うちの妻の話が地味に面白くて本質的だったので、あらためてピックアップしてみようと思います。


スマホを見ている人は、何をしているかわからない

ミキ:はっくんもさ、チホが自分だけでは動けないけど。しっかりこっちは見てくれる時期とか、ずっとiPhone見て抱っこしてるときとかあったでしょ。

ハヤト:はい。すみませんでした。

ミキ:そういう人ってけっこう多いじゃん。はっくんの場合は仕事も兼ねてるからよりややこしいけど、目の前に自ら遊べない、刺激を欲している赤ん坊がいるのに、画面を見てしまうのが失礼きわまりないと思う。

ハヤト:すみませんでした。

ミキ:そういうの思わないの?

ハヤト:いやー、本を読みながら抱っこしててもいいんじゃない?

ミキ:テレビだったらその場にいる人みんなが見れるし、本は「本を読んでるんだな」とわかるけど、PCとか携帯に向かっている人は、何をしているのかわからないじゃん。それって、コミュニケーションを遮断されているような気持ちになることがあるんだよね。

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自分の妻をネタにするのもアレですが、これは非常に面白い話だと思うんですよね。確かにおっしゃる通りで、スマホって目の前にいる人に対して「何をしているかわからない」フラストレーションを与えつづけるデバイスです。

それは日常的なトラブルにも発展する話で、たとえばぼくは満員電車に乗ってスマホをいじるときは、なるべくスマホを上に掲げるようにして使うようにしています。下の方に持って操作していると、「盗撮してるんじゃないか」と思われても不思議ではないですから。心配しすぎですかね…。

でも、ぼくらはそういう「デバイスを持っている自分が、周囲に対してどんなシグナルを発しているのか」をあまり意識することがないと思うのです。これについては、もっとセンシティブにならないといけない気がしています。家庭はもちろん、特にチームで仕事をする場合は、「あいつ、あのスマホで何見てるんだ?」という疑問は、地味に大きな課題になってくるでしょう。


うちの妻が引用している中島氏の言葉は、実に戯画的です。

周りの人間から発せられる微妙なサインにも、自分が周りの人間にどんなサインを送っているかにも気がつかずに、正義や道徳律や善について語りつづけているのです。まったく趣味の悪い服装をしている人が美について語りつづけるのと同じく、おそろしく滑稽なことなのですが、鈍感というか盲目というかいっこうに気付かない。

スマホで滔々とコミュニケーション論を語るぼく自身、そういう自分がどのようなコミュニケーションを暗黙的に行っているのか、あまりにも意識していませんでした。まさに「趣味の悪い服装をしている人が美について語りつづけるのと同じ」です。スマホってつい没入してしまうので、客観的に自分を見ることが難しくなるんですよね。

そういった課題の解決策として、「今その人が何をしているか」をわかるようにする、デザイン上の考え方はありだと思います。Kindleアプリを立ち上げて本を読んでいるなら、たとえば端末に「読書中」とでかでかと表示されるとか。椅子をBluetoothで連動させて、起動中のアプリの名前を表示してもいいでしょうね。


というわけで、今後はなるべく自分が発するシグナルに敏感であろうと心がけます。そして、うちの妻の人間性の本質を突くコラムが読めるのは、有料メルマガだけ!ということでぜひともご購読の協力をお願いします。創作活動をつづける原資とさせていただいております。


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