大企業からの退職記事を集める「みんなの退職記事」コーナー、本日は「ラウンドワン」です。記事提供は「あそんで暮らそ」を運営する「Y・T・アライ」さんです。中盤、すごいストーリーで吹きますw ではお楽しみください!


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就職氷河期は終わっていませんでした。

選ぶ自由なんてどこにもありゃしない。

それが僕たち2013年卒の就職活動。


早く終わることがステータス

氷河期ということもあり、去年の就活生もだいぶ残っています。

そんな中、僕含め、周りはこう思い始めるのです。

早く決まることこそ正義だと。

大学でお世話になった就職コンサルタントにもこう言われました。

最低100社はエントリーしなさい、その中から1社でも決まれば万々歳だ」と。

そんなこともあってか、僕は手当たりしだいにエントリーしまくりました。

就活解禁の12月の時点で30社は少なくとも受けたことは今でも覚えています。

苦痛でしたから。


落ちまくるエントリーシート

何回お祈りされたことでしょう。

「今後のご活躍をお祈りいたします」

こんな文面を見るたび、その企業のものは一切買うまいと、不買運動を起こしたものです。

そんな中、ある企業が僕に目をつけてくれました。

「株式会社ラウンドワン」です。

エンターテイメント企業に勤めたいと思っていた僕にとっては、やや「違和感」がありましたが、それでも人々を楽しませる企業であることには違いありません。

なんせこのご時世「1社決まれば万々歳」

選考に進むことを決心しました。

と言うよりは、30社中25社落ちていたので行かざるをえなかったのです。


いきなり4次面接に呼ばれる

自分でも驚きました。

本来ならば次は2次面接にもかかわらず、僕が呼ばれたのは4次面接。

人事部長との個人面談でした。

特にコネは一切ありません。

どうやらエントリーシートの内容よって、数人だけワープしていたみたいです。

僕の他にも数人、同じような境遇の人がいましたから。

さらにネットで調べていくうちに、この4次面接が事実上の最終面接であることも知りました。

ここは何としてでも内定をGetしておきたい。

このご時世「一社受かれば万々歳」なのだから。


2月というスピード内々定

落ちるという不安は的中することなく、4次面接もなんとかパスできました。

そしてこの4次面接が事実上の最終面接というのは本当で、役員との最終面接を通じ、無事内々定を獲得することができたのです。

しかもこの時、まだ2月上旬。

他の就活生が一生懸命、説明会で消耗している時ですから、自分の中に優越感があったことは否めません。

だって早く終わることがステータスですから


内定後無気力感に襲われる

まさかこんなにも早く内々定がもらえると思っていませんでしたから、当然他の企業も選考中です。

しかし、もはや僕には優越感しかありませんでした。

そしてその優越感が気力さえも奪っていきます。

どうせ、内定あるし

と思い本命の企業でさえ、真剣になることができなくなっていったのです。

そんなこんなで、不採用通知が続き、僕の中の就職活動も終わりを告げようとしていました。


ラウンドワンに就職

知らない人のために言っておくと、「ラウンドワン」は東証一部上場企業。

東洋大学というお世辞にも頭のいい大学とは言えない僕にとっては御の字です。

繰り返しますが、「早く決まることがステータス」であり、「1社でも決まれば万々歳」の時代なのです。

こうして僕はよく知りもせず、調べもせず入社することを余儀なくされたのです。

そこまで精神状態に余裕はありませんでした。


ラウンドワンはブラック企業?

会社を辞めてからよくこんな質問を受けます。

「ブラック」だからやめたの?

いえいえそんなことはありません。

シフト制ではあるものの、完全週休二日制。

残業は0。残業代が0なのではありません。

残業をすることが許されていないのです。

15分以上残業するだけで支配人の承認が必要になってくるので、就労後、速攻で帰宅することが求められます。

残業代は当然支払われます。

ちなみに新卒の初任給は25万。

そこに深夜勤務手当や残業代、前払い退職金が加算されるので、僕の給料は手取りで30万を軽く超えていました。

これがブラックなんて言ってしまったら世の中全てがブラックになってしまいます。


金のために働くという価値観は一瞬にして消えた

では、なぜ会社を辞めたのか。

それは将来の希望が見出せなかったから

まず、部署について。

僕はカラオケ部門に配属されました。

余談までに僕は、学生時代のアルバイトでスターバックスのスーパーバイザーという職についていました。

まあいわゆる時間帯責任者なわけですけど、この経験が活かせるのは食を扱う「カラオケ」だなと安易に思ってしまったことが間違い。

こうして軽薄な考えからカラオケ部門を希望してしまったのです。

よくよく考えたら、カラオケなんて僕の嫌いな場所の一つで、プライベートで行くことなんてありえません。

それで長続きするはずがないのです。

次に、本社が大阪にあるということ。

サービス業の新卒あるあるなのですが、みんな本社に行きたがっています。

いわば現場にいるのが嫌なのです。

当然、このことをあえて口に出す人はいませんが、誰しもそう思っています。

だって、「なんでアルバイトと同じ仕事をしなければいけないの」ってなりますから。

ですから、みんな本社勤務を狙います。

がしかし、僕にとっては狙う気にもなりませんでした。

それは本社が大阪にあるから。

頑張って、本社勤務できたとしても行くつく先は大阪。

終身雇用制が終わったなんて言われるものの、一生大阪で暮らしたくなんかありません。

また大阪のみならず、ラウンドワンはほぼ全国にありますから、どこで働かされるかわかったものじゃありません。

こうして現場にも将来にも希望を見出せない僕はただただ、出社するだけの毎日を過ごしてたのです。

この時、金のために働くという価値観はすでに消えていました。

大げさに言うと、何もやりたいことがない私は会社と自分に絶望していたのです。


ギャンブル漬けの休日

ここからは本邦初公開。

墓場まで持っていくつもりでしたからこれを機に話しましょう。

家族も当時の恋人も知り得ません。

手取り30万、平日休み、お金の使い方を知らない、道がなかった私。

その30万もの給料を僕は一体何に使っていたのか。

実を言うと、すべてパチンコに使っていました。

もはや中毒者です。

1日に10万使うのなんてザラで、トータルで50万くらいは負けたのではないかと思います。

ショッピングはすべてリボ払い。

借金になっても怖くありません。

だって、会社に1か月出勤するだけでそれがチャラになるのですから。

もちろん、パチンコに勝つ事もあるので大した借金にはならずに済みました。

それでも勝つ事なんてほとんどたまにで、1日中いて、負けるかトントンの繰り返しです。

ですが、それが僕の唯一の生きがい。

とあるきっかけがあるまで、やめることはありませんでした。


ギャンブル中毒を抜け出したきっかけ

古くからの友人に、声をかけられます。

一緒に起業しよう

休日をギャンブルで過ごし、会社に行くだけの僕にとっては、これとないお話です。

「お金ないけどいいの?」

「今のご時世、お金がなくても起業なんてできるよ、必要な分は俺が用意する」

この時、会社に入社して4か月。

まだ8月でした。

そこで僕は彼に尋ねます。

「いつから?」

彼はいいます。

「今すぐに!今度会社を辞めるって言ってくる」

僕にとってはこれとないチャンスです。

わかったじゃあ、俺もやめてくる!スピードが重要だしな

と言って次の日、会社に辞表を提出してきました。

もちろん、止められはしましたが、僕は聞く耳なんて持ちません。

だってこれからでっかいことをするのだから。

9月の中旬です。

形式だけの色紙と送別会を経て、僕は会社を颯爽に立ち去りました。

がしかし、ここで問題発生。

「起業しよう」の彼が言うのです。

「まだ会社を辞めていない」と。

10月中旬。

再び彼は言います。

まだ会社を辞めていない、てか辞めれないごめん

そこで苛立った僕は次の行動に走ります。

退職月9月分の給料を全額パチンコにブッコむのです

面白いことにお金はなくなるのは一瞬で、3日にしてなくなりました。

1日10万3連敗のストレート負けです。

こうして、僕のレールの上に敷かれた人生の幕が閉じられました。


会社を辞めたあと

いろいろ手を出しました。

「Amazonせどり」「世界に1tしかないスリランカコーヒーの販売」

もちろん、どれも長続きしません。

失ったものは数あれど、残ったものは、ギャンブルと車で作った借金と奨学金。

いよいよ、本格的にヤバくなってきたのでアルバイトにカムバックです。

大卒で借金だらけのアルバイト。自分でも絶句です。

しかし、会社を辞めた事に後悔はしていません。

そのおかげで物理的にギャンブルするお金がなくなり、ギャンブル中毒から抜け出せました。

給料全額ぶっ込んで以来、一度も行っていないというのは奇跡といえるでしょう。

もし仮に、起業の誘いがなく会社に勤め続けていたら、今でも、パチンカーだったのは簡単に想像がつきます。

だって、湯水のようにお金が出てきて、その使い道も見つけられないのだから。

そして一番大きかったのがブログに出会えたこと。

会社を辞めていなければ、ブログなんて書く発想自体生まれません。

今は命綱のごとく、ブログにすがっています。

ギャンブルという娯楽のために働くという轍はもう二度と踏みません。

これからは遊びを仕事にする。

それが目標です。

そんなわけで、

あそんで暮らすための備忘録としてブログを書いています。

あそんで暮らそ

読者になって頂けると幸いです。


終わりに

今振り返ってみると、なんの意志もなく調べもせず会社に入ってしまったことが最大の失態です

やりたいことやなりたい自分さえいれば、ギャンブル中毒に陥ることなんてなかったことでしょう。

人は消耗すると、決断力が鈍ります

それが今回の経験から経た教訓です。


(by Y・T・アライ


いやー、応援せざるを得ない!w

こういう記事が楽しいのは、もはや問答無用に応援したくなるあたりですね。「命綱のごとく、ブログにすがっています」なんて文章を見ると、ブロガーとしては「こいつやべぇ!」となるわけです。

会社を飛び出した人は、支えてあげたくなっちゃうんですよね。特に自分と同じ領域に来ている人には。アライさんがサラリーマンを続けていればそんなこともなかったわけで、実に面白いです。

アライさんの「あそんで暮らそ」、ブログで生きようと考えているのがよく伝わってきます。ツイッターもフォローしました。今後の更新が楽しみですね〜。


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