出張中、ネットを使った自殺予防に取り組む「OVA」のJiroさんとモーニングを食べていました。


自殺報道は基本的にNG

業界ではよく知られていることですが、自殺に関する報道というのはWHOのガイドラインで注意が呼びかけられています(自殺予防 メディア関係者のための手引き - 内閣府)。

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「自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない」「著名な人の自殺を伝えるときには特に注意する」なんてあたり……まぁ、日本のメディアではまったくといっていいほど守られていないのが現状です。

とはいえ、実際問題として、メディアとしては「一切伝えない」というのも難しいのもわかります。昨日出演したモーニングクロスでは、詳細には一言も触れることなく「自殺されたことが話題になっています」と伝えていましたね。現実的にはこういった扱いになるのでしょう。


一応解説しておくと、こういったガイドラインが存在するのは、「自殺を考えている人は、自殺の報道に触れると煽られて自殺しかねない」という事情があるためです。精神的に健康な人にはなかなか想像できない話ですが、自殺しようと本気で悩んでいる人にとっては、十分に「引き金」になってしまうわけですね。


「自殺をコンテンツとして消費したいという欲求」と向き合わないといけない

で、Jiroさんが仰っていてなるほどなー、と頷きまくったのは、今って個人もメディア化しているじゃないですか。この変化をよく考えないとダメだよね、とJiroさんは指摘していたんす。

たとえばぼくは個人ブロガーで、それなりに読者がいます。フォロワー数とかはあまり問題ではなくて、ツイッターなんかをやっている方は、たとえフォロワー数が0人であっても、何かのきっかけで自分のツイートがRTされまくれば、数十万に当該ツイートが閲覧されることがありえるわけです。

Jiroさんが苦言を呈していたのですが、WHOのガイドラインが扱っている文脈は、マスメディアを想定しているんですよね。でも、ぼくらはもうメディアなんですよ。一人ひとりが。だから、このガイドラインは個人にも適用されると考えるのが自然なんです。少なくともぼくは、マスメディアではないけれど、ブログを書くにあたってガイドラインを意識しています。


著名人を含め、ツイッターではたくさんの人が自殺に関する報道をシェアしていますが、これもガイドラインの主旨を考えると、やっぱり控えるべきなんですよ。マスメディアがいくら報じていようと、無闇にシェアしたり、コメントしたりするのは望ましくない。極論ですが、あなたのRTが誰かの命を揺さぶる可能性だってあるわけですから。

Jiroさんは「ぼくら個人は『自殺をコンテンツとして消費したい』という欲求と向き合わないといけない」と語っていました。これは刺激的な言葉ですが、まさにぼくらは、コンテンツとして「誰かの自殺」を消費しまっているわけです。その背景には、そうしたいという欲望がたしかに存在するんです。


欲望を否定することはできませんから、考えるべきはそれとどう「向き合うか」です。

ぼくは誰かの自殺についてその人の名前を挙げて意見を書きたいと思っても、筆を執ることは避けるようにしています。その自身の欲望が、他者の命に関わる危険なものだと、一応は理解しているからです。


そもそもこのガイドライン自体、あまり知られていないのも課題だと思います。マスメディアに遵守を望むのはもちろんのこと、ぼくら個人も、新しい時代の常識としてインストールしていかなければいけない話です。ぜひこの機会に考えてみてくださいませ。

自殺予防 メディア関係者のための手引き - 内閣府


いい言葉をくださったOVAのJiroさんにも感謝です。OVAは、世界的に見ても希有で価値の高い活動をしており、ぼくも10,000円寄付したばかりです。ぜひみなさまもご支援を。



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