なんと!先日記事を提供していただいた「まなしば」さんの旦那さんが、同様に退職記事をくださいました笑 お二人とも富士通だったんですね〜。ブログタイトル「渡る世間はヒモばかり」w
うちのブログに夫婦で記事を提供するとは、斬新です。では原稿をお楽しみください!夫婦でブログ書くのうまいってすごいなしかし…。



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とりあえずタイトルの通り2015年6月3日を最終出勤日として富士通を退職しましたのでいわゆる退職エントリーを書きたいと思います。ちょっと長いので、お時間のあるときにお読みいただければと思います。

入社からの振り返り

高専の専攻科を出て大卒扱いの新卒として富士通へ入社しました。

当時は「ものづくりがしたい」のが1番の理由で、当時PC・で国内シェア1位だったため入社を希望しました。元々は「最新の技術が詰まってる」という事でスマホの部門を希望していたのですが、ソフト部門の募集がなかったためPC部門へ。

Windowsを自社PCに合わせてカスタマイズする部門に配属され、いわゆる「買ったらいつも入ってる、デスクトップの邪魔なアプリ達」をインストールしたりしていました。(よく「このデスクトップのやついらないから安くしてくれ」と言われていたのですが、全く逆で楽○とかのアイコンを配置する事で会社がお金をもらっているので、無くなったらむしろパソコンは高くなります。笑)

仕事で一番やりがいが感じられたのは「店頭に自分が開発したPCが並び、ユーザーの手にわたっていく」時でした。忙しい時期は月に100時間残業をしたりもしていましたが、そこそこ楽しく仕事ができていたと思います。


Web開発を始めるきっかけ

高専時代から個人でもなにかを開発したいと考えていましたが、3ヶ月間毎週末旅行に行くなど仕事もプライベートもハードに過ごしていたため、そんな事を勉強する時間は全く取れずに時間だけが徐々に過ぎて行きました。

しかし入社してからバンドを組んでいた同期の影響で、ベンチャー企業のピッチイベントを見に行ったりなんだりしていくうちに、またそういった気持ちが大きくなって行き、色々始めようとMacBookを買うだけ買ったりしましたが全然いじれず形だけに。

そんな時、工場で使うツール等の開発を任されていた事もあり、島根の工場へ出向する話が出てきました。

「今の環境のままだといつまで経ってもWebの勉強が出来ない・・・」と悶々としていたのが「縁もゆかりもない島根では友達もいなければ遊ぶ所もない(失礼)。島根に行けば時間が取れるはず!」と考え、当時付き合ったばかりの彼女を置いて島根への出向を決めました。


作ったものを使ってもらう喜びを再確認

島根に行き、平日の夜も土日もほぼ一人で過ごす様になり、やっと本格的にWebの勉強を開始し始めました。 (関東にいた頃は自分の家を同期にオープンにしていたこともあり、一人で過ごす時間がほとんどなかったのです。)

Dotinstall等を見ながらちょこちょこと(今考えると本当に)くだらないものを作る事を初め、出来たら友人に公開して使ってもらうというのを繰り返していました。

パソコンが店頭に並ぶ際にも感動したのですが、PC開発では大規模過ぎて自分が担当している部分が1%にも満たないものと、規模は小さいながらも自分が考え自分で手を動かし100%作ったものでは、人に使ってもらう楽しさは全く違うものでした。

その頃に作ったサービスで唯一ちゃんとユーザーがついているサービスPicsy

今見るとなかなかひどい作りなのですが、使ってくれる人もいるのでとりあえず運営継続しています。


人生いつなにが起きるかわからない

そんなこんなで出向していた島根でやっと環境にも慣れ、開発も楽しくなってきた頃、なんと東京に居る彼女の妊娠が発覚。ドタバタのまま上司に頭を下げて1年の計画だった出向を半年で切り上げて東京へ戻してもらい、結婚をし子どもも生まれました。

とりあえず島根に行って1年ゆっくり個人の勉強も兼ねて行ってこようとゆるふわで考えていた自分が、まさかの展開に人生本当にいつ何が起こるかわからないと強く感じました。

その後出産に立ち会って無事に生まれた子どもも、1ヶ月ほどたってから不整脈が見つかり要通院。全く準備出来ていないまま結婚した僕らは二人共家事の経験も乏しいまま、両親のいない東京で子どもの通院をしながらいきなり3人で暮らすのは現実的でない上に、妻に非常に負担をかけると感じ私も育休を取得しようと決めました。その後理解のある上司のおかげですんなり半年間の育児休職へ入りました。

その際の話は妻のブログに詳細が。


育休中にスキルアップそして復職

初めはてんやわんやだった家事・育児も二人で育休を取得することでなんとか形になってきて徐々に余裕が出てきたため、私はWeb開発の勉強を再開し、妻はブログを頑張っていました。iPhoneアプリの勉強会に参加してアプリをリリースしてみたりまた新しくWebサービスをリリースしたりと充実した育休ライフを満喫して復職へ。

復職後は以前の仕事へ復帰しつつ、同期が社内ベンチャーを立ちあげたいというのを応援していました。

するとそこに新規事業の管理職の方から「君らいきなりベンチャー作ろうにもノウハウもなにもないから全然ダメだね。今度外部に人材を派遣するって話があるからそういう勉強も兼ねて君ら行ってみる?」と、声がかかりそのプログラムに参加する事に。

3月から海外派遣に参加の予定で話が進み、ひとまず3週間ほどお試しで派遣されるという3日前に突如人事から呼び出しが・・・

少し前から私が開発運営していたサイトについて会社のお客様センターに「富士通社員が著作権を侵害するサイトを運営している」と連絡があったのでした。。。

私の著作権に対する認識が低かったためそういったコンテンツを提供するサイトになっていたため。会社から反省文の提出及びサイトの停止命令が・・・ついでに海外派遣もおじゃんに。。。

今思えば会社員として非常に至らない部分が多かったため反省しています。


その頃の私の仕事に対する考え方

そんなこんなで個人開発が楽しくなってきたこともあり、入社当時とは価値観も徐々に変わっていました。

すぐ横の携帯部門は赤字がかさみ、なんと半分もの人材が異動させられていました。同期の幾人かも全く関係ない部門で今までやってきたスキルがイマイチ活かせない部門に突如として飛ばされていきました。それを横目に見て「明日は我が身」と感じ、大企業にいれば一生安泰でぬくぬくと暮らせるというのは幻想だったと気づいたのでした。

そして仕事を通じてWindowsOSに関して詳しくなっていくものの、付いているのは汎用性の無いスキルであり、携帯部門のように別な部門に行かされた際に自分のスキルは全く役に立たないものになる。これってすごくリスクが高いなと。子どももいるのにそんなリスキーな事じゃダメだろうと感じ始めていました。

また、パソコンの開発は結局ハードウェアが中心であり、ソフト側はWindowsOSありきでものを考えなければなりません。そんななか自分の部門は非常に狭まった範囲の中でしか仕事ができず、個人で作ったモノが70億人へ届くというWeb開発の可能性を肌で感じてしまった自分はいつしか「物足りない」と感じるようになってしまいました。

それもあって、パソコンの開発ではなく、同期の社内ベンチャーを応援し別な部門で何か始められる!と新しいスタートを切れるというタイミングだったのですが結果としてそういった社内での活動はすべて水の泡に。。。


そして転職へ

という事で海外派遣も無くなり、うなだれていても仕方がないのでとっとと転職しよう!と決め、まずは前から気になっていた面白法人カヤックの中途採用へ。(例の事件の次の週には面接していました笑)

もともと「ものづくりがしたい」と考えていたものが、個人で作ったものが人に使われるうちに「みんなにものづくりの楽しさを感じてもらいたい」と考えるようになり、みんなが自分の作りたいものを作るようになったら世の中もっと面白いものが出てくるワクワクする世界になるという思想と合致する「つくるひとをふやす」という理念のカヤックへの入社を希望したのでした。  同時期に他にも色々知り合いの会社に話を聞いたりもしていたのですが「まずはカヤックを」と考えていたら、内定を頂いたためカヤックへ入社する事になりました。海外派遣取りやめからわずか1ヶ月のスピード転職。そして諸々手続きを行いボーナストンズラを決定し6月末から新天地で働くことになりました~パチパチパチパチ


同期や同じ境遇の方に伝えたいこと

最後に同期および「大企業へ新卒入社し、転職活動もしていない方」へ自分の市場価値を把握することが大切ということを伝えたいです。

時間をかけずに関われる範囲のコミュニティにしかいないと非常に視野が狭くなります。会社の中の人間とだけ関わっていると、自分が外に出た時にどのような価値があるのかわからなくなります。

自分の市場価値がわからないまま生きていることはすごくリスキーです。大企業にいたらなにも考えずにもこの先10年・20年と同じ場所で働き続けることは出来ますが、急に自分の居場所がなくなるときだってあります。上記の携帯部門の方たちしかり、最近だとシャープしかり。そうなった時に会社に依存せずに、自分で働く場所をしっかり選べるようなスキルをつけられるように努力しておくべきではないでしょうか。

今の自分、そして5年後の自分の市場価値がどうかをしっかり把握する事で、人生を会社に振り回される事は少なくなると思います。つまり社内でしっかりスキルがつけられる気配がないのなら行動するしかないのではないかと思います。なぁなぁで仕事していて付けられるスキルと全力で取り組んで得られるスキルの違いは火を見るより明らかです。社内でも社外でもいいですが、自分がそういったスタンスで仕事が出来る環境を模索して見ることをオススメします。

一度自分の市場価値を確かめるという意味でも、試しに転職サイトでどういう需要があるのかというのを確認してみてもいいかもしれません。


おわりに

そんなこんなで4年ちょっと所属していた富士通。会社のシステムはちょっとあれでしたが、本当にいい同期と巡り会えたと思っています。

最後まで読んでくれた暇な方々。退職記念に飲みに行きましょう。笑

以上。

(by 渡邊タツアキ) 

富士通株式会社を退職しました


素敵なカップルですな!

この記事にはある意味続き?がありまして、パートナーのまなしばさんが関連して記事を書いてくれているんです。

今は夫の月収を軽く超えてしまって、月の売上は100万円を超えてきました。ここから税金を納めるので、もちろん手取りは減りますが、がっつり税金も納めたいと思います。

そんな私をみて、夫は「ヒモ万歳!」というスタンスです。夫のブログ名は「渡る世間はヒモばかり」なんて、ヒモを公言しています。厳密には夫も働いてるのでヒモではないんですけれどね。

でも、我が家には我が家なりの考え方もあるなぁと思っていて。

夫VS妻ではなく、夫婦はチームであるという意識 - ままはっく

あぁ、だから「ヒモ」なんですね!w いやー、すごい。ほんと現代的なパワーカップルというか、変なカップルというか…ゆっくりお二人を取材したいですねぇ。面白すぎる。

余談ですが、転載にあたって「富士通株式会社を退職してヒモになりました」というタイトルに変更しようと思ったんですが、ぱっと見ひどいのでやめました。しかし「ヒモ」っていい響きですよねぇ。ヒモ2.0。

あ、記事増えてきたので、カテゴリーでも整理しました。まとめて読めるのでどうぞ。→みんなの退職記事


そうだ、転機だ。おすすめ転職サイトリンク集。