「ライファーズ(終身刑受刑者)」の更生を追ったノンフィクション。読み応えありの名著です。読書メモをご共有。



罪と向き合うということ



・日本の刑務所では、罪を犯した人がその犯罪行為を根本的に考えるようなプログラムが不十分だ。少なくとも、当時はほとんど行われていなかったし、そのニーズに気づいているとも言いがたかった。日本でも、受刑者の多くに深刻な虐待の被害体験があるはずだが、被害の有無や詳細は、直面しようとしなければ出てこないはずだ。また、自らの被害体験に向き合えなければ、加害体験に向き合うことさえ難しいというのが、私が米国での取材を通して痛感してきたことである。刑務作業や職業訓練中心の服役では、被害にも加害にも向き合えるはずはない。

・アミティとの出会いを取り持ってくれたのは、世界的に著名な元精神分析医のアリス・ミラーだった。ミラーは「暴力の世代間連鎖」という問題に着目し、1970年代から数々の著作を通して世界に警告を発してきた。彼女の考え方はこうだ。子ども時代に受けた深刻なトラウマを放置していると、成人後の暴力傾向を促し、それが世代を越えて脈々と受け継がれてしまう。ここでいう暴力とは、他害はもちろんのこと、自傷行為や薬物依存など、自分に向くものも含まれる。その暴力の悪循環を断ち切るためには、子ども時代の記憶に立ち戻り、受け止める必要がある。

・子ども時代から一人の人間として当たり前に生きる権利を奪われてきた人々に共通してみられる「症状」を、ナヤは「子ども時代を剥奪された者の文化」と名付けた。

・アミティでは、プログラムの運営に関わるスタッフのことを「デモンストレーター(体現者)」と呼ぶ。その大半が当事者である。彼らは「人は変わることができる」ということを、かつでの自分や現在の生き様を示すことによって体現するという重要な役割を担っている。(中略)デモンストレーターは、ある共同体で人間的成長を体験した者でなければならない。いかなる人生を送ってきたか、どんな問題を抱えていたか。それらにどう向き合い、どう乗り越えてきたか。さらには、今をどう生きているか、それが将来にどうつながると思うか。過去から未来に続くストーリーを語り、自分を丸ごとさらけ出すことによって、他者の人生に揺さぶりをかける。目の前の他者は、かつての自分だったともいえるのだ。このプロセスを、ナヤは「番号から名前の旅」と名付けた。刑務所では通常、名前ではなく受刑者番号で呼ばれる。アミティのプログラムは、逆に、彼らが自らの名前を取り戻していくことを後押しする。

・カリフォルニア州は、監獄化のトップランナーだ。矯正施設の規模は群を抜いており、常に全米で一、二を争う。例えば2008年度の受刑者数は全米トップの17万3000人余りで、テキサス州に次いで二位だった。矯正予算は教育予算を大幅に上回り、刑務所の職員は6万6000人と行政機関では最大の規模だ。過去30年で、刑務所の数は三倍に増えた。

こうして米国は「監獄大国」となった。刑務所や拘置所といった矯正施設に収容されている受刑者数も、その人口比率も世界一だ。現在、拘禁者の数はおよそ230万人で、人口比では十万にあたりおよそ750人。日本では十万人あたり60人余りだから、米国はその12倍だ。さらに保護観察や仮釈放中などを含めるとその数は720万人にふくれあがる。バージニア州の全混交が約800万人だから、米国の「犯罪者」だけでひとつの州ができる規模だ。

・米国では「犯罪には厳しく」というスローガンのもと、1970年代半ばから厳罰化政策が打ち出され、それが80年代から90年代にかけての刑務所ブームともいえる状況を生み出した。

ただし、監獄人口が急増したからといって、犯罪が激増しているわけではないことを強調しておきたい。たとえば1960年から1990年の30年間の犯罪率は、フィンランドドイツ、米国のいずれにおいても大差がなかった。しかし、犯罪への対応は大きく異なった。フィンランドはこの間、刑務所に服役する受刑者数が60%減少し、ドイツのそれはほとんど変化がなかった。一方、米国では刑務所人口が4倍に激増した。

・「墓場にまで持っていくつもりのことを話さなければ、本音を話したことにはならない」。このフレーズを、アミティ関係者の口から、何度聞いたことだろう。被害体験であれ、加害体験であれ、体験の詳細と、それに伴う感情を、徹底的に、何度も語るというのがアミティのスタイルだ。

・「ヤク中」「犯罪者」「極悪人」というレッテルを貼られたレジデントたちの多くが、実はかつての「被害者」だったわけだが、フアンを含むレジデントのたちの多くが、それを認めたり、人に知られたりすることに、強い抵抗感を抱くからである。アリス・ミラーも指摘しているように、辛い記憶に蓋をして、被害自体をなかったことにしたり、自分のためを思って親は自分を殴ってくれたと歪んだ解釈をしたり、もしくは子ども時代を完全に美化して生き延びている人がいかに多いか。

受刑者だって笑う。吹き出すこともあれば、爆笑もする。苦笑いだって、泣き笑いだってする。ジョークだって言うし、からかいあったりもする。不謹慎だという人もいるだろう。(中略)しかし、アミティのプログラムに参加していても、レジデントたちは四六時中頭をうなだれて反省しているわけではない。24時間、過去の虐待被害に思いを馳せているわけでもない。むしろ、自らの被害体験や加害体験を受け止め、新たな生き方を得るためにも、こうした人間的な交わりが欠かせないのだ。

・家族療法家のリチャード・ガートナーは、性的虐待、近親姦、性的トラウマよりも広い範囲の経験を表現するために「性的裏切り」という概念を紹介している。裏切りは対人的関係において、壊れるはずのない絆が壊されることを意味するが、関係性がより親密で、必要不可欠な相手からの性暴力を受けると、裏切りの度合いが大きくなり、世界観を変えてしまうという。もちろん、じょせいにとってもおなじことが言えるのだが、男性の場合は性暴力にあうはずがないという社会的通念にもとづいた本人の思い込みから、被害を認めにくいのだという。

・アリス・ミラーは、深刻な虐待を受けている子どもたちに、直接介入して支援する大人のことを「助ける証人」と名付けた。一方、直接手助けするところまではいかないが、何かが起こっていることを察知し、理解を示す大人の存在を「事情をわきまえた証人」と名付けた。アミティのレジデントの幼少期を見れば、そのいずれの存在にも出会えていなかったことが分かる。ここでは、かつで出会うことのできなかった「証人」の役割をおのおのが担い合っているのだ。

母親か父親が刑務所に服役中の受刑者の子どもが、米国には少なくとも190万から230万人はいるといわれている。その大半が10歳以下で、米国の43人の子どもに1人、もしくは2、3%の子どもの親が刑務所に服役中の受刑者だ。

・受刑者の大半は釈放され、やがて社会に戻ってくる。刑務所内でいくら素行が良くても、環境の異なる社会に出て、孤立した状況で、個々人が問題を乗り越えていくことは困難だ。たとえば、米国では刑務所での生活に適合した者ほど、社会復帰後の生活が困難になるという調査結果がある。

・修復的司法とは、非行や犯罪を、従来の刑法に従って「国に対する侵害」と見なすのではなく、「人や人間関係に対する損害」と捉える発想であり、犯罪によって生じた問題を解決するために、加害者と被害者の関係改善を試みるアプローチだ。事件が起こると、被害者、加害者、影響を受けたコミュニティの三者が集い、対話を通して、修復を試みていく。

・日本のとある女子刑務所を訪問した。(中略)その刑務所には、子どもを胸に抱く母親の像があった。刑務官はそれを指し、著名な女性政治家がデザインしたと誇らしげに言った。そして、受刑者にはこれを毎日見て、外にいる子どもに思いを馳せ、刑をしっかり務めるためだと言った。希望を目の前につるされたまま、手も足も縛られたままの状態で、つべこべ言わずに反省しろ、と言われているようなものだ。この刑務所で行っていることは沈黙の強要であり、ディスエンパワメント(無力化)ではないか。

・近年の日本は、米国が厳罰化や社会的排除の傾向を強めた1980年代から90年代の状況と、いろいろな意味で重なる。

・社会から隔離され、刑務所で仕事をすれば罪の意識が自然に湧いてくるわけではない。罪に向き合うことを一人で行うことも不可能だ。(中略)TCや修復的司法、薬物裁判所や社会内処遇、社会福祉的な措置やアートプログラム、それらの緩やかな連携……犯罪や暴力への対応は、個に閉じられていくのではなく、社会とのつながりを意識し、新しい関係性を構築する、もっと多様で柔軟な発想やアプローチがあってもいいのではないかと思う。

・精神科医で、刑務所における臨床や研究で知られるジェームズ・ギリガンは、刑事私法による深刻な「誤解」を指摘している。その誤解とは、刑罰が暴力を封じ、予防しているという認識だ。実際には、刑罰は、屈辱感や恥の意識を増幅させ、罪の意識を薄めてしまう。彼の研究からわかったことは、刑罰こそが暴力を生み出す要因だということだ。



本書の表紙は受刑者たちが肩を組んで円になっている写真が使われているのですが、これはなんとも象徴的。本書で紹介されているアミティのプログラムでは、受刑者同士ないし元受刑者との円環的な対話が特徴となっています。特に幼少期に性的虐待を受けた受刑者は多いようで、本書の中では、受刑者が泣きながら昔の体験を告白するシーンが何度か出てきます。虐待を受けたからといって罪の重さが変わるわけではないと思いますが、「罪と向き合う」上では重要なプロセスであると本書は指摘しています。

日本の刑務所もこのような取り組みは少しずつ始まっているようで、冒頭では「島根あさひ社会復帰センター」の事例が紹介されています。こちらも詳しい話が聞いてみたいですね。

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「この国が忘れていた正義」も関連しておすすめです。比較して読むと面白いです(ブックレビュー)。

アメリカでは性犯罪者、とりわけ子どもを狙う性犯罪者に対しては科学的虚勢(性ホルモン抑制剤の注射)や外科的去勢(睾丸の摘出手術)がおこなわれる。有無をいわさず性衝動を除去してしまうのだ。