タイトル的にライトな内容かと思いきや、非常に骨太で読み応えがある一冊でした。これは多くの人に読んでもらいたい。読書メモをご共有です。




ブラック企業の実態、対処法、提言



・とかく若者の側の主張は「告発」にとどまりがちである。例えば、バブル崩壊が就職を直撃した世代を「ロストジェネレーション」という言葉で表現する若者運動がある。(中略)「ロスジェネ」の告発は確かに社会に一石を投じた意義はあったものの、「告発」であるゆえに社会的な広がりを持たなかった。だから、私はNPOを通じて、相談や告発だけではない問題提起をしたいと考えている。本書で扱う「ブラック企業問題」もこうした視点から「社会問題」として考えたいのだ。

・本書の主題である「ブラック企業」という問題は、以上に述べたような若者雇用問題の流れのなかにあって、新しい問題を提起している。ブラック企業問題の被害の対象は主に正社員だからだ。

・ここで重要なことは、Bさんが、退職するつもりだったにもかかわらず、「診断書がある状態ではたぶん退職させられない」と言われたということである。これは、ほぼ確実にX社が自らの過剰労働やパワーハラスメントを「労働災害」だと理解しており、これを問題にされることを恐れたからだ。そのために「クーリング期間」のように休職させることを企図した措置だったと見てよいだろう。


・これらの共通する特徴は、入社してからも終わらない「選抜」があるということや、会社への極端な「従順さ」を強いられるという点である。また、両者とも新興産業に属しており、自社の成長のためなら、将来ある若い人材をいくらでも犠牲にしていくという姿においても共通している。経営が厳しいから労務管理が劣悪になるのではなく、成長するための当然の条件として、人材の使い潰しが行われる。いくら好景気になろうが、たとえ世界で最大の業績を上げようが、彼らの社員への待遇は変わることがない。

・彼らにとって、新卒、若者の価値は極端に低い。「代わりはいくらでもいる」、取り替えのきく「在庫」にすぎない。大量に採用し、大量に辞めていく。ベルトコンベアーに乗せるかのように、心身を破壊する。これら大量の「資源」があってはじめてブラック企業の労務管理は成立する。「代わりのいる若者」は、ブラック企業の存在基盤なのである。

・「使い捨て」型の「ブラック企業」に関して寄せられる相談では「辞めさせてもらえない」というものが増加している。労働者を安く長く働かせる「ブラック企業」では、労働者が自発的に辞めることが許されない。企業が辞めさせたいと思ったり、労働者が体調を崩したりしたときにはあっさり解雇されるものだが、特に企業の考えていたタイミングの離職でもなく、労働者が「壊れて」いないうちには、ブラック企業は労働者を辞めさせようとしない。

・(自己都合退職の追い込みで)むしろ多いのは、直接「辞めろ」とは言わずに「自分から辞めるしかない」状態へと追い込むことである。絶対にこなすことができないノルマを課し、これができない場合に「能力不足」を執拗に叱責するなどである。(中略)そして、ひとたび鬱状態になれば、「辞めたほうがいいのではないか」という「アドバイス」も親切なものに聞こえてくる。苦しい状況から一刻も早く脱するために、「自己都合退職」の書類にサインする。

・ソフトな退職強要では、あからさまなハラスメント行為は行われず、ただひたすら会社に「居づらくなる」ような方法をとる。例えば、挨拶に返事をしないというのがその典型だ。そのほかにも、例えば、「どうしたいの?」と定期的に言われつづけるという染んだんもあった。

・ブラック企業は冷徹無比に新卒を食い物にしようとしている。私からすると、「ブラック企業でも我慢しろ」という言説のほうがよっぽど「甘い」。ブラック企業が開発した新しい「技術」に対しては、自らも厳しく思考し、戦略を持って臨む必要がある。

・「ブラック企業」に就職した若者たちの間でもう一つ共通しているのは「将来像」が描けないと言うことだ。X社の場合には「店長になりたい」という一心が彼らの過酷な研修・労働を支えていた。そして「店長にならなくていい」と思った瞬間が彼らの心の折れるときであった。先輩社員の働き方や私生活を見て、「あのようになりたくない」と思ってしまうと、もはや気を張って働きつづけることができなくなる。あとはひたすら坂道を転げ落ちるように精神を病んでしまう。将来にわたって過酷な長時間労働を強いられるという絶望感が、彼らをうつ病に罹患せしめたのである。

・ブラック企業が引き起こす第二の社会問題は、新卒の「選別」と「使い捨て」の家庭が社会への費用転嫁として行われることである。(中略)社会全体が引き受けるコストは、うつ病に罹患した際の医療費などのコスト、若年過労死のコスト、労使の信頼関係を破壊したことのコスト、少子化のコスト、またサービスそのものが劣化していくという、あらゆるものに及ぶ。ブラック企業はこれらのコストを社会全体に押し付けることで急成長し、グローバル企業へと羽ばたいていく。

・業務に関連して引き起こされた精神疾患は、本来であれば労働災害であり、責任は原則として企業にある。労災と認められた場合には6ヶ月間の8割の給与保障と、治療費の全額支給が行われる。ところが実際には、ほとんどの業務に起因する精神疾患は、労災保険ではなく健康保険や国民健康保険によって治療される。その結果、ブラック企業による疾病の治療費は、私たち日本社会の成員が全体として負担することになる。こうした個別企業本位のシステムは、ただ乗りという意味での「フリーライド」そのものである。

・最近では健康保険と労災保険の間の「谷間」に労働者が落とされ、どちらを使ってよいかわからないといった相談事例も寄せられている。健康保険を受けていたのに、逆に労災を申請するように迫られて困っている、というような相談もくることがある。制度自体に欠陥があるのだ。

・2012年7月17日付の日経新聞によると、厚生労働省も、こうしたブラック企業の行動と医療費負担の増大の関係を意識しているようである。記事によると、厚生労働省が2010年度の診療報酬明細書を分析したところ「国保は働き盛りの年齢で、医療費が会社員や公務員よりも多い傾向がみられる。「精神・行動障害」「神経疾患」にかかる医療費が特に高い。厚労省保険局は『うつ病を発症して会社を辞めると、国保に入るしかないので、医療費がふくらみやすい』とみている」という。ここでは企業の側も加入し、保険料を折半する健康保険ですらなく、完全に「フリー」な国民健康保険へと負担がしわよせされていることを問題視している。

・「コストの社会への転嫁」の最後に、もう一つ指摘しておきたい。それは、生活保護費の増大との関係である。ブラック企業は、若い正社員を「生活保護予備軍」に加えている。(中略)若年労働者が生活保護へと「転落」する構図は、ほとんどが「うつ病罹患→働けない→生保申請」というルートに整理できるのだ。

・22〜23歳の若者が生活保護に「転落」せざるを得ないというのはとても残酷に思えるかもしれないが、これは現実である。そして、彼らが生活保護に「転落」したとしても、ブラック企業はまったくの素知らぬ顔である。その費用はすべて公費にまわり、社会的非難は生保受給者へと向けられる。

・ブラック企業は少子化の要因にもなっている。「選別」という不安定の中で、若者は将来を描くことができず「使い捨て」という過剰労働は恋愛や出産、子育ての機会を簒奪している。一言で言って、私生活の崩壊を引き起こす。

・ある有名な人事コンサルタントの話はとても印象深かった。採用面接で「環境問題への会社の配慮」や「ワークライフバランスへの取り組み」について質問した学生については、全員不採用としたことがある、というのだ。彼いわく「学生には勘違いをしてもらっては困る。お前たちが企業を選ぶのではない。お前たちが企業でどれだけ利益を出せるか。それが重要なのだ」と。こうした目線に晒されつづけることで、企業を通じた社会貢献の志や、労働条件についてなど「何も言えない、言うべきではない」という思考を身に付けさせられていく。

・政府や社会がブラック企業問題で遅れをとっている最大の要因は、現状に対する認識が誤っているからだ。本書の冒頭で示したように、政府や学者の基本的な思考枠組みは「若者の意識の変化」で雇用問題を捉えるという傾向にある。若年非正規雇用や失業の問題を「フリーター」や「ニート」問題へと矮小化してきたことがそのあらわれである。そして、ブラック企業問題に対しても、彼らは同じように「若者の意識」さえ改善させれば、解決する問題だと考えている。

・まず、日本型雇用の弊害を縮小するためには、労働時間規制や業務命令に対する制約を確立していくことが重要である。特に労働時間規制は、過労死やうつ病の問題を考える上では最も喫緊の課題だといえよう。(中略)EUでは最低休息期間についての制度が整備されており、退社してから次の出社まで、最低連続11時間の休息を義務づけている。

・当面の指揮命令権の制約という意味では、労働時間規制を中心として、パワーハラスメントの防止までを含み「過労死防止基本法」を早期に制定する必要がある。過労死やうつ病を出した企業に対して、国家として厳罰を科していくというのも一つの方法だろう。


強い問題意識を感じる良著です。本書をきっかけに議論が巻き起こってくれることをひとまずは期待です。ホント、ひとりでも多くの人に読んでもらいたいです。

著者の今野さんは、NPO「POSSE」の代表も勤めている方。1983年生まれなので、僕の3つ上。若者世代から問題提起を行うすばらしいプレーヤーです。陰ながら応援しております。