Archive for February, 2010

ソーシャルメディアは新たな「接点」

ソーシャルメディアマーケティング | Posted by IHayato
Feb 26 2010

まだまだ浅いですが、ほんの少しだけ企業・個人のソーシャルメディア利用についての考えが深まりました。

「ソーシャルメディア」と言うと何だかよく分からないですが、ソーシャルメディアは新しい「接点」だ、と考えると理解しやすいのではないでしょうか。漠然とした表現ですが、職場で投げかけられた「ソーシャルメディアって結局何なの?」という問いに対して、ふと「新しく生まれた接点だと思います」と答えた経験から語っています。

この考えに至るまで(大した考えではないですが)に、様々な方の言葉の影響を受けています。
まず刺激を頂いたのはsmashmediaの河野さんの、当ブログへのコメント。ソーシャルメディア施策のKPIについて考えていた際の記事でした。

そもそもお客さまに「ありがとうございました」とお礼を伝えることに
KPIなんてのはないはずで、むしろ“やらなきゃいけないこと”だと思ってます。
少なくともブックオフオンラインはECなので、店舗のように直接お礼を伝えることが
できるようになったことに感謝しているし、それを積極的に活用しようとしています。



特に、直接お礼が「できるようになった」という視点は、僕のような経験の浅い人間には刺激的でした。「やりたかったけど、できなかったこと」が、ソーシャルメディアの登場でできるようになった。ツイッターで能動的にクレームを吸い上げるなんて手法も、「できるようになった」類のものですよね。「WEBサイト使いにくい」「マニュアル分かりにくい」など、今までではカスタマーサポートまで上がってこなかったような顧客の不満が、ツイッター上には数多く見られます(一方で、今まで聞けなかったポジティブな言葉もたくさん聞くことができるようになっています)。


そして、同じく河野さんが書かれたブログ記事。

お客さんにお礼を言うのにKPIはいらない

普通にレジで、あるいは帰る際に「ありがとうございました」とお礼を述べることにKPIを定める企業がいないように、ソーシャルメディアであっても、その目的が本当の意味での「コミュニケーション」であり「カンバセーション」であるならば、KPIなんてのは定めようがない。

本当にごもっとも、組織の中で「ソーシャルメディア?それ、どうやって金銭換算できるの?」と問われ、自問自答してきた身としては、この言葉に視界がぱっと開けた感覚すら覚えました。もちろん効果測定から逃げるわけではありませんが、喫煙室のコミュニケ―ションや忘年会が金銭に換算できないように、WEBだから、ソーシャルメディアだからといって全てについてKPIを考えようとすることは、そもそも不可能ですし、ズレているアプローチなのでしょう(精神的にもどんづまりに陥ってしまいます)。


また、@andvertさんの記事も非常に示唆に富みます。


企業の「人間性」という観点から、ソーシャルメディアマーケティングを解釈してみる

確かに現段階では、大企業の中でソーシャルメディアを使っていくためには、これまで示したような「人間性」などという曖昧な理由では難しいかもしれません。
売上目標などの明確な理由が無ければ、会社としての許可が下しにくいという意見もあるでしょう。
また「ソーシャルメディア」という定義もまだ人によって違ったり、使うサービスによっても戦略が全く変わるなど、理解しにくい側面があることも否めません。
しかしそれでも、ソーシャルメディアの利用を検討する最には、そんな企業の人間性の部分を考えてみてもいいんじゃないかと思うのです。

「人間性」を考慮するとなると、やはり短期的なKPIの追求は難しいですし、相応しくなさそうです。とはいえ、本文中にも「会社が許可しにくい」という言葉もありますが、稟議を通す上でどこかで効果測定が問題になるから難しいのですが…(上層部の理解が必要なのでしょう)。

ソーシャルメディアだツイッターだ、というと何だか全く新しい、ゼロから始めるもののような感じを抱いてしまいますが、ただ新しい「接点」が生まれただけであって、その接点で一体何を提供するか、という話なんだと思います。

そしてその接点で提供できるものは、ツイッター限定タイムセールといった目新しいものに限らず、河野さん、andvertさんが仰っているような「お礼」や「人間性」と言った、ごく基本的なものも含まれるのでしょう。「効果は測れないけど重要なこと」はソーシャルメディア登場以前にも、当然、数多く取組んできているはずです(企業の広報活動なんて概ねそうだと思います)。

ソーシャルメディアという新たに生まれた「接点」で、企業や個人は、フォロワーや社会に何を提供できるのか、改めて考えたいと思いました。



さて、何ができるかと考えていくと、ツイッターのツールとしての可能性の高さに、こちらも改めて気付きます。この点は昨晩@noritakahiroさん、@kiyomimiさんからもご指摘を頂きました。

賛成。定義したいのはその定義でビジネスしたい人たちじゃない?って思う。役割定義するとツールの可能性を削ぐ。RT @kiyomimi: twitterはおそろしくシンプルなツールだから、用途を定義しすぎずに柔軟に使えた人の勝ちだ @IHayato: @umetaku1
http://twitter.com/noritakahiro/statuses/9620553679



ツイッターを始めとするソーシャルメディアは、新たな「接点」を生みました。その新たな「接点」で、各企業、各個人は何を提供できるのか。人間性か、タイムセールか、価値あるコンテンツか、社会貢献か…選択肢は本当に広いです。思考が制約されぬよう、様々な可能性を追求して行きたいです。


と、まぁ何だか漠然としたポストで、まだまだ考えなくてはならないことだらけなのですが、walk the walkの精神で3月からも頑張りたいと思います。僕が発信する情報の価値と明確に関わってくるので、これは後日しっかりと書きますが、3月からは新しい職場で働くことになっています。引き続きよろしくお願いいたします。




<追記>英文ですが、この記事もKPIについて考える上で参考になりそうです。
Relief from your Social Media ROI Angst

(個人的メモ)アテンションとリソースの管理

雑記 | Posted by IHayato
Feb 19 2010

ちょっと情報発信にリソースを割きすぎていた、と思わせられた出来事がありました。

ツイッターとブログは大変楽しいもので、やればやるほど新たな人との繋がりが生まれ、行動の選択肢が増えていきます。僕のような若い人間としては、ちょっと考えられないくらい、色々なプロジェクトに参加できる状態になってしまいました。

そうなってくると、やりたいことがありすぎてリソースが足りなくなります。一方で、新たなコネクションを日々作っている自分がいるわけで、なんだかバランスがおかしくなってきています。

で、昨日、そのことに気付く決定的なミスを犯してしまいました。選択肢を広げるあまり肝心の「やるべきこと」へのアテンションが落ちていたようです。完全に、なるべくしてなった事態です。

処理限界まで、選択肢は揃いました。これ以上選択肢を増やさないことが、今は必要な気がします。可能性を削ぐようですが、不必要に選択肢を増やすのもまたリスキーです。同時にいくつかのことを進めるのは難しいです。


と、言うわけで「つながること」を目的にした情報発信は少し抑えていこうかな、と考えています。言い換えればソーシャルじゃなくなることなので、それはそれで問題かも知れませんが、適度にソーシャル度は保っていきます。
また、オフラインでの活動にも力を入れたいです。そっちのソーシャルを暫くは重視したいです。ソーシャルメディアを使わずとも、ソーシャルにはなれるのですから。

(オフラインと言えば、宣伝になりますが、3/9に「ソーシャルメディア×社会貢献」がテーマの講演にパネリストの一人と登壇します。もしご興味があればいらしてください。企業のCSRやSMM施策とも絡んでくるであろう、これから熱いテーマです。場所は東京都千代田区です。)


タイムリーなことに、Mashableに「ソーシャルメディアにおけるアテンションを管理する4つのステップ」という記事がありました。これって割と共通の課題なんですね。こちらもご興味のある方は是非。


ソーシャルメディアは本当に難しい道具です。最適なリソース配分とアテンションの管理を意識し、頑張ります。

(メモ)効果測定とビジネスの目的

ソーシャルメディアマーケティング | Posted by IHayato
Feb 18 2010

研究会で@nshojiさんが仰っていた話が、大変興味深かったのでメモ。まだまだ固まっていない考えです。

ビジネス・オブジェクティブが明確であれば、KPIも明確になる。

(間違ってたらすみません。時間が経っているので違うかも…。)


この言葉は「ザッポスの奇跡(書評へリンク)」を思い出させるものです。ザッポスは「Wow!(=感動)」を、コールセンター業務における至上の効果測定指標として捉え、従来的な「対応時間」などの指標は完全に無視していたそうです。

仰る通り、効果測定指標というものは、事業の目的と明確に関連するもので、本来そうあるべきものなのかも知れません。

例えば、最近度々引用させて頂いているsmashmediaの河野さんはマーケティングは「最愛」に執着していくべき、とした上で、軟式アカウントについてこのように述べています。

All You Need Is Love.
この「もっとも愛される」ための活動・方法論を考えたときに、Twitterで言われてる「軟式アカウント」なんてのも、この愛されるための手段・手法のひとつなのだろうかと思ってみたり。ただこのへんは個別最適では破綻するので、全体最適をにらんで動かないといけないんだけど。

これは仮定ですが、軟式アカウントを運用する目的を「最愛の獲得」としたとするのなら、その至上のKPIは「友達になれた人の数」なのかも知れません。
フォロワー数やRT回数などは重視せず、「どれだけ多くの人と友達のように馴れ合うことができたか」ということを至上のKPIとして捉える、極端で嫌味ったらしい例ですが、ビジネスオブジェクティブと一致しているという意味では、こういう解釈もありだと思います。(この例では、それが究極的なビジネスの目的である「売上げの向上」に繋がるとは思えませんが…。)

ソーシャルメディア施策の効果測定をどうするか、というのは本当に課題です。これに関しては本当に様々な選択肢があり、僕のブログでも効果測定指標を100個、翻訳・紹介させていただきました。

僕自身も所属企業の中で、これは課題でした。解決しないまま転職することになりましたが、転職先でも引き続き考えなくてはいけない課題です。

そんな風に思っている中で、「ビジネス・オブジェクティブが明確であれば、KPIも明確になる」というお話を頂けたことは、一つの光明です。具体的にどう、という話にはまだ繋げることができないのですが、勉強と体験を重ねて何か良い方策を導き出したいです。

またまた河野さんですが(信者みたいですが、他意はありません)、「聞くべき不満と無視すべき不満」という記事を思い出します。“逃げ”のように聞こえてしまいそうですが、施策の目的に合わせて「見るべきKPIと無視すべきKPI」を設定するのも、ザッポスが「対応時間」という指標を無視したように、アプローチとしてはありなのかな、と思います(無視す“べき”は、ちょっと言いすぎか)。

こうした話をする背景には、そうでもしないと施策を始められない、という思い(苛立ち)もあります。FordのFiestaMovementキャンペーンの効果測定手法を見ても、キャンペーンをある程度動かしてようやく、Before/Afterとして効果を提示できている、という場合も数多くあります。


KPIを事前に明示するのか、それとも施策を動き出してBefore/Afterとして効果を提示するのか、この差は大きい気がします。

無論、求められる効果測定指標(特に金銭換算)を事前に提示することは重要です。「まぁ半年やってみれば分かるよ!」じゃ誰も説得できないでしょう。が、短期的な指標に捉われるあまり、動きが遅くなるのも一方で考えものでしょう(実体験から)。

なんだか愚痴のようになってしまいましたが、効果測定は深く深く考えなくてはいけない課題です。ということで、どうぞお一つ…。
本当にこれは悩みです。あまり効果測定の話は出てこない気がするので、有識者の見解が聞きたい。

マイクロボランティアという発想

ソーシャルメディアと社会貢献 | Posted by IHayato
Feb 18 2010

個人的にいつも示唆を頂いている、大柴ひさみ(@hisamioh )さんのツイート。

オンラインは常にパブリックだという意識があるので自戒しています。Pingdomによると2010年1月月間Tweet数は12億を超えています。この無料サービスにかかる莫大なエネルギー消費の負荷を考えると、「カレー食べた」的なものは避けたいと思っています(笑)。
http://twitter.com/hisamioh/status/9238913883

面白い視点だと感じました。

言葉は悪いですが、ツイッターの登場によって人がいかに時間を「無駄に」使っているかが明らかになったのではないでしょうか。もちろんこの指摘には注意書きが必要で、僕は「カレー食べた」を批判するつもりはありませんし、そういう無駄があるからツイッターという空間が面白いのだとも思います。また、大柴さんも軽い口調で語っているように、その無駄を本気でどうにかしてやろう!というのは不毛なアプローチだと思います。ツイッターをやっていようがいまいが、時間なんて無駄にしているものです。


じゃあ何の話だよ、というと「マイクロボランティア」という手法はその「無駄」を生かすために非常に面白いなぁ、と改めて思うわけです。


まだまだ一般的でない「マイクロボランティア」という言葉を知るには、@kiffistさんの紹介してくれている実例を見て頂くほうが早いです。

iPhoneでハイチの救援活動に参加できる(PCでもできます)! 行方不明者ヲ発見セヨ!

分単位でボランティアに参加できてしまうんですね。電車の待ち時間に携帯電話でボランティア。これってすごく革新的だと思います。人々の無駄な時間の数%程度でも、マイクロな形で社会に還元することができれば、ものすごいインパクトになりそうです。

「クラウド×教育」のテーマを追求している@takashi413君にも先日話したのですが、この「分単位で参加できる」というのは、インセンティブの問題さえ解決できれば、ビジネスにも十分応用できる話だと思います。


例えば「マイクロ家庭教師サービス」と銘打って、分単位で生徒のテストの採点やアドバイスを行うことができるようになれば、中々面白そうです。大学生がちょっとした空き時間に、生徒のテストを採点して、コーヒー代を稼ぐ。金銭的なインセンティブだけではなく、評価機能なんかも付けて、質の高い採点とアドバイスを行う教師には「評判」という貨幣も与えられる。その評判は生徒の親の目に触れることにもなり、オファーが増えればオークション式に時給が上昇する。時給アップをモチベーションに、さらにマイクロな時間を費やすようになる。…なんてサービスがあっても面白いのでは。


マイクロな参加を呼びかけるには、インセンティブの問題は解決しなくてはならないでしょう。金銭的であれ、評判であれ。今は「ボランティア」という言葉で、お茶を濁されていますが、「分単位の参加」という発想はビジネスに応用可能なものとして注目しています。

「マイクロ」を使うことができる業種やサービスは限られそうですが、きっとこれから「来る」手法なのではないでしょうか。というか、僕が考えるくらいだから、もう既にあるでしょう。色々なことが可能になっていく、つくづく面白い時代です。



<追記>
宣伝というか、応援です。大柴ひさみさんが講演のセミナーが、3/11日に行われます。僕も観客として参加予定です。米国最先端を肌で感じている方の講演は貴重なので、価値はありと踏んでいます。

「ツイッター7つの仮説」とソーシャルメディアでの議論のあり方

Twitter | Posted by IHayato
Feb 18 2010

■グロービス堀義人ブログ: ■ツイッター7つの仮説

twitterに関する面白い記事を書いてたので突っ込みなど|堀江貴文オフィシャルブログ

「ツイッター7つの仮説」について >> 経済学101

この一連のポスト、すごく面白いです。素晴らしい記事の紹介と、自分の考えを固める意味を込めて、僕も思うところを書いてみます。ぜひ、皆さまもご自身の考えを作るきっかけとしてどうぞ。


仮説1:ITの進化に伴い、議論の質が下がる。

これは大変興味があるテーマ。「ツイッターと衆愚」という記事でも、思うところを書かせていただきました。
この点に関しては「WEBでの発言に責任を負う人がどれだけ増えるか」というのがポイントになるのではないか、と思います。
また、責任を負う人が増えるためには「WEBでの活動が実ビジネスに繋がるようになる」必要があるでしょう。WEB上でのアイデンティティを確立し、セルフブランディングを行う人が増えていけば、最先端で行われる議論はより生産的になると考えます。(僕自身、ツイッターとブログで転職が決まりましたし、WEBでの活動がビジネスにつながるという傾向は着実に進んでいます。)
もっとも、全ての人がそうなるわけではないので、2chのような「無責任な」空間は存在し続けるでしょうし、存在意義もあるでしょう(むしろ高まっていくのかも)。
「ITの進化」「議論の質」という言葉も捉える幅が広いので、断定口調になるのは良くないですが、「ツイッターやブログの登場」「セルフブランディングを実践している人の増加(WEB活動がビジネスにつながるようになっていること)」によって、議論の質は上がっていると僕は感じています。




仮説2:一方では、訴求力・リアルタイム性が抜群に上がる。ツイッター(SNS)、ブログ、動画などの組み合わせにより、よりパワフルな発信力を個人が持つようになる。

ホリエモン、青木さん同様、このことはむしろ議論の質を向上させると思います。

受け手を増やす一番まっとうな方法は価値を提供することで、これは議論の質の向上につながる。

「ツイッター7つの仮説」について >> 経済学101

仮説1.と繋がってくる話だと思います。セルフブランディングをしたいなら、価値のある情報を発信しなくてはいけません。自分のために、生産的な議論をしなくてはならないのです。




仮説3:知のインプットの時間が減るので、人々は扇動されやすくなる。
青木さんの下記の指摘には強く同意します。僕自身も社会貢献分野の話は、ツイッターを始めてから興味を持ちました。

次に、Twitterを通じて普段目にしない分野の知識を得ることは多い。私はTwitterを始めるまでBI・BOP・社会起業とかいう言葉とは無縁だった(というと驚かれる)。そもそも聞いたことのない事柄に関してインプットするのは難しい。Twitterを含めたソーシャルメディアは検索エンジンやRSSを代替こそしないが、それに並ぶ新しい情報のアグリゲーターとなっている。これは知のインプットそのものだ。
「ツイッター7つの仮説」について >> 経済学101

インプットの時間が減るという指摘は、使い方によっては当てはまるかも知れませんが、やはり使い方によっては、新たな学びの機会を得ることも可能です。
ただ、一方で煽られやすくなることも確かだと思います。特にツイッターでは脊髄反射的に「つぶやいて」しまいますから。
この点は、@kosuke_ichikawaさんの「いちユーザーとしての、ソーシャルメディアとの付き合い方と責任について」なんて記事が示唆に富みます。




仮説4:パーソナルな情報がマスメディアを凌駕する。
見識不足で僕には深く語れない話。
量的には間違いなく凌駕すると思います。質的には、というと検討が必要で、マスメディアの情報は依然必要とされ続けるでしょうね。




仮説5:コミュニケーション依存症(ジャンキー)が増え、物理的交流の機会が減る。
そういう人も数%は確かに出てくるとは思いますが、多数がそうであるはずはなくて(アルコール依存症、オンラインゲーム依存症とか)、参加者の割合で見れば物理的交流の機会は増えると考えます。
個人的な体験としても、これは確実で、交流機会は増えまくりです(今週は毎日、ツイッター経由で知り合った人とミーティングしてます)。また、少なくとも現段階で僕は「コミュニケーション・ジャンキー」のような方はお目にかかったことがありません。これは調査してみると面白いテーマですね。

仮説6:ツイッターのフォロワーは、共感、情報、知恵などの全人格的な面白み(エンターテインメント性)を求める。
青木さんの言葉ばっかりですが、これも同感です。

YesでありNoだ。Twitterでどのような面白みを提供するかは本人の選択だ。「ツイッター7つの仮説」について >> 経済学101

僕個人としては、これはYesですし、「全人格的な面白み」をある程度意識して取組んでいます。




仮説7:最終的には、ツイッターも駆逐される。
同感です。
ちょっと関係ありませんが、昨今のツイッターバブルに対して、冷静な視点を持つことは必要だと思います。個人レベルなら良いですが、組織で利用するとなると、過大評価するのは危険でしょう(コメント欄にて河野さん(@smashmedia)から「ツイッターはメルマガ程度だという認識をまずは持つべき」という言葉を頂き、共感しました)。





議論という言葉を結構使っていますが、誰が正しくて誰が間違っているか、という方向は望ましくないと考えています。「多様な考えが利用可能になっていること」のメリットに、目を向ける方が生産的でしょう。

こちらも河野さんの言葉ですが、大変学ばせていただいたので、引用させていただきます。

ソーシャルメディアを恐れたっていいじゃん、だって怖いんだもの

あと「議論が必要」ってのも(わかんなくはないけど)ぼくはあんまり乗り気じゃない。というのも議論というのはやっぱりどっちが正しいかを決めようとする場のチカラが働いちゃうので、洗脳されちゃいそう。
勝ち負けを無視した雑談に近い意見交換くらいでいいと思う。一方的に聞かせてもらって、それをもとに考えるのもいいかも(ま、そんな奇特な方がいればの話だけど、ぼくはいろんな人の話は聞いてみたいなあ)。



発端の堀さんが「仮説」という言葉を使ってくださっているあたり、流石だなと思います。今回のような「仮説」をベースに、様々な意見が利用可能になり、個人レベル・業界レベルで理論を深めることができる…素晴らしい時代だと思います。ソーシャルメディアが可能にした「availability(利用可能性)の向上」を、ポジティブな方向で活用していきたいです。

(メモ)ネット家電ってどうなのよ

Uncategorized | Posted by IHayato
Feb 17 2010

ソーシャルメディア研究会、懇親会で盛り上がった話題が面白かったのでメモ。

ネット家電ってどうなのよ、という話です。



当時の議論を勝手にまとめると:

・ネットにつながること自体に価値があるわけではない。

・つながることで、どんなコンテンツが利用可能になるのか、が重要。

・エアコンや湯沸かし器がネットに繋がることは、外出先から操作可能になったり、色々と便利かもしれないが、ソーシャルグラフを活かすことはできない。

・ネットにつながることと、ソーシャルであることは全然別。

・ソーシャルグラフが有効に使える家電製品は、テレビやオーディオくらい?

・ネット家電のアーリーアダプターは主婦層や高齢者層からかも。

・5年前にもネット家電はあったが、今は当時に比べて、通信費用や部品価格が圧倒的に低い。将来的には「つながること」はコスト面では「気にならないくらいに安くなる」のでは。

・無線タグが気にならないくらいに安くなれば、利用可能な情報が格段に増える(食料品や医療費にまで、読み取り可能なデジタル情報が付与される)。それは今までにない利便を提供してくれないだろうか。



他にも色々と楽しい議論がありました。時間があれば書き落とそうと思います。


andvertさん、rrutanさん、tokotoko_pくん、ichiharaくん、gk_yくん、大変楽しかったです。有難うございました。)



もし研究会に興味を持たれた方がいらっしゃったら、とても嬉しいのですが、現在新規受付を募集していません(ごめんなさい…)。今後、新規募集も受け付けて、もっともっとオープンにして行きたいと考えています。今のままでは全然ソーシャルじゃないソーシャルメディア研究会になってしまっているので…。

セルフブランディングという言葉

セルフブランディング | Posted by IHayato
Feb 17 2010

前の記事に続いて、言葉の違和感についてのお話。

個人的には「セルフブランディング」という言葉に違和感は感じていなかったのですが、どうもこの言葉に、どこか引っかかる人がいるようです(そうした方を批判しているつもりは毛頭ありません、念のため…)。

僕はセルフブランディングについては、肯定派です。社会人であれ、学生であれ、現状をもっと良くしたいと考えているなら取組む価値のある課題です。もちろん全ての人ができるとは思ってはいませんが、基本的にはオススメしたいと考えています。

iPhoneとTwitterと”新聞テレビ断末魔”と”セルフブランディング”

そんな状況の中、ぼくらはiPhoneを手にしてTwitterで”ひとびと”とつながった。そして『ネットがあれば履歴書はいらない』から”セルフブランディング”という啓示を受けた。

“セルフブランディング”は決して、フリーランスになろう独立しよう、と言っているわけではない。これからは、会社にいてもセルフブランディングした方がいいよ、ネットの中での”じぶん”を確立していった方がいいよ、と説いている。会社員も、会社員である前に”ナニノナニガシ”さんなのだから、と、言っている。

ぼくたちはもはや、会社員である前に、個人なのだ。

この記事は非常に刺激的です。セルフブランディングという言葉に興味があれば、是非ご一読いただきたい内容です。


セルフブランディングにおいて重要なのは、自分がどういう「価値」を提供できるか、だと思います。
いみじくも、今日出会った起業家の学生、廣瀬高志君が(@takashi413)良いツイートをしてくれています。

今日思った仮説。「今就活してる大学3年生は、三井物産で10年働くより、10年間ひたすらスワヒリ語を勉強して『アフリカと日本なら自分』ブランディングをしていくほうが10年後の年収が高い」

http://twitter.com/takashi413/status/9206851907

オリジナリティのあるテーマを掲げて、それに見合った活動をして、自分をブランド化していく…普通に大企業に勤めるよりも、年収は確かに高くなるかも知れません(セルフブランディングは勤めながらでも勿論可能ですが)。


セルフブランディングという言葉の違和感は、もしかしたら「中身のないブランディング」への懸念から生じているのかも知れません。僕自身、特に学生にセルフブランディングを勧める機会がしばしばあるのですが、その場合は「セルフブランディングはまずコンテンツありき。オフラインの体験があって初めて可能です」と伝えるようにしています。

佐々木さんが刺激的な新書を出版なさったように「セルフブランディング」はこれからの時代、一つのキーワードになるだろうと考えています。そうした信念の下、僕自身もセルフブランディングに力を入れています。まだまだ実験途中ですが、かなり良い成果を得ることができています(転職が決まりましたし、ソーシャルメディアを通じて様々な人とつながることができました)。

セルフブランディングは素晴らしい活動ですが、言葉が独り歩きするのは、望ましくないです。「体験」と「熱意」が必要ですし、情報発信のための「技術」と「時間」も必要です決してハードルは高いものではないですが、楽な道ではないとも思います。

例えば、セルフブランディングには、何かしらのテーマを掲げる必要があります。僕は不相応ながらも「日本にソーシャルメディアの風を!」というものを掲げています。テーマを掲げるには覚悟が必要ですし、何よりテーマに見合った活動や能力が求められます。
「すごいテーマを掲げてるけど、ただPCの前でカタカタやってるだけじゃん」「情報発信はすごいけど、オフラインで会ったら全然仕事ができないやつだった」…なんてことではダメなわけです(自戒を込めて)。

セルフブランディングはオススメします。が、楽な道ではありません。それを理解した上で、ソーシャルメディアを用いてセルフブランディングを実践していきたい方がいらっしゃいましたら、是非ともに頑張って行きましょう。


実験段階ですが「セルフブランディングのためのツイッター利用マニュアル」というものも作成しています。何かのご参考になればこちらも是非。自分で言うのもなんですが、本気でやるならかなりストイックに使っていくことが求められそうです。

(雑記)「ソーシャルメディアマーケティング」という言葉

ソーシャルメディアマーケティング | Posted by IHayato
Feb 17 2010

マーケティングとは何か、という大きな疑問にぶつかっています。
無論、答えを見つけるにはまだまだ時間が掛かるはずなので、多くの体験を積み、先駆者たちの言葉を参考に、長い目で取組んで行きたいと考えています。


さて、昨日はソーシャルメディア研究会を執り行い、プロの視点から刺激的な言葉を頂くことができました。

非常に刺激的だったのは「マーケティングとは“営業をしないでも売れる仕組みを作り出すこと”」という言葉です(@tadafusahondaさん、間違ってたら申し訳ありません)。

まだまだその言葉を表面的にしか捉えることはできていないのですが、少ない経験からも、すごく腑に落ちる言葉だと感じました。どう料理して良いか分からないけれど、素晴らしい食材を頂いたような気分で、しっかりとこの言葉を調理し、咀嚼できるようになりたいです。

そんな風に思っていたら、smashmediaの河野さんがこんな記事を。サイトのタイトルも「マーケティングis.jp」で、今の僕に相応しいような気がしました。

最愛を目指せ

そしていま、格安ジーンズに代表されるように、それなりの品質の商品がいずれも低価格で提供されるようになってくると、価格さえもが差別化要因になり得ず、どこで買うのか――つまりショップやブランドへの信頼や愛着――が最重要項目になっていくと思われます。

(中略)

結論ありきな展開ですが、ぼくは多くの企業にとって「最愛」こそが会社を生き延びさせる唯一の道だと思っています。そしてその実行手段としてのITやインターネットやソーシャルメディアは大きな可能性を秘めているとも思っています。

「ソーシャルメディアマーケティング」という言葉には、最近かなり違和感を覚えていました。ソーシャルという言葉にも、メディアという言葉にも、マーケティングと言う言葉にも。
僕は今のところ「ソーシャルメディアマーケティング」とは「“個”との関係構築を行うこと」というような認識を抱いているのですが、それを「マーケティング」と呼んで良いものか、確固たる意見を持てていないのが現状です(なので最近は「ソーシャルメディアマーケティング」という言葉は極力使わないようにしていました)。

(余談ですが、@tadafusahondaさんからは「ソーシャルメディア“ほにゃらら”」を自分で作ってしまえ、というアドバイスを頂きました。勝手に言葉を作るつもりはありませんが、いっそそういうアプローチを取る必要がある、というお話でしょうね。つまらない冗談ですが、メディアという部分にも疑問がありますし、「ソーシャルほにゃららほにゃらら」を作り出した方が良いのかも?)

そんな中、河野さんが「最愛」の重要さを説いた上で、「最愛」を獲得するために「ITやインターネットやソーシャルメディアは大きな可能性を秘めている」と語っていることは、「マーケティングとは何か」「ソーシャルメディアを企業が使う目的は何なのか」という疑問を抱えている自分にとって、大変示唆に富んでいます。

河野さんの言葉の繰り返しになりますが、マーケティング活動の目的の一部が「最愛」を獲得することなら、ソーシャルメディアマーケティングは「最愛」を獲得するための一つの手法(あくまで、数ある選択肢の中の一つです)だと定義付けることができそうです。まだまだ僕にとっては体験を伴わない理論なので、体験を通して確信に変えて行きたいと思います。それでもマーケティングとは何か、という答えにはまだ届きそうにありません。難しい問いです。


と、何だか所信表明のようになってしまいました…。「ソーシャルメディアマーケティング」という言葉について、知恵を頂きながら・自ら体験しながら、追求して行きたいです。

大企業のソーシャルメディア利用、「事後調整型」もあり?

ソーシャルメディアマーケティング | Posted by IHayato
Feb 16 2010

クマムラゴウスケ(@gosuke)さんの素晴らしい記事に触発されて。

ソーシャルメディアマーケティング for 大企業 – 2

いわゆる大企業におけるソーシャル メディア マーケティング戦略の “はじめの一歩”。この最大のポイントなのだけれども、コレは、誤解を恐れず一言で言い切るならば、 “Internal Communication を徹底するコト” にあるのではないかと思っている。コレは “ステークホルダー、担当者等、いわゆる人数に反映される規模” に対して的確なアクションを行うために不可欠なモノだと言ってもいいだろう。

ゴウスケさんは内部調整の重要さについて説かれています。これについては本当に同意でして、ソーシャルメディアに企業として関わる場合は、他部署との連携は必須です。簡単な例を挙げれば、ツイッターをモニタリングしていて見つけたクレームに、能動的に対応しようとしても「それはカスタマーサポートの領分だし…」「勝手に改善を約束して、責任取れるの?」なんてことになってしまいます。

部署間の調整は絶対に必要である一方で、大企業においては、その調整に相当な時間が掛かることもまた事実です。


そして、その調整をしている間に、非公式のコミュニティがファンによって作られてしまうのも、それはそれでリスクだと考えています(この考えは、一面として「企業のエゴ」でもあります。<追記>参照。しかし、後述しますが、活性化したコミュニティがまだ存在しない場合は、先んじて公式を作ることは社内調整において良い面があります)。


特にFacebookにおいては、先に生まれた非公式ページの方が公式よりファン数が多く、盛り上がっているケースもしばしば見られます。活性化している非公式Facebookページは悪いものではない(むしろ利用していくべき)と思いますが、まだ活性化した非公式ページが存在していない段階なら、それに先んじて公式ページをスタートさせることは、「社内調整のための事例創出」と言う意味でも有効な選択肢になり得ると思います。
実際に、僕の場合は良い事例を得ることができました。「先に作られると困るから」という言い訳のもと実際に動き出していて、成果もある程度出ているので、社内調整もやりやすかったです(ややリスキーなアプローチですが、もちろん熟慮した上、部署内でコンセンサスを得た上で、取組みました)。



と、「Facebook」と強調しているように、この指摘(「社内調整はさておき、非公式に先んじて公式をスタートさせるのも良い選択肢」)は、実体験に基づく、あくまでFacebookについての話です。他の企業や他のソーシャルメディアサイトとなると、やはりケースバイケースですので、ニッチな事例程度で認識していただきたいです。

ただ、社内調整はさておいて、とりあえず部内レベルのテストとして…というのは黎明期のツイッターアカウントにおいては、良く見られた手法です(というか、十分に部署間の調整を行えたケースの方が少ないでしょう)。黎明期において、「事後調整型」の手法がある程度有効であったことは、その頃から参加しているいくつかの企業公式ツイッターアカウントが、現在成功を収めていることからも分かるかと思います。確信はありませんが、スタート時点ではガイドラインの整備や関係部門との調整は十分に行われてなかったのだろうと思います。

つらつらと書きましたが、何かと言えば、大企業(特に国内企業)においては社内調整にはどうしても時間が掛かります。一方で、ゴウスケさんが指摘なさっているように、調整は絶対に必要ですし、ファーストステップとして非常に重要です。
しかしながら、説得をしている間に競合は進んでいきますし、非公式コミュニティも散発的に生まれていくかもしれません。
そうした場合、部署間の調整はさておいて「テスト」としてスタートし、社内説得のための事例を作り出していく、というアプローチは、リスクを熟慮した上・部署内でのコンセンサスを得た上でなら、有効な選択肢になり得ると思います。


…と書きましたが、僕はそうしたアプローチを一律に推奨しているわけではありません(しつこいようですが)。事後調整型はイレギュラーですし、それなりにリスクも高いです。ですが、最初のキックに不必要な程時間が掛かるのは、それはそれでリスクでもあります(なにより、担当者として相当なストレスでしょう)。

活性化した非公式コミュニティが存在せず、かつ社内調整に想像以上の手間が掛かっていて、非常なストレスを感じている担当者の方がいらっしゃったら、「事後調整型」の選択肢を考慮に入れてみてください。もしかしたら活路が開けるかも知れません。
でも、ケースバイケースだ、というのはしつこく指摘させていただきたいです。「事後調整型」は「裏技」と言うべき手法です。


<追記1.>
責任問題になってくるので、エージェンシーなどが「事後調整で良いんじゃないか?」と安易に勧めるのは良くないと思います。「事後調整型」の考慮・決断は、企業が自発的に行う必要があるでしょう。

<追記2.>
公式コミュニティに拘るのはむしろエゴ、というご指摘をアンドウマサヒロさん(@loveandopeace)、Z会の寺西さん(@teranishi) から頂きました。これについてはごもっともで、既に活性化したコミュニティがある場合は、コミュニティに参加者として入っていく、といったような協調的なアプローチが望ましいと思います。有難うございました。

公式にこだわるのは企業側のエゴ。非公式の自発的なコミュニティなんて実は一番ありがたい顧客層だし、仮にそこが盛り上がってるなら後からでも企業も堂々とコミュニティメンバーの一人として参加しちゃう方がホントのソーシャルじゃないかな、と思う。
http://twitter.com/loveandopeace/status/9164978965

禿同。公式は「顕在客をもてなすところ」で十分。見込み客に企業の商材・サービスの「ほんとう」を伝えるのは公式じゃあない。とくに日本みたく、近所おばちゃんの噂話が昔からある国では。 RT @loveandopeace: 公式にこだわるのは企業側のエゴ。
http://twitter.com/teranishi/status/9165638145

プレスリリースもソーシャルメディア対応に

ソーシャルメディアマーケティング | Posted by IHayato
Feb 15 2010

会社では広報も担当しているため、「プレスリリース」について、もどかしさを感じる場面もあります。


まず、自社サイトでの配信において、新しいWEBテクノロジーへの対応が不十分です。数ヶ月前、ようやくRSSに対応しましたが、コメント欄、共有ボタンやビデオの埋め込みなどは当分先でしょう。
CMSの都合もあり、自社サイトの改良はかなりハードルが高いです。PR配信代行サービスなどがソーシャルメディアには大分対応できているので、問題ないと言えば問題ないですが、自社サイトがいかにも古臭いのは、やっぱり担当者として気になります。

追記:(語調的に愚痴になってしまいました。一企業の現状を伝える、という意味を込めるつもりだったのが、つい…。愚痴を書くのは良くないと考えているので、反省です。@noritakahiroさん、ご指摘有難うございました。)

国内ですと、アミタさんなんかは素晴らしい取組みを行っています。「いいね」「ひとこと」「共有」ボタンが公式のリリースページに付いています。サイト全体の作りも非常に面白いので、興味がある方は是非。
やはり、ただリリースをポンと掲示するのは、もったいないですし、時代遅れ感があります。



また、海外だと「メディアセンター」と呼ばれるページを設けるケースも増えてきています。基本的にはプレス向けに、リリースの配信、プレスコンタクト、製品写真、ブログやツイッターへの誘導などを行うページです(僕の所属している会社も、英語版のメディアセンターをスタート予定です)。


実際にはこんな感じです。以下の例は半導体業界ですが、他の業界でももちろん取組まれています。


Intel

Texas Instruments

Freescale



インテルはやはり優れています。「プレスルーム」と銘打ってはいますが、一般のユーザーも対象にしているように思える内容です。また、インテルのリリースにはコメント欄とレーティング機能が付いているのも見逃せません。


日本企業でメディアセンターを設置している企業は、まだまだ少ないように感じます(純粋に国内のみが対象なら、必要性も低いのかも知れませんが…)。しかしながら、グローバルに戦わなくてはいけない場合は、競合との観点からも、やはりメディアセンターは設置した方が良いでしょう。現にうちの会社も、海外拠点からの要請で設置する運びとなっています。


プレスリリースとソーシャルメディア、こちらも追求していきたいテーマです。

<追記>
プレスリリースとソーシャルメディア、というテーマでは、社会貢献団体を対象にしたリリース配信サービスのsocialoopが注目株。NPO/NGOの広報力強化は課題だと感じているので、こうしたアプローチは個人的にも応援しています。ご興味がある方は是非。

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