乙武さんのツイートに対する反応を長らくウォッチしています

Twitter / 検索 - 乙武洋匡




「どちらが悪いのか」を決めようとする人々



とりあえず見ていて思うのは「乙武さんと店長のどちらが悪いのか」を決めようとしている人が、結構な数いること。

彼らは人を裁くことに躍起になり、白黒付けるために自分の考えを披瀝しています。当事者間では問題が解決していることを、なんら気にすることなく「あいつが悪い」「こっちも悪い」と語り合います。まぁ、要するにヒマなのでしょう。




一方で、より建設的に物事を考えている人たちは、この騒動から「いったい何が問題なのか」を導き出そうとしていることに気づきます。思考が鳥瞰的、メタ的といってもいいでしょう。

はるかぜちゃんは「暴力と正義の構造」についてを、




@H_Nobunagaさんは「Politically Correct」についてを、




田村耕太郎さんは日本の国民性についてを語っています。









自身のツイートでも言及している方もいますが、彼らは「どちらが悪いのか/正しいか」といった低レベルな話には与していません。ぜひ注意深くチェックしてみてください。

なぜ彼らは「あいつが悪い」と断罪しないか?それは彼らが他人を裁くことが傲慢であること、そもそもその議論は不毛であることを、よく知っているからです。




「誰が悪いのか」を決めたがる人間は三流



刺激的なタイトルですが、「誰が悪いのか」を決めたがる人間は、間違いなく三流です。

それは仕事の態度なんかにも透けて見えます。仕事ができない三流人は、何か問題(たとえば「報告漏れ」)が起きたとき「あいつのせいだ!ミスしやがって!やる気がない!けしからん!」と憤り、叱責します。

仕事ができる一流人は、問題について「今の仕組みが悪いから、報告漏れが起きるんだよな…。仕組みのデザインを変えなければいけない」と考えます。彼らは「あいつのせいだ!」という短絡的で動物的な怒りに駆られることはありません。淡々と、問題の根本に思いを馳せ、改善に向けて動き出します。




この例においても、三流の人は「誰が悪いのか」を決めたがっているのです。だって、人を裁くのは気持ちいいですし、全部他人のせいにするのがラクですからね。

一流の人は、

①まず他人を裁くことを忌避します。
②裁きたくなる気持ちを抑え、鳥瞰的な視座にたって物事を見るように努力します。
③そして、いったい何が原因なのかを考え、解決への示唆を導き出します。

このプロセスは、上で引用した人々のツイートからも分かると思います。三流の人はこういう思慮ができないくらい「浅い」のです。




他人を裁くのは、本質的に傲慢な行為です。ぼくらはどうあっても、そこまで正しくありません。その罪悪に気づくところから始めるべきです。