罪悪感を抱いたその瞬間というのは、「面白い人間」に自分を変えるチャンスなのです。


凡人は罪悪感の塊

マジかよ、と驚いた話。

以前、とある若手サラリーマンの方が「さっさと仕事を終えて帰りたいんですが、残業しないと罪悪感があるんですよね…」と漏らしていたんです。

残業しないことに罪悪感を感じる。ぼくにはもう理解できない感情です。


「こんなことしたら、ヤバイかな…」と思っている時点で、あなたは凡人なのです。仕事でも、プライベートでも、なんでもそうです。


凡人が凡人たる理由は、あらゆる行為に罪悪感を抱き、その声に従って未来への意思・可能性を捨ててしまう点にあります。

凡人を脱したければ、己の罪悪感に向き合う必要があります。

凡人を脱したければ、必要に応じて罪悪感を打ち払い、自分の決断を信じて行動しましょう。この一歩は大きいです。


そもそも、若手サラリーマンの彼は、「残業しないこと」に対して、罪悪感なんて抱く必要がないんです。冷静に考えればわかりますよね。

では、彼はなぜ「罪悪感」を抱いているのでしょう?

結局のところ、彼は、他人から嫌われることが怖いのでしょう。凡人における「罪悪感」というのは、ほとんどの場合、「恐怖心」と言い換えることが可能なんです。


ぼくは自分が何かをする際に、「罪悪感」を抱いた瞬間、「これは面白い分岐がやってきた!」と軽く喜びます。

そして、ほとんどの場合、「罪悪」の道に足を踏み入れます。自分が傷つこうが、他人が多少傷つこうが、人生はそんなに変わりませんからね。どこまで行ってもぼくは凡人なので、ちょっと罪悪に触れるくらいで、ちょうどいいのです。


ぼくの態度は、ぼくがプロブロガーであり続けている理由の一つです。

ほとんどの人が罪悪感の奴隷になっている以上、己の罪悪感と向き合い、他の人と違う結論を下すことができる人は、自然と市場から「面白い人」と評価されることになります。

ただし、市場が評価する罪悪には臨界点があるのも確かです。市場と自分の罪悪感をギリギリまで攻め続けることが、クリエイターという仕事の本質です。ぼくがどこまで攻められるか、楽しみに見ていてください。


「こんなことしたら、ヤバイかな…」という罪悪感に着目してください。自分を取り戻すチャンスは、そこにあります。どうせ人生は短いわけですから、ヒリヒリする方を選択しましょうよ。