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「仏教思想のゼロポイント」という本に、こんな一節があります。

仏教では、何ものにもとらわれない自由闊達な仏の境地のことを「遊戯三昧」と形容するが、ここで言う「三昧」は、「集中」というより「まじりけがない」というほどの意味。

つまり、解脱者たちの生きる時間は、その本質として、純粋な「遊び」であるということだ。

したがって、彼らの一部が利他行の実践へと踏み出すのも、もちろん「遊び」ということになる。彼らは「必要」だからそれをするわけではないし、「意味がある」からそれをするわけでもない。

(略)それは「遊び」である。そのように「遊び」として「ただ助ける」ということが、捨の態度を根底に有しながら慈・悲・喜の実践を行うということの内実なのであり、それがいわゆる「優しさ」と「慈悲」との違いであるということは、既に述べたとおりである。

悟りを開いたブッダは、遊びとして他者を助けることにした。


ぼくは別に悟っているわけではないですが、この解釈はすごく納得感があります。

苦しみから離れることができ、執着することがなくなったとして、最後まで残るのは「遊び」だと思うんですよね。


ぼくは現に、資本主義ワールドでは珍しく「お金には困っていない」状況です。大きな病気でもしないかぎり、今後もお金に困ることはないでしょう。

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特段、何かに執着している……ということもないと思います。家にひきこもってブログ書いてるだけですしねぇ。見栄とか権威欲とかはかなり少ない方だと思います。

その意味で、ぼくはある程度は「苦しみを減らすこと」ができていて、それでいて「執着からもそれなりに離れている」といえます。

で、やっぱりぼくは「遊び」に行き着きました。結局のところ、遊びくらいしかやることがないんですよねぇ。


楽しそうに生きている人たちって、やっぱり「遊び」として仕事や生活を実践している気がします。

みなさんは「遊び」の世界に生きていますか?

漠然とした「幸せ」を求めてもよくわからないので、「死ぬまで楽しめる遊び」を見つける努力をするといいと思います。



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