みんなの退職記事コーナー、人気です。今回はケンタさんのストーリー。全国のスタバを巡りまくっている面白いブロガーです。「憧れの会社に入る」ことのリアルがよく伝わってきます。

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ブログでは触れたことがないのですが、ぼくは吉本興業に勤めていたことがあります。芸人としてではなくマネージャーとしてではなく管理部門で勤めていました。

ぼくは関西出身なので「吉本興業」といえば、子供の頃からの憧れの存在でした。実際、入社する倍率もかなり高かったらしいです。

せっかくそんな機会を得たのにぼくはたった半年で辞めることになりました。

今日はそのことについて記したいと思います。


吉本興業に骨を埋めようとした29歳の頃。

以前述べたようにぼくは、新卒入社した会社をうつで休職と復職を繰り返した結果、5年で退職することになりました。


(関連記事)ぼくが新卒入社した大企業を辞めたちっぽけな理由とは?


その時ぼくは若干28歳。

そんな無職の身で悶々と暮らしていたある日曜日のことです。

日経新聞の求人広告から吉本興業のIR部門の求人を見つけました。

そこで「記念受験」のつもりで受けてみることにしたのです。「IR」とは「インベスターリレーションシップ」の略で、投資家に対して業績や情報を開示する役割を担う部門です。

当時、吉本興業は東証一部、大証一部に上場する大企業でした。

ぼくは、前職をうつで退職した事実を隠して面接を受けました。いわゆる「クローズド面接」です。思いのほかトントン拍子に面接はすすみ、あっさりと内定を頂きました。

内定をもらったぼくは、吉本興業に身を埋める覚悟で入社前なのにルミネの劇場へ行ったり、吉本のネットコンテンツ会社であるファンダンゴという有料会員に入ったりして、吉本興業のビジネスモデルを研究することにしました。

もちろん、自腹です。

なんせぼくはあの憧れの吉本興業の社員になれるのですから。

そんなの安いもんです。


やっぱり吉本興業は面白いなぁ。

晴れて入社したぼくは、役員と部長しかいないIR部門に配属されました。契約社員とはいえ、かなりの重責を担ったと気負っていたものです。


入社一日目。

役員と部長とぼくの三人で機関投資家めぐりをする予定になっていました。

そのタクシーの中でぼくが言われたことは次の2つ。

「とにかくゴルフを覚えろ。」「おいしいとんかつ屋に行ってこい。」

という指令でした。

当時のぼくはこの指令を受けて「僥倖!」といわんばかりに実行に移しました。

当時もう結婚していたので妻とゴルフのレッスンに行ったり、近くのおいしいとんかつ屋に行ってその味のレポートを書いたり。

もちろん、自腹です。

上司から言われたことは絶対服従です。

ぼくは何の異論もなく、「やっぱり吉本は面白いなぁ。」と舌を巻いていたのです。


また、東京本社にはいろいろな芸能人の方が来ていたのでかなり刺激になりました。ぼくが一番印象に残っているのは、当時藤原紀香さんと結婚会見を行う直前の陣内智則さんです。

その日、ぼくがトイレに行こうとしたら、会見を控えた陣内さんがマネージャーとともに社長室にお越しになったのです。鉢合わせでびっくりしたぼくは「おはようございます!」と挨拶しました。すると陣内さんは「おう!」と言って、颯爽とトイレへと向かったのです。

その時の陣内さんのオーラは忘れられません。

ええ、吉本興業は本当に面白いんです。


徐々に苦しくなってきた役員とのコミュニケーション

しかし、時が経つにつれ少しずつ息苦しくなってきました。

というのも、上司である役員とのコミュニケーションが上手くいかなかったからです。

その役員さんは執行役員という肩書きで本社に常駐していませんでした。

週に数回来社するのですが、その時は異様なピリピリ感に覆われるのです。

シンプルに言うと「怖い」

その役員さんの評判はかなり外部に轟いていてとにかく怖い、んです。

内向的で羊のような存在だったぼくはコミュニケーションのとりかたが分からず、いつも恐怖に怯えていたものです。

そのため徐々に会社にいるのが苦痛になってきました。

やがて「体調不良」という口実をつけて会社を休むようになってしまいました。

拒否感が胸を締め付けるのです。

そんなぼくにある出来事が起こりました。


肺炎にかかって方向転換することに!

入社して4ヶ月が経過したとき、ぼくは自宅で誤嚥性肺炎にかかってしまいました。

病院で診察した結果、1週間ほどの休養が必要との診断をもらいました。

その旨を会社に電話し現状を報告すると、このような言葉をもらいました。

で、仕事はどうするんや。

ぼくはぐうの音もでませんでした。

これは社会人としては当然の連絡事項でしょう。

しかし、ぼくはこの言葉を過重に受け取ってしまったのです。

「え、仕事どうしよう……」

肺炎にかかった自分を責めると同時に、会社に対する恐怖がピークを迎えました。

会社を1週間休んだ結果、ぼくはついに方向転換することにしました。

肺炎が契機となり、必死に転職活動をするようになったのです。


30歳で転職するにはキャリアとスキルが足りない!

方向転換したぼくは、いろいろな転職会社にヒアリングし、転職の面接準備を始めました。しかし、頻繁にキャリアとスキルが足りないという指摘を受けたのです。

もう30歳という年齢リミットもあり、気持ちも焦っていました。

焦りから何とかしてキャリアをカバーするべくお手軽な資格を取りあさっていたものです。結果的には何の助けにもなりませんでしたが……。

そんな中、ある出来事が会社を支配しました。

世に言う「中田カウス事件」です。ここではその詳細は省略しますが、社内は少し鎮静したような感じになりました。

レピュテーションリスクの怖さを思い知ると同時に、ぼくは早く転職をしたいと願ったものです。


憧れと現実は違う?

結果から言うと、ぼくは転職先を見つけて吉本興業を退職することになりました。入社してからたった半年後のことです。

ぼくは「憧れ」から吉本興業に入社したのですが、現実はちょっと自分には合わない環境でした。

うつを煩った上、それを隠したまま就職するにはタフすぎたのです。体育会系の風土にも馴染めませんでした。あと、ぼくは関西生まれなのに何故か大阪のノリが合わなかったということも退職の大きな原因でしょう。

初歩的なミスマッチが原因だったといえます。

あんなに憧れていたのに、いざ自分が働いてみるとこうも違うものかと。

「憧れ」と「自分の適性」とは全く違うものだと痛感しました。


それからのぼくは転々とした後、今は淡々とこのブログを書いています。

そんな人生もありかな。


最後に。

フォローではありませんが、ぼくは吉本興業が大好きです。

(by ケンタ) 

 

憧れはしょせん、憧れ。

ブランドのある企業なんて、案外そんなもんですよねぇ。

「憧れ」ている時点で、実は自分には合わないケースの方が多い気もします。自分にないものを持っているからこそ、憧れるわけですから。そりゃ、中に入ったらマッチしないですよ。自分を根本的に変えないと。

こういう記事を読むと、会社は「社内文化」と「人」で選ぶべきだという確信が強化されますね。ブランドのある会社に入れたとしても、社内になじめず、人も好きになれなければ、楽しく働くことはできませんよ。

ケンタさんは日々楽しくブログを書かれています。だいぶ前に一度お会いしているんですが、その時に比べて筆力も格段にアップしてますね。ブロガーとしてこのまま生計が立てられるようになったら楽しいでしょうねぇ。応援してます!


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