「天才と発達障害」、タイトルに惹かれて買ってみましたが、めっちゃ面白い本ですこれ。



「相貌失認」を知っていますか?



「相貌失認」。最近メディアでも取り上げられ始めているキーワードなので、ご存知の方も多いかもしれません。脳の認知機能に「偏り」がある、人間の顔を正しく認識できない特徴のことを指します。

有名ブロガーのしゅうまいさんも、軽度な相貌失認をお持ちの方です。エピソードをいくつか公開しており、とても興味深いです。

・私の話ですが、小さい頃は俳優という職業が理解できていませんでした。別のドラマに同じ人が出ていても別の人に見えるからです。

・自分の新しいコーチが発表された後で準備体操をしている間に、コーチが分からなくなることがありました。同じような水着を着たコーチを見分けるのは顔しかないからです。服装で判断できないというのはきつかったです。

・私が困難に直面したのは、会社内でのタスク活動に参加するようになってからです。部門を超えたメンバーで月に1度くらいの頻度で集まる活動がありました。これは、私には鬼門でした。月に1度しか会わない人を記憶することは難しく、2回目以降の集まりで私は困ることになりました。

・私は結構たくさんのオフ会やイベントに顔を出していました。そこで頻発していたのが、2回目以降に会う人にも「初めまして」と言ってしまっていたことです。

顔が覚えられない「相貌失認」私のエピソード | しゅうまいの256倍ブログ neophilia++


しゅうまいさんは大人になってから自身が「相貌失認」であることに気づいたとのこと。最近はフジテレビの取材で正式な診断を受けていらっしゃいました。こちらの記事は面白いのでぜひ。

フジテレビの取材で相貌失認(失顔症)の検査を受けました | しゅうまいの256倍ブログ neophilia++




「見えない障害」とも言える相貌失認、しゅうまいさんのように、自分が相貌失認であることを知らずに苦労している人も多いと考えられています。ぼくも人の顔覚えるの苦手なので、認知の偏りは相貌失認に近いと思われます。

書籍「天才と発達障害」から、相貌失認の人の認知特徴について紹介しておきます。心当たりがある人も少なくないかも。



・相貌失認の人は、自分から人に声をかけることはまずしませんから、一見引っ込み思案に思われますし、周囲の人は、彼らが相貌失認であることを知りませんから、目が合ってもあちらから挨拶がないと、無視をされたように感じることもあります。また顔を合わせても、顔の表情が緩まず、無表情のままでいることが多いものです。

・たとえば自分が楽しければ周囲も楽しいだろうという具合で、まさか周囲の人々が立場上、気を遣って合わせている、あるいは遠慮しているなどとは思えないのです。つまり他の人の本音の部分の理解ができないことにもなります。

・顔を認知できないだけではなく、もちろん見えていないのですから記憶もできないのですが、中には目の前の人の顔は認知できても、記憶となると、記憶の中の顔はのっぺらぼうに映っているという人もいます。

・相貌失認がある人は、中学校までは名札を手がかりにできるのですが、高校大学となると、そうもいかず友人ができずに、引きこもる場合もあるようです。

・大人同士の関係では、顔から相手のおおよその年齢を想定し、それなりの会話をする必要も時としてありますが、そういったこともむずかしくなります。常にカメラを持ち歩き、同席者と一緒に写真を撮り、後で確認することをしている人もいます。

・社会に出てからは営業的な仕事はむずかしいのですが、たとえば「ようこそ○○へ、……」といったマニュアルに従って決まりきった台詞のような接客は、できることもあるようです。

・パーティーのような多くの人が集まる場所は嫌います。もっとも苦手とすることは、街で向こうから声をかけられることだというのです。


こういう人たちがいることを理解しておくことは、とても大切です。こちらが少し工夫をすれば、大部分が解決できる問題ですので。

「顔を覚えられない脳のタイプの人もいるんだって」「じゃあ参加者には毎回名札をつけてもらおうか」
そのように考えてくれる人が一人でも増えたらいいなと思います。

顔が覚えられない「相貌失認」私のエピソード | しゅうまいの256倍ブログ neophilia++





「相貌失認」と天才



書籍「発達障害と天才」では、この特殊な認知特性が、「不思議の国のアリス」の著者ルイス・キャロルという「天才」を例に挙げながら紹介されています。そうなんです、ルイス・キャロルは相貌失認に苦しんでいたらしいのです。

不思議の国のアリスのなかで登場する「ハンプティー・ダンプティー」は、相貌失認に苦しむルイス・キャロル自身だったのではないか、と著者は語っています。

「もし、もいちど会うにしたところで、わしにはおまえさんがわからんだろうよ、」不平そうな声でハンプティー・ダンプティーは答えました。

「おまえさんはほかのだれとも寸分ちがわんからなあ。」

「顔ってものは、ふつう人を見わけるよりどころなのですわよ。」アリスは考え深そうに申しました。





さらに、ルイス・キャロルは文章以外にも「写真」に打ち込みます。この行動もまた、相貌失認と関係があるのではないか、と著者は指摘します。

ふつうに会っただけでは、奥行きのある三次元のまとまりとしての顔を見ることができない相貌失認があり、"人の顔の表情を見たい、記憶したい"このおもいのうちに写真を撮りつづけたのではないかと、推測されるのです。





キャロルには、もともと牧師というキャリアが用意されていました。しかし、吃音障害と相貌失認に苦しむ彼には、そのキャリアは不適合と言わざるをえません。ある種の「逃げ」として、「天才」ルイス・キャロルが生まれたのではないか、という論考は実にエキサイティングです。

キャロルの相貌失認は、吃音障害以上に職業の選択にも影響をおよぼしたのではないかとも考えられます。

父親と同様、聖職者の牧師になったならば、キャロルは村の牧師館に住まい、村人の相談や教育を担う必要が生じます。相貌失認の人は、不特定多数といった人前での説教はたやすいのですが、村人との一対一での心通うコミュニケーションは、むずかしくなります。

そういったこともあり、上級の牧師になるチャンスはありながら、執事という自由な表現ができる身分に留まり、写真の中の奥行きある顔の美しさに魅了され、吃音に悩まされることのない言葉の世界へ、筆を走らせたのではないかと、推測されるのです。





天才といえば、ブラッド・ピットも相貌失認の可能性があることをカミングアウトしましたね。

米俳優ブラッド・ピットさん(49)が米誌「エスクワイア」のインタビューの中で、自分には人の顔が覚えられない「相貌失認(そうぼうしつにん)」の症状があるかもしれないと打ち明けた。

ピットさんは主演映画「ワールド・ウォーZ」が米国で6月に封切られるのを前に、エスクワイアのインタビューに応じた。この中で、自分は会った相手の顔を覚えようとして非常に苦労していると告白。

「僕は多くの人に、失礼な人間だと思われて嫌われている」「これまで1年かかったけれど、今年からはあえて『どこで会ったっけ?』と尋ねるようにしている。そうするとさらに悪いことに、相手を怒らせて、思い上がっているなどと言われてしまう」と語った。

CNN.co.jp : ブラッド・ピット、人の顔が覚えられない? 米誌に告白


人の顔が覚えられない、というのは、彼の才能ともどこかで繋がっているのでしょう。過去のエピソードをつなげていくと、彼の才能と認知的特徴の関連性が浮き彫りになっていきそうですね。ノンフィクション作品が書けそうだ。

ちなみに著名な学者、オリバー・サックス氏、池谷裕二氏も相貌失認だそうで。池谷氏は著書「脳はこんなに悩ましい」のなかで、ご自身の体験について詳しく語っています。







というわけで、「相貌失認」についてはぜひ知っておきましょう。ぼくらのコミュニケーションだけでなく、相貌失認に苦しむ人がうまく才能を開花できる「教育」も、これからは求められます。

こうしたテーマに関心がある方は、ぜひ「天才と発達障害」を手に取ってみてください。書中の大部分を割いて語られているガウディの「映像思考」の話も非常に興味深いです(著者も「映像思考」という認知特徴を持つ方です)。人ってホントに、多様なんですねぇ。