パートナー企業のブログから、記事を掲載させていただきます。文章は「ナリワイをつくる」などの書籍で知られる伊藤さんです!

====

(文=伊藤洋志/ナリワイ代表)


ポスト資本主義の社会をつくる


遠野でスタートしたNext Commons Labとは、かっこいい名前の地域づくり会社ではない。ポスト資本主義の社会の一つの要素になりえる技術やシステムを実際に遠野の地で具現化していく場である。

「世界の95%は田舎なのに、そこにひずみが生じている。考えない方がおかしい」。これは、2012年にオランダの建築家レム・コールハースがインタビューにおいて提起した問題意識である。現代という時代にあって、いわゆる地方経済、地域コミュニティの衰退という課題は、何も日本だけのことではなく、世界共通の課題である。日本において、地方の課題を各自が未来思考をもってそれぞれの場所で考えていくことが、おのずと世界の人々と協力していくことに繋がっている時代であるとも言える。

picture_pc_8e70acb830cd041905bcd3d3fa73f7ee

伊藤洋志(ナリワイ)/ 林篤志(Next Commons Lab事務局)


革命を起こさなくても小さなデモクラシーは起こせる


例えば、産業社会が進み、企業というシステムが強固になるにつれて、個人個人の意思よりも企業システムの存続が優先されるようになってきた。もともとは人間のためにつくられたシステムが人間の生活を阻害する事態になっているわけである。

「働き方」問題は2010年ごろから今に至るまでずっと続いている日本で非常に盛んな話題であるが、この問題は、韓国、台湾でも分かりやすく顕在化している。田舎ではもちろん、都市でも若者の就職先がない。もしくは、苛烈な椅子取りゲームになっていて勝者も敗者もどちらも心休まらないバトルの連続になっている。これに対して、個人が大きなシステムに頼らないで仕事をつくる方法論を考えることは、大きなシステムを丸ごと変えなくてもできる。そして、シンプルな方法論は日本以外の人にも活用できる。最初に実践されるのはある特定の地域かもしれないが、そこで明らかになった知見は広く活用できるものになる。遠野ではじまっているNext Commons Labは、この例のような広い地域で採用可能な方法論を、実践を通してつくっていくラボである。

picture_pc_741a76111a5d2b0759dfe97b17e3e33b


ネクストコモンズのLabはハードではなく、人と文化を育てるプラットフォーム


とはいえ、Next Commons Labは、研究所のように建物があるわけではなく、常勤の研究員をたくさん養う機関でもない。衣食住エネルギー保健教育娯楽交通その他人間の生活において欠かせない分野すべてにおいて、所属を超えて各分野の専門家、ディレクターが集まり、未来にはごく普通に採用できる汎用性のある仕組みを、実践を通して編み出すための共同体であり、プラットフォームである。

具体的には、「超ローコスト住宅の研究開発」や「ホップ農家とマイクロブルワリーを増やすBeer Experience」や「発酵技術を科学的に解析する発酵プロジェクト」などが準備されている。これらのいくつかは、企業との共同研究プロジェクトになっている。企業が持つ科学研究の技術や設備と、フィールドでの実践的技術を組み合わせることで、暗黙知的な現場の技術の応用性のある部分を抽出していく試みとなる。

例えば、どこの地域にも発酵食の名人がいる。しかし、どうしてその人が美味なる「どぶろく」をつくれるのか、「熟成肉」をつくれるのか、というのは検討もついていないことが多い。そうした未知の部分から、応用可能な製造条件を導き出し、美味しさを決めている要素を明らかにする。これまで経験に頼ってきた部分を解明できれば、各地で発酵技術を高める基礎になりえる。発酵のように土地や作り手による独自性の強い生産技術は、グローバル化された世界においても揺るがないし、さらに価値を持つ技術となっていくだろう。

食文化はその土地固有の素材や調理技術さらに生産現場をめぐるツーリズム、関われる範囲が広く波及効果も大きい分野である。Next Commons Labでは、こういう分野で効果が期待できるテーマを見つけていく。

picture_pc_a746c6ed7697958c16d3690180b47948


地方からはじめる21世紀の生き方と社会システムの実践研究


これらを実現するには、小規模ブルワリーを作りやすくするための「ビール特区」のような法的な規制についても再検討が必要になっていくだろうし、人々の生き方そのもの、つまり人生設計のそもそもの考え方を作り直す必要がある。180万円というローコストで住める家をつくるには、家を手にいれる過程や必要な機能の絞り込み、使い方そのものを再検討しなければならないだろう。例えば、新築したマイホームに一生住むという住環境自体もここ70年で一時的につくられたものである。そして、この70年の状況とこれからの70年は全く違うものになることははっきりしている。やり方を変えなければならない。

これがなぜ遠野で行われるのか。四方を山で囲まれていて水系も独自で離島ではない閉鎖系の地理、そして適度な広さ。本州でもっとも寒いと言われる気候条件。遠野の地に耐えうる住宅であれば他の地域にもより応用可能性が高くなるだろうし、ある程度の閉鎖系であるほうが地域内で循環する経済システムの実践がやりやすい。そして、行政の理解と協力もある。ラボメンバーは「地域おこし協力隊」制度を活用し、これから創業するプロジェクトに資金面でのサポートを得られる。

最後に付け加えると「遠野物語」で知られるように、近代化によって忘れられようとしている妖怪がいる(おそらく)。自然に対する適度な畏怖と人間に対する適度な寛容さを保つための知恵としても妖怪は忘れないほういいものではないかと思われる。

picture_pc_db58a451a06e79e1354cbcf651cbf95f


私欲を超えた世代が登場して実現する ネスクトコモンズとは何か


これまでの企業活動で言えば、独自に開発した手法は企業秘密として秘匿するか、特許化して占有するかが主な扱い方だった。しかし、21世紀の課題は一地域、一企業単独で解決できることは少なくなってきている。

可能なものはオープンソース化していき、新しい生態系をつくることでようやく課題も解決でき、その結果、企業も存続できるようになっていくと思われる。それらの共有財産となるべき方法論や知見を生み出す場が必要である、ということである。

なぜ、このような活動が可能になってきたか、端的に言えば私欲を超えた目的で行動できる人が増えてきた、ということが大きいのではないかと思われる。生まれた時から物質的に豊かだった世代も増えてきた。彼らは、出世欲がない、物欲がない、と言われてきたが、そういう人に別の欲があるとしたら、その一つは、別の世界を見たいという欲だろうと思う。

これまでは、アダムスミスの夢見た世界のように、各自が利益を求めて努力すれば、世の中は暮らしやすくなる、という世界観で動いてきたが、そこから単純に個人の利益を求めることよりも進んで、各自の求める欲求は、違う世界を見たいというものに、変化している兆しがある。ポスト資本主義社会の構想を掲げる「Next Commons Lab」の目指すものが実現する条件が整ってきているとタイミングであると言える。

当初は10個のプロジェクトからはじまる。各プロジェクトに、あらゆる人が参画できる状況を整備することが支援組織としてのNext Commons Labの役割である。

picture_pc_a7ce443ee26026c1ec1c5a325a6fa6ed


Next Commons Labの10個のプロジェクト


「ホップ栽培とクラフトビールで地域を変える」

地方において外部流出が大きいビール消費を地元で賄う。ビール工房に働き場が増えること以上の効果がある。何より、鮮度のよい地元で製造したビールを飲むことができるという環境は、そこに「住んでよかった」と思わせる力があるかもしれない。これは、経済効果以上のものがある。


「発酵を科学する」


発酵の達人の技を科学的に解明することで、達人の後進を育成し発酵食品自体の効能も明らかにする。個人レベルでは難しい成分分析を企業が担当し、企業では難しい発酵の美味しさの追求を個人発酵醸造家が担当するというこれまでにあまり実現できなかった役割分担により、発酵の可能性が飛躍的にひろがる。


「地域の可視化からはじまるワールドワイドネットワーク」


地域づくりにおいて、重要なのが現状の把握とそれらの共有である。地理条件や人の動きなどの可視化アプリケーションをGoogle イノベーション東北のサポートのもと開発する。最大のポイントは、開発されたアプリを実際に遠野における地域づくりに活用し、また地域づくりで必要な情報をフィードバックしてアプリに反映する点。実践を通して洗練され、他の地域にも応用できる技術として提供される。


「未来の村落のモデルケースをつくっていく」


限界集落と市街地とを同じ考え方のインフラで維持するのではなく、限界集落に最適した技術を開発し、遠隔地だからこそ可能な生業のモデルを構築する。高齢者の移動手段の開発や、交流人口の増加、地産素材からの商品開発などがテーマになりうる、これは限界集落だからこそ先行して実践できる。


「産科過疎地域ではじまる、みんなで支える『お産』と『子育て』」


過疎地というのは医院が遠く不便な印象だが、自然に近い環境であり、人と人工物が過密な都市部よりも産前・産後のケアには適した場所であるとも言える。専門家のサポートによる出産前や出産後の安心と、コミュニティでサポートし合う子育て環境をつくることができれば意義は大きい。


「180万円でつくる超低コスト住宅の研究開発プラットフォームの構築」


地方への移住の最大のハードルの一つが住宅問題である。空き家があってもなかなか借りることができない。そこで、自動車と同程度の価格の180万円で当座の5年程度は住める住宅を開発する。思い立ったら移住できる環境ができれば、地方と都市の人の移動は劇的に活発になると思われる。


「自然から経済をつくる、里山の暮しと社会を変えていく」


自然を主体にした経済をつくることができるかが、このプロジェクトの真髄である。馬を使った林業や農業をはじめ、里山における理想的な自然の循環を作り出すこと、またそうした循環自体が生活の糧になるような生業づくりにチャレンジする。


「世界の一員として生きるための学びの場をつくる」


教育の最大の目的は、それ自体の面白さを体感することである。自分に必要なことを見つけ学ぶことを楽しいと感じる習慣さえ身につけば、環境の変化に対応することができる。そのためには、多様な可能性を知ることが欠かせない。様々なバックグラウンドと生きる術を持つ人と学び合うことができる場をつくる。教育への不安が都市への人口集中の一因になっている現在、この意義は大きい。


「地域で起こる全てのモノ・コトにデザインを!」


デザインとは表層のオシャレさではない。物事の位置づけ、中身、見た目あらゆることについての形をつくる行為である。商品パッケージのデザインひとつとっても、品物や生産現場への高い理解度が効果的なデザイン制作には欠かせない。地域に住み現場を理解したデザイナーがいることで、その地域の活動の質が変わるという仮説を実証する。


「人と食と知恵が集まる中心地として」


なぜ人は集まって暮らすようになったのか、その理由の一つはアイデアの交換を高速で行うことができるからである。原始時代の人間の知能と現代人の知能は同じである。だが、生活にこれほどの違いがあるのは、アイデアの蓄積と共有が可能になったからである。人が集まり、アイデアを交換できる場所があれば、その地域の大小様々な活動の活発さを増すはずである。


以上の10のプロジェクトが予定されている。

picture_pc_6d3b9ba50a5ace9e4d12d5f5096a55b6


ちょうどいいカオスの中から方法論を育てていく


大事なのは、これはベンチャー的プロジェクトではあるが、全体を統制するようなプロジェクト群ではない。関わる人がそれぞれ独自の問題意識の元に立てられたプロジェクトである。これら全てをNext Commons Labがコーディネートを含めて支援する。プロジェクトを起こすような人は実現するのに必死で現場とのコーディネートや知見の共有化まで単独で手が回りきらないことも多い。これを補完する機関となることがポイントである。

またこれらは、10発中1個当たればよい、というベンチャーではない。いずれも人の生活に欠かせないものである。全ての課題は、いま使えるテクノロジーを集めて工夫すれば実現できる課題である。ただ、これまでは、なかなかこのような広い分野を横断して、未来志向の問題意識で取り組まれたことが少なかった。テーマに合致した意欲を持つ人の存在が一番重要になるプロジェクトであると言える。
 

Text : 伊藤洋志(ナリワイ代表)