退職エントリー面白いですね〜。最近ちらほら記事をいただいている「繋ぎ屋」さんから、光通信を辞めたレポートです 。ライターの慎太さんはご夫婦で宮崎に移住し、協力隊として働いています。彼らのブログ面白いのでぜひチェックしてみてください!

---

注目ブロガーカルロス君の記事がバズりまくっていることにインスパイアされて、俺も辞めた系記事を書いてみようかと。
 

野村證券の辞め方。新卒入社、在籍1年半、僕は給料泥棒でしかなかった。


はじめに

俺が光通信に入ったのはかれこれ4年くらい前の2011年8月。12月に辞めたので、その間わずか4か月。たった4か月。それ以降、転職活動で履歴書を書く際にいつも、これ突っ込まれたらやだなーと思ってたし、この経験を自尊心を保ったまま語ることは難しかった。

4年も経っている今としては、特段の思い入れなく記憶の片隅に追いやられていた過去の記憶だけど、当時の自分のような人へ伝えたい事や、これから就活をしようという人に向けて何か出てきそうな気がするので、書いてみようと思う。

※初めに言っておくと、光通信は競争の中で自己の力を高めたい!というバトルタイプにはうってつけの環境だと思っています。『どんな組織・人にも合う、合わないがある』ここで伝えたいメッセージの一つです。4か月で辞めたのは、ただ、当時の自分には合っていなかったというだけの話で。ちょっと時期がずれていたら、自分にも最高の環境だったかもしれない。たら・れば言っても仕方ないですが、本当にそう思います。

※当時の4か月の話に過ぎません。4年も経てば組織は大きく変わります。社風も人も入れ替わって大きく変化していることだと思います。今の光通信とは別の組織という前提でお読みください。


子会社FindJapanへの入社

新卒の会社を一年ちょいで辞めて、東京に出てきて、シェアハウスに住んで、転職先を探す中で見つけたインバウンド系企業のFindJapanで働くことになりました。

FindJapanのビジネスモデルはかなり面白く、QQと勢力を二分する中国のSNS”Weibo”の代理店として、中国へ向けてダイレクトに情報発信をし、訪日中国人へPRするというグローバルで刺激的な仕事に惹かれたというのが入社した動機です。

ただ、FindJapanが光通信の子会社だとはいざ知らず。

説明会&面接の会場が池袋の光通信本社でこれはもしや?と思っていたら子会社だったわけです。

ブラック企業なんて言われているから少しビビったけれども(実際、僕の前の人は受付で『え?ここ光通信ですか?帰ります!』なんて言って帰ってましたし)、業務内容は変わらず魅力的にうつっていたから、一抹の不安を抱えつつも入社することに。


光通信の社風

光通信と言えば体育会系で知られています。

俺が入った当時は、労働時間やら労働環境やら社会的に厳しくなっていたから、ピーク時ほどの体育会系な感じはなかったようだけれど、それを差し引いても体育会家の社風は健在でしたね。


気合の合宿へ参加

入社が決まると参加義務の合宿(2泊か3泊)へ。

ここでは光通信の社風が徹底的に社員に叩き込まれます。合宿のほとんどが声出しで。2日目には声が出なくなる人が殆どで、それくらいやりますね。

チームに分かれて社訓をコーチのOKが出るまで読み上げる時間が殆どじゃないかな。(コーチはめちゃめちゃ怖く、全員で束になっても適わないんじゃないかというような感じ)

嫌な人は嫌なんだろうけど、俺としてはこういう環境は割と慣れていて。厳しいながらもそれなりに楽しめてましたね。

高校の応援歌練習でも喉つぶして声でなくなるというのは何度か経験していたので、特に抵抗なく参加してました。敢えてやりたいか?と問われればめんどくさいのでやりたくないですけど…大きなストレスなく耐えられる、我慢できることとして、こなしていました。

これが嫌な人は、合宿後に来なくなるパターンで。ここで一回目のふるいにかけられます。メンバー次第で変動するけど1~2割くらい脱落するんじゃないかと。

※なんか当時は、残った奴が勝ち組!みたいな同調圧力が働いてましたけど、別にこのフェーズで脱落してもなんら問題ないわけで。合わない人は気付いた時点で去ってもらった方が、会社としてもその後余計な人件費がかからないですし、辞めた本人としてはもっと合う会社を探せるわけですから、冷静に考えるとすごくWin-Winな選択だったんだよなーなんて思います。


べた褒めからの、超ダメ出しワーク

個人的には最後のワークが強烈で。一人ずつこれまで同じチームメイトだった仲間に囲まれて、まずは仲間一人ずつからいいところをひたすら言われまくる。

『明るい空気を作ってくれてありがとう』
『場をわかしてくれてありがとう』
『冷静な判断力のおかげで助かったよ。ありがとう』
『笑顔が素敵』
etc…

褒めちぎられるわけだから、気分が良くなるわ良くなるわ。これで終わりか~いい合宿だったなぁ。

なんて思っていると、今度は逆に悪いところをボロカスに言う流れに。

『全然だめだよお前!』
『もっと前に立てよ!』
『2番手でいいとか思ってんじゃねーよ!』
etc…

嬉しさ余って…からのめちゃむかつく!というか、悲しくなりましたね。本気で言われるわけだから、半分くらいは泣いている。俺は半ば冷めちゃってて泣かなかったけど、悲しくなったね。(何言われたかあんまり思い出せないもんなー)

今思えば、なかなかいいところとか悪いところとか遠慮なくフィードバックしてくれる人っていないから、貴重な場だったんだなーと思えるけど。当時はショックもありつつ。いずれにせよ、いろんな感情を得られた場でした。


ひたすらの鬼テレアポへ突入

合宿から戻ると翌日は勤務初日。

業務内容に惹かれて入ったものの、戦略や何やら考えるのは上の役職の人間で、新人はひたすらテレアポ。これは基本ですね。

FJは携帯販売とかコピー機の販売とは違って、はまらないところには一切はまらない商材だったので、他の光通信グループと比べるとリストが圧倒的に不足してました。

だから他の子会社よりもコール数は少なかったんですけれども、それでも1日80件くらいかな。2アポ目標の1アポはマストって感じでしたね。


アポを切っても、営業のプロが決められない商材

アポ取りはなんだかんだで数打ちゃ切れたんですが、商材の魅力を伝えるのが難しかっただけに、商談は当時の上役がすべて同行。

この人鬼のような営業のプロで、基本1回の訪問で即決させる人として、異例のスピードで昇進した方で。数々の光通信史の記録を打ち破ってきた人だったので。新人8人ぐらいでアポを切って、確度が高そうなアポ3,4件をその方が回るという戦略だったんですが。

その人でも全然契約取れなかったわけですよ。ふつーに考えればそうなんですが、一回で社長アポも難しければ、4年前『インバウンド何それ?』という人も多い中、【インバウンドとは?】をイチから説明しながら、その場ですべて伝えて契約なんて無茶難題なんですが、僕がいる間はこの形で進めていましたね。

たまに決まるんですが、一回の訪問で白黒つける営業なだけに、なかなか組織の目指す目標には届かない。誰のアポに行っても同じような結果だったので、組織としては大差ないんですが。


上司に嫌われる?2か月で異動

いつからか、俺のアポを全部事前につぶすようになっちゃいまして。結構確度高いアポなんだけどなー、責任者だしな~、思い違いかなー?なんて思ってたんですが。

俺って上司に気に入ってもらえるような社内営業とか苦手らしく、このときにそれが露呈しましたね。もっと同期みたいに、声かけて気にかけてもらえるような動きをとればいいのかもしれないけど、なんかおべんちゃら使うとかウソっぽいことを俺はやれないみたいで、コール数・アポ数で成果だせばいいだろなんて思ってたんですが、それだけじゃ光通信の企業戦士としては失格だったみたいですね。

不器用な俺はここで脱落しました。

10月末の時点でまず2人、他部署に飛ばされました。俺ともう一人。

しかもそれを告げられたのが10月29日。この日俺の25歳の誕生日だったんですよ。とほほ..

家に帰ってシェアハウスの家族が、祝ってくれたのが救いでした。当時の家族たちに感謝ですね。あのときはありがとう。


異動先の上司に『なめんなよ!』と椅子を蹴られる→その後目をかけられる

異動先の初月は美容室向けの広告管理システムの販売でした。

インバウンドに惹かれて入った俺にしたら、全然興味がなかったんですが、突如異動をつげられ、次が見えてなかった俺はとりあえず異動先で働いてみることに。

しかし商材がライトなわかりやすいものに切り替わったことで成果はすぐあがり。営業としての面白さはこちらの方が断然感じられる環境で、結果としてはFJよりも面白さを感じられる環境となりました。

しかも上司の人が丁寧に部下に目配りしてくれる方で。

最初こそ『なるほどー』を連発する俺に、「お前、誰に向かってなるほどーとか言ってんだ!なめてんじゃねーぞ!」と椅子を蹴られてましたが。

いやー僕、全くなめてる気はなかったんですが、どうもそういう上の人のプライドに触ってしまうときがあるらしく、今でも時々こういうことがあったりします。

このときはフツーにびっくりしたので『あっすいません…』と謝り、その後「俺ちょっと勘違いしてたみたいだけど、お前って悪い奴じゃないんだなー。」と俺が悪い奴じゃないという当たり前の事実に気付いてくれまして(よかったー)。そこからはすごく良くしてもらいましたね。

「前の上司、何も教えてやらなかったんだなー!」と、よくわかってなかった交通費清算のやり方を教えてくれたり。ちょこちょこ喫煙所で、お前も稼いで実家に仕送りの一つでも送ってやろうぜ!なんてモチベーションをあげてくれようとしてくださったり、生まれたての赤ちゃんの写真を見せてくれたり、なんかあったかい人だったなーと記憶しています。


一か月後、10人中7人に異動指令

そんなこんなで、以前よりも格段にあたたかい職場だったのですが、一か月経たないうちに、美容広告の業績が思ったより伸びないとかいう理由で、同時期に美容広告へ入ったメンバー10人中7人が異動することに。

おいおい、また異動かよ。どんな企業体質だよ…と内心。(このタイミングでFJの残ったメンバーも1人を除き異動したもよう)

俺はこの時期、運よく川越の美容室さんに紹介され、紹介され、という謎の金脈をラッキーパンチで掘り当てていたため、異動を免れたのですが、自分が異動しなかったからそれで納得なわけないですし。ここ大丈夫かよ?とかなり不審に思い始めていましたね。


一か月後、一人を残しさらに異動

そして、さらに一か月後、また異動の指令が来ました。一人圧倒的に営業に長けた方がいたのでその方を残し、俺ともう一人も異動という流れに。

2か月前は10人も新人を取ったのに、残すのはたった一人。たまたま、時期が悪かったということもあるかもしれませんが、一人残っているというのもまた事実。圧倒的な才能ある一割の人材を見出すという意味では、このふるい分けシステムは、効率がいいのかもしれません。こうした人事を狙っているかどうかは定かではありませんが。

かくして俺は入社4か月後に、アンドロイド携帯の法人販売部へと異動を告げられました。

もうここまで来ると、自分がなんで会社に入ったのか、当初の目的からかなり遠いとこまで来ているので、何がなんだかわからなくなりました。

二度の異動。当初の目的からもかけ離れ。しかし4か月で会社を辞めるなんて、あり得なくないか?堪えて新たな子会社でもうひと踏ん張りしてみるか?

いろんな選択肢が浮かびましたが、とりあえず次の部署で続けるという意向を告げ、年末年始の休暇を迎えました。


出社拒否 → 退職

年末年始はシェアハウスの家族と過ごし、忘れるように飲んだり、映画を観たりして過ごしていました。結局どうしたいのか?どうすればいいのか?まともに考えられず、年始の出勤日前日、明け方4時まで飲んで、何も考えずにケータイを切って眠りにつきました。

起きると11時くらいで、ケータイを付けると直前の上司から留守電が入っており、手続きもめんどくさくなるから、いずれにせよ会社に行った方がいいぞ、という旨のメッセージが残されていました。

気は重いけど、勇気を出して嫌々会社に行って、異動先のボスに、勤務初日に『今日からお世話になる予定だったんですが、今日で辞めます』というわけのわからないことを伝え、すると新しい上司も呆れているのか慣れているのか「わかった。もういいよー」と言うだけで、その後は各種手続きを済ませて淡々と退職しました。


辞める辞めると聞いていたが、まさか自分が4か月で辞めるとは

退職率が以上に高いということは聞いていましたが、まさか自分が4か月で辞めるとは思っていなかったので、俺も例外に漏れずか…なんて思いましたね。

育てることに時間を割くよりも、圧倒的な才能を見出すことに特化した会社システム。合う人だけが残るという意味で、すごく合理的なシステムだと感心もできますし、こういうところに俺は合わないなと気付くこともできました。


同期のモチベーションと上の世代のモチベーションの違い

2社どちらにいたときにも感じたのは、上司の動機づけの言葉が俺らの同期には響いていないということでした。マネージャー陣はいっぱい稼いでいい時計、いい車、いい女を手に入れようぜ!みたいな動機づけをしてくるのですが、同期と話してみるとそうした欲にギラギラした奴というのはほんの一握り、今の時代もので不自由しない人が増えているので、物欲・報酬では動かない人が増えてるんだと思います。俺は動けませんでした。逆にそこをモチベーションに動ける人は、向いてると思います。


競争好きのバトルタイプにはうってつけの会社、逆タイプにはキツイ

俺は違いましたが、世の中には競争すること自体が好きという人がいて、そういう人に光通信はめちゃめちゃ合っているんだと思います。逆に俺みたいに、なぜやるのか?意義はあるのか?といった自分の信念との一致感を仕事に求める人には、キツイ環境でしょう。そういう人は売るという行為だけに価値を感じられないものですから。


辞める恐怖とその後の今

辞めるときはメチャメチャ怖かったのを覚えています。辞めるための準備をしていなかったし、もう嫌になって突如辞めたので、これから俺はどうするんだ?新しい就職先が見つかるのか?のたれ死ぬんじゃないかetc…

でもね、今になって振り返ればいくらでも生きる道はあったんだなーと思います。そんなに深刻に考える必要なんてなかった。正社員、キャリア、仕事、恐怖を作っていたのはすべて常識と呼ばれる類のものでした。

今になってわかるのは、それらは全部幻想だったということ。怖いけど、飛び出してみたらなんとかなった。より、納得のいく人生を歩めている。そのときは見えなくても、後になればわかる。だから、怖くても飛び出しちゃえばいいんだと思います。

俺なんて今29ですけど、会社6社か7社辞めてますからね。1社めのときはめちゃ怖かった。2社目の光通信のときもめちゃ怖かった。でも今、何かを辞めることへの恐怖はあんまりないですね。なんとか生きていけるという確信が、これまで何とかなってきたという経験から強化されているからです。


合わないと感じたら無理に続けなくていい、辞めちゃえ

そういうわけで、以上、当時の様子を思い出し思い出し書いてみましたが、これは会社を辞めようか続けようか、迷ってる人に読んでほしいです。個人的にはどっちでもいいと思っていて、続けたかったら続ければいいし、辞めたかったら辞めたらいい。選択肢ってのはそういうもんだと思うんです。どっちも選べるというのが選択の本質だと思ってますから。

今の日本では、続けることが過大に評価されていて、辞めることが軽視されているように感じます。どっちも同じくらい大事だと思うんですよね個人的に。選ぶってのは続けるか辞めるかしかなくて、続けるでも辞めるでもどちらでもいいから、本人が”生きている”という生の実感を得られる道を選べばいいだけなのだと思います。

当時の自分のような人、辞める辞めないの狭間で葛藤してる人に読んでもらえたらいいな。

おー長くなってしまった。最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございます!

次は就活を辞めた話でも書こうかね。

(by 繋ぎ屋-命を繋ぐ物語-) 

 

そうだそうだ!

言いたいことはすべて言ってくれているので補足はありませんw 合わないなら環境を変えればいいんです。

それこそ地域おこし協力隊もありますし、今はいろんな選択肢があるんですよ。いい時代に生まれているんです、ぼくらは。無理してしがみついて体壊したら本末転倒。次のアクションを取りましょう。

いつものリンク集を貼っておきましょう。

ダメならさっさと辞めなさい。うちのスポンサーになってくれている「パラフト」や、新興サイトの「UTWO」とかいい感じの求人並んでますよ。