だったんですね。ただの芸人だと思ってました。すみません。反省として名言をまとめました。



魂の咆哮



元々マツコ・デラックスはゲイ雑誌の編集部に所属し、エッセイスト、コラムニストとしても活躍していたそうで。完全に芸人だと思い込んでましたが、そのルーツはもの書きだったんですね。

中村うさぎ氏との往復書簡のなかでは、そんなもの書きとしてのマツコ・デラックスのどす黒い深淵をのぞき込むことができます。中村氏の発言も実に強烈なんですが、それはぜひ書中でお楽しみください。



・逃げるように帰った実家から母親に追い出され、ボロアパート暮らしのくせして、借金してまで女装している頃よ。上の階から女の喘ぎ声が聞こえてきた時、心の叫びというかなんと言うか、無意識の内、口に出してこう叫んでいたわ。「チンポもいらない、ゲイとしての幸せなんていらないから、だから神様、アタシにたらふくメシを喰わせて、日の目を見させて!

・垂れ流しにした己の自意識に人様が反応してくれて、それでおまんまが喰えればきっと幸せになれる、そう信じてきたのに、急に達磨落としのだるまになったようなもんで、この巨体だし、落ちたら結構痛かったのよ。

・女であることに悦び、女であることに嘆き、女であることを叫び続けるアンタを見ていると、何でだかアタシ、ちょっとばかり悔しいんだよ……。

・よく、オカマは何を言っても、何をやっても許されるから羨ましい、なんてことを言われるけど、それはアタシも重々、治外法権であることの有り難みを感じつつ、男でも女でもないところの隙間を、緩く漂わせて頂いているわ。もちろん、その実相は、男からも女からも、自分には関係のない生き物、別の社会と見なされているからこその治外法権、それであることも理解しているつもりで、要は、みなさまにとっては他人事を延々と叫んでるに過ぎないんでしょうね。

そう、アタシはよく判らない規格外の人だ。けれども、紛れもないゲイの女装癖だ。笑われてなんぼなことも、治外法権であることもよく解っている。それを最大限利用し糧を得るしか生きる道はないことも。アタシはまた、覚悟を決めてなかったんだよ……。

・キワモノ上等!でも、でもなのよ。アタシ、「笑わせる」のは大好きだけど、「笑われる」のは大嫌い。が、現実は厳しくて、アタシを笑っている人の八割は、「笑わせてる」のではなく「笑われている」ことぐらいは百も承知よ。

人を笑わせる行為って、最も客観性が必要なことよね。しかもそれって、とても自虐的要素の強い作業で、己が人様からどんなふうに見られているのか、何を求められているのかを冷静に判断できなければ、そこに笑いは生まれない。客観性って、いかに自分を曝け出せるのか、嘘を付けずにいられるのかなんだろうね。

・結局はさ、あんな刹那的なことを言いながらも、きっと、ちゃんとした人間に見られたいとか、社会と順応して生きていたいとか、もっと言ってしまえば、報われたいみたいな所懐があったんだと思うのよ。好き勝手やってるくせに、ホント高慢ちきな輩だよ。

・でもね、でもよ。自分さえ信じちゃいない若い子が多いって言うけど、自分のこと信じるなんてのは、罵られ、知らんぷりされ、踏んづけられるような思いをし、それでもバカみたいに、勘違いでもいいから本当の自分とやらを見つけるために彷徨った挙げ句、その遥か先にほんの少し、うすぼんやりと見えてくるようなものじゃない。

・こんな風に、雑誌で偉そうなことぬかしたり、テレビに出ればデブで女装なキワモノっぷりを存分に突かれてるんだから、今更どの口が言うって話なんだけど、アタシはいまだに母親と、もちろん父親とも、自分がどんな人間なのかを話したことがないわ。

・もしかしたら、アタシは母親にこそ真の理解者であって欲しいと願っているのかもしれない。けれども現実は、四十歳にして生まれた一人っ子がゲイで、女装癖で、さらにそれだけでは飽き足らず、人様の前でわざわざ「アタシはオカマよ!」って叫ぶようなことをしてるんだから、一方的に理解しろとは言えないわ。

・自分の将来考えると恐ろしいんだけどね。こんな女装渡世、国がちゃんとしてくれているからどうにか生きてるようなもんで、混乱の世にホモやシングル女、ましてや女装なんて邪魔なだけだもの。20年後、もし国がめちゃくちゃになっていたら、隠れホモ化しているか、女装で新宿を徘徊しているか、自分もどうなっているかわからない。

アタシね、厄介なものだと思っていた女装癖が、最近は逆にありがたいなって思い始めたのよ。だって、ホモの価値って結局、美醜でしょう。学歴や地位や収入じゃなくて、要は見てくれの世界なわけよ。アタシにもし女装癖がなかったら、その見てくれのみの世界を主戦場として生きていかなきゃいけなかったわけよ。40歳、50歳、60歳とその世界でやっていかなくちゃならない人たちと比べたら、アタシは逃げ道があるんだなって思うようになった。

・もしも今、ある程度のチンポに満たされ、ゲイとしての幸せに多少縁が出来たとしても、それでもきっと叫び続けるんでしょうね、アタシはこんなんじゃない、こんな人生じゃないって。アタシはいったい何をしたいんだろう、何が欲しいんだろう、何て思われたいんだろう、どこまで魂を売り続けるんだろう……。

・アタシはいつでも、誰かを意識し、想定し、そして暴言を吐き続けている。それで、少しでも己への嫌悪、増悪を紛らわし、心の安定を図っているのだとしたら、とんだ開き直り人生よね。こんなふざけた精神安定剤のために、周囲のどれだけの迷惑を掛けていることか、想像しただけで吐き気がするので想像しませんが、ありがたいことに、友人や仕事仲間は、そんなアタシを母のように見守ってくれてますよ。




<7/9追記:続編の対談作品「愚の骨頂」からも名言を抜粋します>



・アタシはまだ、自分の本当の急所を知らないで生きている。もちろん、そんなこと万人が知らなくても構わないことだし、知っているからといって、その人が偉大な人ってことでもない。が、どこかでアタシはそれを知っている人は偉大だという想念があって、自分の本当の急所を、これまでの経験の記憶の中にいる自分を総動員して、知ったつもりになっているのではないかと自己憐憫しながら発言しているわ。アタシはこんなにも愚かな行為をしました。アタシはこんなにも哀しい思いをしました。アタシはこんなにも情けない姿を晒しましたって、こんなにも辛い経験を積んできたんだって、自分をもって自虐しているんじゃないかと怯えにも近い感情で生きているのよ。

・慈悲の精神があるってのは、ある意味すごく偉そうなことよね。仏が俗世の人間たちを哀れむようなものなんだから、アンタに慈悲の精神があるって言われたアタシは、きっとどこかで哀れな人たちを見下しているのかも知れないわ。そして、それはきっと自分自身を見下しているってことなのよね。

・アタシみたいに自分にも他人にも厳しくなりきれない分、生き易いのと、アンタみたいに自分にも他人にも厳しい分、生きづらいのであれば、アタシは後者でありたいと切望する。たとえそれで善良の民でなくなったとしても。

・アタシはきっと化け物になりたいんだと思う。ここのやり取りでも、よくお互いを、あるいはお互い自分自身を化け物呼ばわりするけれども、あれって、どうせ世間様はアタシのことなんて化け物ぐらいにしか思ってないんだろう、って卑屈な気持ちが半分と、どこかで、化け物のように畏怖の存在になりたいという厚かましい思いが半分あるような気がするのよ。

・目立ちたいとか、愛されたいとか、報われたいとか、アタシの救いはそんな簡単なものじゃない、なんて格好のいいことを言いたいのはやまやまだけれども、結局のところ、直接的に言ってしまえばそういうことなんだわ、きっと。

・きっとアタシは、ただ我慢の利かない短絡的なオカマよ。本当なら、これは言っていいこと、悪いことって、頭のなかで整理してから言わなければならないことを、それをする能力が欠けてしまっているに過ぎないのよね。

・いったいアタシは何にそんなにも怖れをなしていたのか。別に何千万人もの前で醜態を晒すことにビビっていたわけではないのよ。そんな千載一遇だったかも知れないチャンス(ゴールデンのテレビ番組出演)を棒に振った真相はただ一つ、何千万人の前では平気でも、母にだけはその醜態を見られたくなかったのよ。

・ただ一つだけ、『サンデージャポン』にだけは出演させて頂いたのだけれども、それは、その時のニュースの中に同性愛者についての話題があって、是非コメントをして欲しいというオファーだったからで、母に見られてしまうのではないかという恐怖の中で震えながら出演したことをハッキリと覚えているの。

・結果は、惨敗よ。まともにコメントしたところで、結局はアタシの化け物っぷりが強調されるだけで、本当にただただ醜態を晒すだけになってしまい、良心に申し訳ない、全国の同性愛のみんなに申し訳ないって、ひとりになった途端に号泣したわ。

・それ以来、『サンデージャポン』がトラウマになってしまい、今でも日曜日の放送時間にはTBSのチャンネルボタンに触れないように細心の注意を払っているぐらいなのよ。(中略)その時アタシは思ったわ。ほかの出演者と同等に扱われるためには、同性愛者でもなければ、もちろん女装癖でもない彼ら、彼ら以上の力を手に入れなければならないって。


・もちろん、「2ちゃんねる」のような場所にもちゃんとした人はいるのだろうし、建設的な意見交換や有意義な情報交換、面白い話だってあるのだとは思うけれども、それでも、アタシは絶対に見ないようにしているの。

・10年もの間、恋人がいないアタシは、「一生、独りで生きてゆく覚悟をしてるわ」なんて生意気を言ってきたし、もちろん、そうなったらなったらで狼狽えずにいたいと思ってはいるのだけれども、やっぱり傍らに誰かの存在があった方がよりすばらしい人生なのではないかって、そう素直に思えるようになったのよ。

・何百万人、何千万人に指をさされ笑われるのは屁でもなくても、アタシを生んだってだけで、母までもが指をさされ笑われるのは、どうしても耐えられなかった。見て見ぬふりはできなかった。だからアタシは、できるだけ一人でも母を指さす人が少なくなるよう準備をして、メディアで醜態を晒す準備をし、万全とは言わないまでも、ゆっくりと時間を掛けて今の状況に持っていったのよね。その時間って、実はは鳩の決別の準備をしている時間だったんじゃないか、そんな気がしてならないのよ。

・今年の正月、腰の手術をして、杖を使わなければ歩けなくなった母から、初めて、明白にアタシのテレビを見ているという内容の手紙をもらったの。そして最後は「今日も5時の生放送を見ます」で締められていたわ。母には見られないと思っていた東京ローカルの「5時に夢中!」を、ずっと母は見ていたのよ。「チンコ吸えない」だの、「ウンコ漏らした」だの言ってる女装した息子をずっと母は見ていたのよ。アタシ、思わず大笑いしちゃったわ。そして、孤独ではない自分を再確認し、号泣したわ。そんなアタシは、絶対的孤独に耐えられるだろうか、孤高の自由を手に入れられるだろうか……。




うおー、こうして書き写していても、魂が震えます。一気にマツコデラックスのファンになってしまいました。なんかもう、神聖さすら見いだしてしまいます。あなたが神か。そういえば見た目も神っぽいし。

彼女から出てくるのは、自分の人生と向き合った果てに出てきた、血反吐のような言葉です。「チンポもいらない、ゲイとしての幸せなんていらないから、だから神様、アタシにたらふくメシを喰わせて、日の目を見させて!」が特にヤバい。マジで打ち震えました。

中村うさぎ氏もまたぶっ飛んだ人で、彼女が語る哲学も、胸が痛くなるほどに強烈です。「自分と向き合うこと」とはどういうことであるか、肌感覚で学ぶことができる一冊です。これは隠れた名著だなぁ。







続編のこちらもおすすめ!変わらずすばらしい内容です。