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もっともっと嫌われましょう。


「万人受け」はあり得ない

あなたは、作品を生み出しているんですよね?

だったら、嫌われないということは、ありえませんよ。

ツイートひとつでも、何かを生み出したら、あなたは絶対に誰かに嫌われます。

えぇ、絶対に。


なかには「私は敵を作りたくないから、最大限気をつけている!」という人もいるでしょう。

でも!

そういう人が嫌いな人もいるんですよ。

ぼくはむしろ嫌いですw

「なるべく嫌われたくない」という弱っちいことを考えて行動している人には、ワクワクしないんですよね〜。


何をやっても嫌われるんですよ。

だったら、全力で自分を出して、全力で嫌われてしまったほうがよくないですか?どうせ嫌われるんですから!


ビビってるだけ。

何かを生み出し、それを世に出す際には必ず、恐れが付きまといます。

ブログを書くこと一つとっても「こんなこと書いて炎上しないかな……どうしようかな……」とか思っちゃうわけです。

こういうときに、「嫌われること」を前提にしていれば、恐れることもなくなりまし。

どうせ何書いても嫌われるし、何をどう書いても、アホが湧いて炎上させるんですよ。

だったら何をためらう必要があるのでしょう?

別に悪いことをしているわけでもなし。

あなたはあなたの作品を世に出しているだけじゃないですか。ビビる必要はないのです。


大衆に嫌われるのは、新しさの証。

何も考えずに生きている大衆から嫌われることは、クリエイターとして健康なことです。

だって、それはあなたが「大衆にはまだ理解できないほど新しいものを生み出せている」証拠ですから!

今から振り返ると笑えますが、2011年あたりは

  • 「オフィスを捨てて、スタバでノマドワーカーやってます」
  • 「電話は仕事で使いません」
  • 「名刺は持ってないし、すぐ捨てます」

みたいなことを言ってたら、それが理由でプチ炎上したんですよねw

あぁ、そうそう。

「ブログで稼いで生きていく」とかも、当時は鼻で笑われましたよ〜。

「そんなの無理だ」「10年後はオワコンになってる」「若いうちはいいけど、こどもができたらどうするんだ」みたいな。

はい?あれから8年くらい経って、イケハヤは月商500万、三児の父ですが何か?


今はもう、すべてが当たり前ですよね。

でも、昔は当たり前じゃなかった。

だから、あの当時は理解できない人たちが攻撃したきたわけです。


この大衆との距離は、常に存在しています。

  

今あなたが笑われているのなら、その距離の真っ只中に立つことができているということです。

喜びましょう。

そして、先を行きましょう。

すぐに、時代はあなたに追いつきますから。


嫌われることで、あなたはもっと語られる。

好き嫌いが発生するというのは、クリエイターとして誇らしいことです。

今この瞬間も「オレはイケハヤが嫌いなんだよね〜」という会話をしている人が、渋谷あたりにいると思うんですよね。

ぼくらも「村上春樹か〜。何作か読んだけど好きじゃないな」「ワンピース?読んだけどあれは子供向けでしょ?」みたいな会話をするじゃないですか。

好悪が生まれることで、あなたとあなたの作品は、より多くの人に語られます。

語られれば語られるほど、あなたはブランド化されていき、創作の幅も広がっていきます。

クリエイターとして恐れなくてはいけないのは、「誰にも語られない」ことです。

語られないというのは、存在していないことと同義ですから。


それでも、あなたを好きでいてくれる人はいる。

これは、最初の話と裏返し。

どれだけあなたが嫌われたくても、絶対に、誰かはあなたのことを好きでいてくれるのです。

嫌われる人というのは、それ以上に「好かれる要素」を持ち合わせてしまっているんですよね。

それこそ連続殺人犯が獄中で結婚するみたいな話もあるわけで。

「誰からも嫌われない」ことは不可能ですが、同時に「誰からも嫌われる」ことも不可能です

安心しましょう。

あなたはどこまでいっても、誰かに見守られ、愛されるのです。

だから、最大限狂って、今までにないものを生み出しましょう。

それがクリエイターの仕事です。