このパターン、めんどくさいんですよねぇ。ほんと。


「わかるよ、俺も昔はそうだったから」

「おっさんホイホイ」と名高いぼくのツイッターアカウントには、時折「説教おじさん」がやってきます。誰だあんた?という感じですが、突然「イケダハヤト君はここが残念だ」的な説教をかましてくるモンスターです。

彼らの説教にはいくつかテンプレがあって、その一つが「わかるよ、俺も昔はそうだったから」という語法。「俺も昔はお前のようにやんちゃだった、でも今は『大人』になった。お前にはまだわからないかもしれないけれど、俺も通ってきた道なんだよ、ははん」と上から目線ビームが炸裂しています。

このパターンが面倒なのは、誤解にも関わらず、「理解」を示してきている点。「俺はお前のことをわかっているんだよ」という、生温い善意のタッチが実に気持ち悪いです。


あなたと一緒にしないでください

この種のスタンスが気持ち悪くて仕方がないのは、彼らが「俺はお前と同じような経験をして、同じような考え方に至ったことがある」という「誤解」を手放そうとしない点にあります。

「わかるよ、俺も昔はそうだったから」と、あなたは言うかもしれませんが、それは100%誤解です。あなたとわたしは違います。経験してきたことや、至った考えにも相違があります。あなたのような傲慢で鈍感な人間と、勝手に「同じこと」にしないでいただきたい。


基本的に、人の気持ちなんてわかるわけがないのです。そこを雑駁にまとめて「わかるわかる、でも、大人になれよ」と自分の土俵に持ち込むのは、無神経きわまりない振る舞いです。

「共感を示すことが大切」だとでも思っているのかもしれませんが、一方的に「わかるわかる」と理解しようとするのは、かえってコミュニケーションを不通にさせます。

「わかるよ、俺も昔はそうだったから」というおっさんに対して「いや、あなたの頃とは色々違うんですが…」と反駁するのって、すごくエネルギーが必要ですから。めんどくさくなって「あー、はいはい、おっしゃるとおりっすねー」と流されるのが落ちです。


そんなことを日々感じる次第であります。ぼくは基本的に「わかるよ、俺も昔はそうだったから」という語法は使わずに生きていこうと考えております。人間は違うものですから。