メイロマさんの新刊を読みました。ノマドに憧れている方は読んでおくとよいでしょう。一読して考えたことを書いてみます。





ノマド社会と新卒教育



ぼくは、できるだけ多くの人が時間と場所から解放されて働くようになればいいな、と願っています。自宅で仕事ができるようになれば、介護や育児をしている人でも存分に働くことができますし、バカみたいな「台風なのに出勤する」なんて儀式もなくなるでしょう。

しかし、時間と場所から解放されて働く、いわゆる「ノマドワーキング」は、成果主義によって成り立つことを忘れてはいけません。職場で監視せずとも、きちんと成果を出すから、ノマドになれるのです。

つまり、ノマドワーキングが許容されるのは、それに足る成果を出せる人材に限られます。教育が必要な人間や、上司や同僚に監視されていないと怠けてしまうような人材(これは問題外ですが…)は、ノマドワーキングが許容されないということです。




どう抗っても、これからの世の中には、多かれ少なかれ「ノマドワーキング」が浸透していくでしょう。

短期的には、経営者目線でも使い勝手の良い「業務委託ベースで働くフリーランサー」が増加していくと予想します。

成果に応じて賃金を支払えばいい彼らは、経営者にとっては雇用の調整弁として役立ちます。フリーランサーの側も、成果さえ出せばいいので、自由に働くことができます。成果を出しつづけていれば、そう簡単に切られることもないでしょう。ぼくもそんな関係性の中で仕事をしています。




しかし、「ノマド化=成果主義の導入、スタッフの業務委託化」が進むことによって、「若年労働者の教育」は見過ごされてしまいます。

企業は使い勝手のいいフリーランサーを利用し、成果主義ベースで会社を経営します。フリーランサーは自由を謳歌します。両者はそれでもまったく問題ありませんが、そこにスキルのない若年労働者が入り込むのは困難です。




ぼくの周囲のベンチャーでも、そうした状況がよく見られます。社員は数名、あとは業務委託のフリーランサー。最短距離での成長を目的にしているので、新卒を採用・教育する余裕なんてあるわけがない。どうしてもその会社に入りたいなら、相応のスキルを持ってからでないと、そもそも門戸が開かれない。

ノマドワーキングが浸透した世の中というのは、極端にいうと、多くの会社がこのような成果主義を導入するということです。

ミクロに見れば幸せですが、マクロで見ると若者がトレーニングを受ける機会を失っており、その結果、大量の失業者が発生する、なんてストーリーが考えられるでしょう。





となると、ぼくのようなノマドワーキング肯定派は、失われるであろう「若年労働者の教育機会」を社会に提供する、責務があるとも考えられます。

「ノマドワーキング万歳!企業もどんどん導入して、成果主義で自律的に働ける労働者を採用するといい!」という主張は共感できますが、そう主張する人は、同時に失われる機会についても、何らかの配慮を行うべきでしょう。





そんなわけで、ぼくは超小さな範囲ですが、月給5万円ほどを支払って、ライター・編集者志望の学生が修行できる機会を提供したいと考えています。さっそくひとり応募していただいたので、話が順調に進めば4月から実施する予定です。年間で3〜4名に機会を提供できれば、という感じです。

具体的な業務として、

・取材記事の書き起こし
・コンサルティング業務の補佐
・海外記事の翻訳
・書籍原稿の校正、編集
・イベント企画、運営の補佐
・その他、事務作業の手伝い

なんてところを考えています。採算度外視なので短期的には赤字になりそうですが、今年はそれなりに儲かりそうなので、多少の身銭を切って実験してみます。人手を増やしたことで黒字分が増える可能性もありますしね。




こうして多くの人が採算度外視で教育機会を提供すれば、ノマド化によって失われる教育機会を、多少は補填することができるはずです。

教育を受けた人が無事に独り立ちすることができたら、きっと彼らは、自分と同じように、次代へ教育機会を提供するでしょう。そうなれば社会全体に「師匠」が増えていくので、理想的にいえば、ねずみ算的に教育機会も増加していくことになります。




というわけで、ノマド礼賛派は誰かの「師匠」になることが責務なのではないか、と思います。これは自由の代償でしょう。

有言実行するためには、それなりの収益を上げなければいけません。ihayato.書店の売上向上にどうぞご協力を…。未読の方は、ぜひ近著を買っていただけると喜びです(読んでいただくことに意味があるので、古本購入も歓迎です)。






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