大企業やめました系の記事をシリーズ的に載せています。今回は「福岡に移住した転職9回サラリーマンのお茶目な日記」を運営する「タソ。」さんの「日本オラクル」退職記事。なかなか読んでいて辛い感じです。今は福岡でCRMコンサルタントとして起業したばかりということなので、お困りの方はぜひ頼ってみてくださいませ!



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これまで9回転職してきてますが、その中でもOracleを退職したいきさつについて書いてみようかと思います。

インスパイアされたのはこの記事。できれば転載してもらえるといいなぁ、という淡い期待を抱きながら書きます。

1.転職のきっかけ

前職の会社(これまた外資系)で鬱になってしまい、復職したもののたいした仕事を与えられないまま時間が過ぎて行きました。ボクとしては何とかして以前やっていた仕事に戻りたかったのですが、結局かないませんでした。

以前やっていた仕事に戻れるか、4ヶ月テストをしてみてそれで合格になれば戻れるということだったのですが、残念ながらこのテストに不合格になってしまいました。試験監督でもあった所属長のウケも良くなかったですし、受身的なところもあり、総合的におメガネにかなわなかったのでしょう。

そこで、人事と話し合うことになりました。

人事はあからさまにボクを退職に追い込みたいようでした。会社と付き合いのあるキャリアコンサル会社も紹介するし、転職先を探すための期間を3ヶ月間有給で与える等と言ってきました。逆にボクが会社に残りたいので異動させて欲しい、という事を伝えると、希望部署には余裕が無いから駄目だ、の一点張り。

あれやこれやで都合3回人事と話し合いを持ちましたが、結局父親やユニオンにも相談した結果退職の道を選びました。

それからまもなく、ビズリーチ経由でOracleからスカウトメールが届きました。CRM関連のクラウドサービスのプリセールスを募集しており、応募してみないか、というオファーです。

会社から紹介されたキャリアコンサルにも相談していたのですが、時間が無かった、ということもあり、迷わず応募にのりました。実はOracleは前職の会社に入社する際、応募していたのですが、不採用でした。なので、そのOracleからスカウトメールが来た、というのは正直うれしかったです。あのOracleに入社できるかも、ということを考えると人生捨てる神あれば拾う神あり、と感じました。

スカウトメールがあって、最初は人事の方と面接を行いました。ここでは特に問題ありませんでした。2次面接は入社したら所属するであろうプリセールス部門のディレクター、ここも特に問題なく通過し、最終面接は事業部長でした。若干緊張しましたが、前職がモロ競合の企業ということもあり、そこでの経験を活かしてくれれば、ということで無事に通過しました。

しかも嬉しいことに、前職の給与を5%近く上回ってました。これはうれしい誤算でした。鬱でリストラにあった身です。この時点では、本当にハッピーでした。


2.入社してから

入社した時は本当に嬉しかったです。あのOracleで働けるなんて、という感じでした。入社オリエンテーションも人事の方がやってくれてしっかりした会社だと思いましたし、福利厚生がかなりいいのです。英会話やマッサージが社内にあるんです。

入社オリエンテーションが終了したら、所属部署での勤務が始まりました。メンバーはディレクター以下5名。皆さん優秀な方ばかりです。しかも英語も堪能。ボク自身、英語には不安を感じてましたので、正直ついていけるか心配でしたが、その分製品知識をいち早く吸収し、戦力になろうとやる気も気力も充実していました。

ただ、製品トレーニングをディレクター直々に行う、という点に若干の不安を覚えたのは事実です。これまでもソフトウェア会社に勤務してましたが、製品トレーニングは顧客向けトレーニングのクラスに入らせて頂き受講する、というのが常でした。しかもトレーニングは2時間を計3回。これで本当にお客さんに提案できるんだろうか?という不安がよぎってました。

それともう一つの不安が。

このディレクター、面接の際は非常に優秀な人だと感じていたのですが、人あたりがとにかく悪いのです。営業に対し、矢継ぎ早に案件の状況について突っ込んだ挙句、「今キレたでしょ?」と笑いながら言ってるし、もしかすると性格的に難ありの人物じゃないんじゃないかと感じました。

とはいえ最初の1ヶ月は一人でお客さんに提案するということは無く、先輩社員の支援と製品デモの練習で過ぎて行きました。

ところが、入社して2ヶ月が過ぎた頃、急に一人の同僚が退職しました。ヘッドカウント上一人少なくなるので、否応なしに、ボクにこの同僚が担当していた案件が引き継がれることになりました。この時点ではまだディレクターも「できる限りフォローするから」と言ってくれてましたので、安心していました。そうはいっても、極力自分で提案内容をまとめないといけません。当然顧客から製品についていろんな質問が来ますので、それに回答していく必要があります。

それと苦痛だったのが、導入支援に関する内部用の資料をまとめることでした。Oracleでは、導入支援サービスを顧客に提示する際、その金額と提供サービスの内容が妥当か否か審査する部門があります。たとえ概算見積もりでもこの資料を作成し、この部門から承認を得ないといけません。

この作成が非常に面倒でしたし、審査部門の担当者のうち一人は外国人だったので、英語でやり取りする必要がありました。これが本当に苦痛だったのです。前職では導入支援部門のディレクターに見積の承認を得るだけでしたし、直近では、全てパートナー企業が導入する方向性になってましたので、見積作業そのものも不要だったのです。

審査にやたらと時間がかかりますし、四半期の締めの月は20日前後で審査しない(翌月まで待ってくれ、ということです)のです。このお役所的な感覚が正直イヤでなりませんでした。

引き継いだ案件が、大きな提案ということだったため、ディレクターが間にはいってくれたりしたこともあり、大きなトラブルも無く、提案できたかと思います、ここまでは。


3.またしても

ここまではうまくやっていたかと思います。製品デモにたいする評価も上々でしたし。ただ一部導入の要件ヒアリングにも同席するなど、自分のやっていることが何なのかわからなくなっていたことも事実です。要は何について会話しているのかわからない状態なのです。

そういう中でまたしても大きな案件の提案が入ってきました。これもディレクターを共同で資料等を作成するわけですが、まだちんぷんかんぷんでした。しかも大手企業ということあり、仕様に関する質問が細かいのです。到底自分だけでは、対応できないため、できるところまで自分で対応し、あとはディレクターの指示を仰ぐ、もしくはディレクターに抜けている部分の穴埋めをお願いする、ということになります。

そこで言われたのが、「もう少し、自分で調べてから、こっちに持ってきてくれないかな」、という言葉でした。誰に聞いていいかわからなくなってましたし、技術的によく知っている部隊の同僚にも質問することができず、自分で抱えてしまう毎日。おまけに、顧客からの要件一覧に対応内容を記入して、ディレクターにレビューをお願いしたところ、ボクの資料を見て、「仕事は早いけど、雑だね」との言葉が

正直困ってしまいました。どうしたらよいかわからなくなってしまったのです。そうなってくると会社に行くのが憂鬱で、またしても鬱状態が再発し、結局会社を休みがちに。入社して半年近くたって、疾病休暇を全部使い果たして、1週間休む羽目になってしまいました。


4.とうとう休職へ

1週間休んだ後、案件から外されることになりました。中規模~小規模の案件を中心に担当することになりました。おかげで、体調も元に戻り、再び仕事に邁進する日々が続きました。しかし、この日々は長く続きませんでした。

1週間の休暇から3ヶ月後、ついに休職する事になります。

きっかけは正直覚えてないのです。ただ、何かしらきつく注意されたのがきっかけだったかと思います。

注意された後、なぜだかつい「死にたい」という言葉をディレクターに対し発したのが原因だったかと記憶しています。この時、即会社常駐の産業医のとこに連れて行かれ、同時に人事にも連絡がいったのだと思います。そこで産業医と人事が下した結論が「しばらく休みなさい」ということでした。

休職なので、無給です。

すでに前職でも休職しており、休業補償は使えなかったので、正直しんどかったです。ただ多少の蓄えはありましたので、2~3ヶ月であればなんとかなる、といったレベルでした。

休職期間中は一日でも早く復帰したい思いでしたが、最低でも2ヶ月は休職しないと駄目だ、ということでしたので、2ヶ月間休職しました。この間も日中は図書館に通うなどして、極力生活リズムを崩さないようにしてました。


5.関係決裂から退職へ

2ヶ月の休職から戻ってきた後は、一からやり直しです。案件を持たされることはなく、製品デモの練習ばかりやってましたが、それだけでは、時間が持たないので、正直ヒマでした。人間やることがないと本当に苦痛です。この時本当にそう思いました。他の同僚は忙しそうに働いているのに、自分だけが仕事もなく、定時に帰る始末。

案件が振られるようになったのは、休職から2ヶ月が過ぎた頃でした。とはいえ、まだ一人では心もとないので、同僚の中でも優秀な同僚の支援ありきでの復活でした。

この頃になるとディレクターともあまり会話した記憶がありません。確か事業部長が退職して副事業部長的なポジションになったため、直の上司ではなくなっていたのです。

そんな中ある事件が起きました。

案件について考え事をしていて、目をつむったまましばらく考え事をしていた時、たまたまディレクターがボクの机の横を通り掛かりました。

その時言われたのが

「今寝てたでしょ」

という言葉でした。

ボクは否定しましたが、ディレクターは「隠さなくてもいいし、体調悪ければ無理しなくてもいいから

とボクの言うことに耳を傾けませんでした。その言い方にも棘がありました。いつもの如く嫌味を言う感じでした。

その言葉に思わずキレてしまいました。

「寝てないっていってるじゃないですか!!」

と大声で叫び、椅子を蹴りあげてしまいました。今思えば何であんな事したのだろうかと思います。

よほど言い方に棘があったのか、それまでの事が溜まっていてついに爆発したのかもしれません。

この騒動のあと、ディレクターは「産業医のところに行って見てもらおう」とボクを産業医のところへ促しましたが、あいにくこの日は産業医は別のオフィスに行っており外出中でしたので、ひとまずその日はそれで終わりました。

ですが、それだけでは終わらなかったのです。

どうやらこの後ディレクターは人事にも相談しており、後日人事から呼び出しがありました。

この事件、及びこれまでの勤務状況から、人事が下したのは、「能力開発プログラムを受けてもらう」ということでした。プログラムとはいえ、テストそのものです。しかもそのテスト期間がタイトで、とても合格しそうにありません。思い出したのは前職の記憶でした。

そこで、思い切って能力開発プログラムを受けない選択をしました。その旨を人事に告げると、(希望部署に空きがあれば)他部署への異動するか、退職するか、の2択でした。ただ有り難いことに退職する場合でも異動を希望する場合でも3ヶ月の猶予を与えて、この3ヶ月は出社は任意でもいい(給与は支払う)とのことでした。

結論からいうと、希望部署での空きはなく、退職することになりました。結局Oracleに在籍したのは1年半でした。


6.終わりに。

Oracleに入社したことについては後悔してません。色々と学ぶこともありました。特に営業面。そこまでするか、というくらいに営業を追い込んでましたので、営業には申し訳ないのですが、いい勉強になりました。それとあこがれと現実は違うものだなぁと改めて感じました。

ただしトラブルの件が無くてもおそらく3年位で退職していたかと思います。一番の要素は、大企業病というかお役所的な面があったからです。とにかく導入支援サービスの見積に関する仕事は面倒だったし、無駄に感じてしまうことばかりでした。クラウドサービスの部門にいたので、そのスピード感のなさには辟易していました。

ただもう少し我慢しておけば良かったと感じているのも事実です。もっとディレクターとうまく付き合えば良かったとも感じておりますし、何より周りの同僚はみんな優秀でいい人でした。


とはいえ後悔しても始まらないので、せっかく福岡にきたのですから、事業を始めようと考えてます。

会社勤めしているのでおおっぴらにというわけにはいきませんが、週末と定時後に個人事業を進めようと考えてます。

何故か?

東京にいる時には全然知らなかったのですが、福岡って起業に優しい街なんですよ。

市がスタートアップカフェなる施設を運営しており、無償で相談に乗ってくれるんです。

一度相談に行ったことがあるのですが、無償とは思えない程、親切丁寧に相談にのってくれました

(本当は予約制なのですが、混んでいなかった時でしたので、即相談にのってくれました。)
 

さて副業の内容ですが、CRM(顧客関係管理)に関連したコンサルティング業務です。幸いにもCRMに関連した業務は15年間やってきていますので、コンサルティングできるのではないかと考えております。今の職場でも、社内の商談案件の進め方に関する助言や、それこそ顧客に導入したCRMシステムの活用方法に関する助言も行ってます。

正直、プリセールスよりも活用支援の方が自分にはあってる気がしてます。

5年後をメドにフリーランスのコンサルタントとして独立、もしくは起業したいと考えております。

ブログのタイトルにもなってますが、9回も転職を繰り返してきているので、会社勤めには向いていない人種なのかもしれません。

CRM以外のことでも、システムについてお困りの事がある方々、このブログを読んだらご連絡ください。

お困りごとについて聞かせてください。もちろん無償で相談に乗らせていただきます。

よろしくお願いします。(←最後は宣伝かい!)

(by タソ。) 


世知辛い!

うつ病からの復職の難しさがよくわかる記事ですね。復職に苦労している方はかなり共感して読めたのではないかと思われます。

オラクル側も復職のサポートを頑張ってくれていることが、記事からも割と伝わってくるだけに、なんだかもやもやが残ります。結局は会社の制度というより、職場の人間関係なんでしょうねぇ。

まぁ、ご自身が書かれている通り、会社勤めがそもそも向いていないタイプであるようにも感じますw 福岡という新天地で、フリーとしてうまく生き延びてほしいですね!遠く高知から応援しております〜。


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