お恥ずかしながら、実は読んでなかったのです。素晴らしい本ですねこれ。ブームになる理由が分かりました、





正義を巡る3つのアプローチ



・この本では、正義に関する3つのアプローチの強みと弱みを探っていく。

・最初に扱うのは福祉の最大化と言う考え方。こうした考え方を検討するために、功利主義を取り上げる。

・次に扱うのは、正義を自由に結びつける様々な理論。正義とは自由及び個人の権利の尊重を意味するという考え方は、現代政治に置いては、福祉の最大化と言う功利主義的理念と少なくとも同じくらいなじみ深い。自由をめぐる政治的議論では、レッセフェール派と、公正派の対立がある。

・最後は、正義は美徳や善き生と深い関係にあるとする理論を取り上げる。道徳を法制化するという考えは、自由主義社会の多くの市民に忌み嫌われている。しかし、正義にかなう社会ではある種の美徳や善き生の概念が肯定されるという考え方は、イデオロギーの枠を超えて政治的な運動や議論に刺激を与えてきた。


かなり長めの本なので、構成が途中で分からなくなりがちですが、本書の議論はこうしたフレームに従って展開されていきます。




最大幸福原理—功利主義



・遭難した4人の船乗りが、飢えの果てに、体調を崩して死にかけていた雑用係の少年を殺し、食料にした。誰も殺されず、食べられなかったら、全員が死んでいた。これをどう裁く?

正しい行いとは「効用」を最大にするあらゆるものだと説いたベンサムは、物乞いを路上から排除するため、報奨金を出し、物乞いを救貧院に閉じ込めることを提案した。これによって、一般の人々が甘受する苦痛や不快の総和は、救貧院に収容される物乞いが感じるすべての不幸よりも大きいと結論付ける。

・功利主義に対する第一の反論は、基本的人権に訴えること。たとえ幸福の町の存続に繫がるとしても、誰かの人権を侵害するのは、多数の幸福のためであろうと間違っている。

・第二の反論は、道徳にまつわるあらゆる事物を、単一の価値の通貨に換算することは不可能だ、ということ。幸福(効用)は計測し、合計し、計算することはできない。

・フィリップ・モリス、フォード、環境保護局は命の値段を計測したがために、道徳上の激しい怒りを買うことになった。

・ミルは功利主義的な考え方に全面的に依拠する形で、効用の問題を捉え直した。効用は個別の問題ごとではなく、長期的観点から最大化すべきだとミルは考える。非国教徒の口を封じることを認めれば、効用はとりあえず最大化するが、長期的に見れば幸福は減少する。

・ミルは「功利主義論」の中で質の高い快楽と質の低い快楽を区別できることを示そうとした。あらゆる価値は単一の尺度で吐かれるし、比較できるというベンサムの信念に基づいている。ミルはきわめて優秀な人でも「ときには、誘惑に負けて」質の高い快楽寄り質の低い快楽を優先することがあるのを認めている。だからといって、レンブラントとテレビの再放送番組の違いが分からないということでもない。「満足した豚であるより、不満足な人間である方がよく、満足した愚か者であるより、不満足なソクラテスである方が良い」。





自由にまつわる議論



・自由至上主義(リバタリアン)の思想。どの人間も、他人が同じことをする権利を尊重する限り、みずからが所有するものを使って、みずからが望むいかなることをも行うことが許される権利を有する。リバタリアンは、シードベルト着用義務やヘルメット着用義務のような「パターナリズム(父親的温情主義)」や、道徳的法律(合意があれば売春も許される)、所得や富の再分配を拒否する。

・貧しいものを助けるために富めるものに課税することは、富めるものの権利を侵害する。「働いて得た所得に対する課税は強制労働と同じである(ノージック)」。

リバタリアンの原理はどこまで容認できるかを考える事例。臓器の売買。幇助自殺。合意による食人。金をもらっての妊娠。代理母。

・エリザベス・アンダーソンは代理母契約は子どもと出産をあたかも商品のように扱うことによっておとしめるものだとしている。彼の考え方では、「金銭で買うべきではないものがある」。

・カントは「人間が動物と同じように快楽を求め、苦痛を避けようとしているときは、本当の意味で自由に行動していない」と説く。ある行為が道徳的かどうかを知るためには、行動の結果ではなく、動機を見ることが重要。

・カントは「常に真実を語ることは、いかなる都合も認めず、つねに例外なく適用される神聖な理性の法則なのだ」としている。では、アンネ・フランクを探しているナチスに嘘をつくのは誤りか。「ここにはいない」という「真っ赤な嘘」を付くのは道徳的に正しくないが、「1年前にこの近くで見かけた」という厳密には真実だが誤解を招く表現(罪の無い嘘)は道徳的に正しい。






美徳を巡る議論



・脳性麻痺の、車椅子に乗っているチアリーダーのコーリー・スマートは、選手たちを鼓舞することに成功していたが、他のメンバーの親から反発され、チームからおろされてしまった。その理由は、開脚や宙返りといった体操の演技がコーリーにはできないから。この問題には「チアリーディングの目的は何なのか」「コーリーを褒め称えることは、他のメンバーの名誉(技術、努力)を脅かすことになる(何を賞賛と見返りに値する美徳と考えるか)」といった問いが含まれている。

・「正義は目的に関わる。正しさを定義するには、問題となる社会的営みの「目的(テロス)」を知らなければならない」「正義は名誉にかかわる。ある営みのテロスについて考えることは、少なくとも部分的には、その営みが賞賛し、報いを与える美徳は何かを考え、論じることである」(アリストテレス)。

・ものの正しい分配方法を決めるためには、分配されるもののテロスすなわち目的を調べなくてはならないというのが、アリストテレスの言い分である。

正義にかなう社会は、ただ効用を最大化したり、選択の自由を保障したりするだけでは達成できない。正義にかなう社会を達成するためには。善き生の意味をわれわれがともに考え、避けられない不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはならない。






ベストセラー本の割に、かなりハードな読み応えで驚きました。読了まで5時間ほど掛かりました。

「いまを生き延びるための哲学」という副題にもある通り、studygift騒動、生活保護騒動、ネットワークビジネス騒動など、今まさにテーマとなっている議論の示唆をもらえる良著です。まだお読みになっていない方はぜひ。廉価(945円)の文庫版も出ています。







こちらも素晴らしい一冊(書評)。合わせてぜひ。時間を取って読む価値はあります。