良い記事を見つけました。これはとっても共感。


友達に嫌われるのが怖くて、発信ができない人へ。 - Rail or Fly




「嫌われることを恐れる」という愚考




SNSで自分のブログの更新情報を流すのが怖い。ウザいと思われるのが怖い。

だけど、書ける。それは、「自分を素直に表現すれば、必ず共感してくれる人がいる」ことを、信じているから。その共感を得られる嬉しさが、誰か知っている人間の気持ちを損ねることにより味わう悲しみよりも、大きいからだ。





僕の文章をお読み頂ければお察し頂けると思いますが、僕は嫌われることを、もはや恐れていません。匿名で叩かれるのは常時のことですし、ツイッターやフェイスブックで友人だと思っていた方が、僕の陰口を書いているのを見かけることもままあります。新刊は早速Amazonレビューで叩かれているようです

しかしながら、自分の素を出している以上、嫌われることは当然です。万人に好かれる人間は存在しません。僕がどれだけ品行方正でも、それこそ容姿だけで僕のことを嫌う人すらいるでしょう。あとは話し方とか雰囲気とか。

「私は人から嫌われないようにしているし、嫌われていないと思う」なんて人は、ほとんどの場合、単に嫌われていることに気が付いていないだけでしょう。そのまま勘違いしつづけられれば幸せですが、いずれ気付いてしまうとも思います。




僕は自分のメディアにおいては、空気を読みたくありません。流石に他媒体で書くときは真人間らしく振る舞いますが。ここは僕の素を出せる数少ない場所であり、癒しの場所です。

「自分らしくありたい病」と人は僕を揶揄するかもしれません。でも、別に法律を違反しているわけでもなし、誰に直接的な迷惑を掛けているわけでもなし。逆になぜ僕が、この自分の空間で、自分らしくしていてはいけないのでしょう。ブログなんて嫌なら見なきゃいいのですし。




「嫌われるのが怖い」と感じる人は、大なり小なり、空気を読みつづける人生を送る羽目になるでしょう。

空気を読む生き方がかっこいい、空気を読むのがクールだと思うのなら、僕はそういう生き方を否定するつもりはありません。それは好みの問題です。

でも、「空気を読む生き方」に何がしかの気持ち悪さやダサさを感じるのなら、やっぱり本音は違うのではないでしょうか。「空気を読まない人生」に、僕は間違いなく憧れを抱いています。空気を読んでしまうことは、僕にとって克服すべき強烈なコンプレックスなのです。




「嫌われることを恐れる」のは愚かな考えです。人間どうあっても嫌われます。

人は「あいつはみんなから好かれているから」という理由で人を嫌うことすらあります。一切世の中の人と接触を取らないという生き方ですら、「そういう孤独な人間が社会を貧しくしている」と、誰かの嫌悪の対象になるでしょう。「嫌われたくない」というのは、実現不可能な理想なのです。僕は「嫌われたくない」と思っている人を嫌っています笑




自分らしさを感じる生き方というのは、とても気持ちいいものです。みなさんがよほど特殊でないかぎり、共感してくれる人も現れるはずです。「嫌われてもいい」と思えてはじめて、自分の人生は動き出すのではないでしょうか。ぜひ、恐れず一歩を踏み出してみてください。




そんなことをこちらの記事を読んで考えました。合わせてぜひ。


友達に嫌われるのが怖くて、発信ができない人へ。 - Rail or Fly




関連本。僕はこの本を読んで、人に嫌われるのは当たり前のことだと自覚することができました。